第5話 太った猫
「君を探していたんだ」
太った猫は、枯れ草のベッドで居眠りしていた。僕をちらと見て、くああとあくびした。
「コトルは、死んだんだね」
猫は、先ほど僕と夢遊病さんの話を風から聞いたらしい。
「いつも窓から僕らを眺めていただけの君が、外に出てくるとは」
僕は、コトルとの約束を思い出した。
『彼は、まだ受け止められないのよ。天から私を隠そうとしているのね』
ベッドに座ったまま寂し気に外を眺めるコトルが僕の頭から離れてくれない。
――僕だって受け止められないよ。と声には出さなかった。
「この世界をもとに戻すのが、コトルの最期の望みだった」
大きいガラス玉みたいな菫色の目は、思慮深げに僕の足元を見据えたまましばらくじっとしていた。
「彼女は猫に対する礼儀をわきまえていた。触れ方を知っていた。そういう子は珍しい。大抵はこの崇高な毛並みに気安く触れたがるものだから」
そういうと風の匂いを嗅ぐように、薄桃色の鼻をひくひく動かした。得意げに。
「俺たちは、この髭で、鼻であの子の感覚を思い出すことができるんだよ」
僕はうらやましいと思った。僕には彼女をたどる術がないから。彼女の肌も、声も、匂いも、留めておけるほど強くはないから。
その時、真っ赤な林檎が空から降ってきた。
猫が僕に勧めたので僕と太った猫で、一口ずつ齧った。
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