第4話 夢遊病さん


 木は、空を覆いつくすほど高く聳えてしまったものだから、僕が声をかけても、聞こえやしない。

 僕が考えたのは、コトルの友人たちを探すことだ。

 僕はいつもコトルから彼女の友人の話を聴いていたから、おそらく、彼らを頼ればあの高く聳えてしまった林檎の木に会いに行くことができるはずだ。僕の身長では根元にたどり着いても影に埋もれてしまってきっと声は届かない。

 ……鳥に運んでもらおうか。彼女の小鳥の友だちに手伝ってもらいたいが僕は重たすぎるかもしれない。

 

 だから「夢遊病さん」に会いに行くことにした。

 夢遊病さんは、夢を大事にしている人で、今日もどこかで誰かの夢を紡いで渡り歩いている。コトルの大きな理解者だ。


 ぼろぼろの麦わら帽子を被って茶色のひげを生やした、深い緑色の瞳をいつもうつろ気に、遠くを見て話す。コトルの話では、小川のほとりで釣りや昼寝をしていることが多い。

 

 今日もやはり草の上に腰を下ろして、シャボン玉を吹いていた。

「こんなに緑色の空はどんな夢でもなかなか拝めないね」

 話しかけようとした僕に気づいたのか、気づかないのか、独り言のようにそう言ってシャボン玉を空に浮かべる。

「モスタルだろう?」

「僕を知っているの」

「君の夢にお邪魔したことがあってね。いつも部屋から明るい外を眺める夢だ」

 彼は小さな焚火で沸かしたチコリのコーヒーを僕に勧めた。

「君が外に出るなんて、コトルもさぞかし喜ぶだろうな。いったい何があったんだい?」

「この空をどうにかしたいんだ」

 僕たちが香ばしいチコリをすすると一息、


「……緑色の空もいいと思うがね。何しろ夢心地だ」

「僕も本当はこの方がいい。太陽なんか、嫌いだ」

 彼はしばらく燕たちが地を這うように滑空していくのを眺めた後、言った。

「……ではどうして?」

「コトルが、死んだ。この空をもとに戻したいんだ。それが、コトルが望んだことだから」

 夢遊病さんが何もない空を見つめると一筋の風が通った。

「彼女は日の光が好きだったね。……みんな私をおかしい人、と笑った。彼女だけだった、私の夢歩きを素敵な遊びだといってくれたのは」

 麦わら帽子の下の茶色い髭は、はげ山のふもとを指さした。


「太った猫に会うといい」。

「私は行くよ。コトルの夢を探そう。彼女は居なくても、夢だけはこの世界の一部として残り続けるものだから」

 そう言って、緑の絨毯の上を、ゆっくりとあてもなく歩き出した。

 

 僕は、はげ山のふもとに向かって歩き出した。

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