第3話 記憶の深淵と真実

深夜、アイザの家というよりナユタの病室で就寝していたアルドであったが、突然の物音で目を覚ましてしまう。物音はかなり大きく、ものが崩れ落ちているような音がしていた。


アルド「!!!なんだ!?!?」


まだ意識がはっきりしないアルドであったが、恐る恐るナユタの部屋から出ようとした。


居間。ナユタとアイザが長い間過ごしていただろう空間。そこに音の発生源はなかった。

アルドはあることに気づく。


アルド「...アイザ?」


物音は明らかにアイザの部屋からしていたのだ。

アイザの部屋を覗いてみるアルド。


するとそこには...



苦しみのたうちまうアイザの姿があった。

アルドは慌ててアイザに声をかける。


アルド「アイザ!? 大丈夫か??」


暴れ回るアイザ。棚に並べられていた花瓶や陳列されていた書類が床に散らばっていた。

尋常ではない痛みなのかアイザは頭をおさえていた。アルドは介抱しようとするが無理に抑え込むことができないほどであった。


しばらくするとアイザは落ち着き、冷静さをとりもどしていた。するとアイザは小さな声で

アイザ「すまない...」

と一言だけ言った。


落ち着きを取り戻したアイザにアルドは尋ねる。

アルド「何があったんだ?アイザ。尋常ではない様子だったけれど」


疲れた様子のアイザが答える。

アイザ「あぁ... 眠りについたと思ったら嫌な悪夢を見てね。夢から醒めても現実ではひどい頭痛がしてて、あのザマだよ...」

アイザ「昔はよくあったんだ。この手の頭痛は」


アルド「そうなのか?最近はなかったのか?」


アイザ「そう言われると最近は悪夢も見なかったな。頭痛もこんなに激しいのは久しぶりな気がする」


アルド「何でこのタイミングで...とりあえず俺が片付けるよ」


アイザ「迷惑かけてすまないなアルドくん。まだ動けそうにない」


アルド「大丈夫だって。アイザは寝ててくれ」


床に散らばっている割れた花瓶を片付けるアルド。花瓶の破片は全て取ることができた。

あとは散らばってる書類。綺麗にファイリングされていたであろう書類が床に散らばり、順番がわからなくなっていた。


アルド「えーと。番号順に並べればいいんだよな。ん?経過観察記録?」


アルドは散らばった書類の中に経過観察記録があるのに気づく。書類に記載されている名前を見ると、どうやらナユタの『時忘病』の経過観察記録のようだ。

その経過観察記録の中にとある記事がはさまっているのに気づく。記事の見出しにはこう書かれていた。


『天才少年アイザ 15歳にて最年少『時忘病』専門医師免許取得する』

『幼馴染の悲劇の少女を助けるために医師免許取得とのこと』


これは?とアルドは記事を手に取り、横たわっているアイザに見せる。


アルド「すごいじゃないか!?アイザ。こんな若い時から『時忘病』の医者だったのか!?」


アイザ「あー確かに。若い時からこの仕事してたなぁ。今となっては何でそんな若い時から医者なんて目指してたのか分からないけどな」


アルドは少し疑問に思う。その疑問をアルドは口に出していた。


アルド「ん?でもアイザはナユタを助けるために医者を目指してたんじゃないのか?」


アイザ「何言ってんだアルド。ナユタと出逢ったのは俺が25の時、今から5年前だ。その時が初対面だぞ」


え...? どういうことだ?


確かにアイザが今年30歳であることにも驚きであった。アイザとナユタが同い年ということはナユタも今年30歳なのだろうか。いや今はそんなことはどうでもいい。


信じられないことをアイザは口にしていたことにアルドは気づく。


アイザがはじめ何を言っているのかアルドには理解ができなかった。5年前?? 

ではこの記事の悲劇の少女というのはナユタのことではないのだろうか?

でもそれだと辻褄が合わないことが多すぎる。


以前のナユタの発言をアルドは思い出していた。


アルドとナユタの回想〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ナユタ「アイザとは小さい頃からずっと一緒でね。今や成長速度も違っちゃって随分と大人っぽくなってるけど、昔は泣き虫だったんだから!」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


確かにナユタはアイザのことを小さい頃からずっと一緒と言っていた。アルドはアイザに尋ねる。


アルド「ちょっと待ってくれ!?ナユタとアイザは幼馴染じゃないのか?ナユタは確かにそう言ってたぞ」


アイザ「なに?そりゃナユタにからかわれてるんだよ。アルドくん」

アイザ「懲りない娘だ。本当に」

ため息を吐きながらアイザは答えた。


アルド「本当にそうなのかな」


アルドの疑問はまだ晴れない。ふと先ほどまでファイリングし直していた手元の経過観察記録に目がいった。


アルド「なっ!」

アルドは思わず声をあげていた。


No.502 経過観察記録 患者名:ナユタ

記録の日付を見ると13年前のものであった。一番古いもので15年前。


ナユタとアイザが同い年の幼馴染で、ナユタが『時忘病』を発症して15年間治療を受けていたと考えた方がむしろ納得できる。何よりあの容姿である。15歳の時のまま止まっているのだろう。


そうすればこの記事の悲劇の少女というのはナユタのことなのだろう。おそらく、この時にナユタの両親は...。そして、ナユタは『時忘病』を発症したのだろう。15歳のナユタを救うためにアイザは医者になった。


アルドの頭の中がだんだん整理できてきた。


では何故。

では何故、アイザは嘘をつくのだろうか?


アイザにとってメリットは何なのだろう。だが、アルドには先ほどのアイザの発言が嘘をついているようには思えなかった。

こればっかりは聞いてみるしかない。


アルド「なぁ、アイザ?」


不意に尋ねられたアイザが答える。

アイザ「何だい?アルドくん?」


少し警戒しているアルドが尋ねる。

アルド「何で嘘をつくんだ?」


不思議そうな顔をしたアイザが答える。

アイザ「嘘?何のことだいアルドくん?」


アルド「ナユタとアイザが幼なじみってこと」


やれやれという様子でアイザが答える。

アイザ「まだそのことを気にしていたのかい?アルドくん。キミはナユタにからかわれているんだよ。ボクとナユタが出逢ったのは5年前、ナユタの治療のためにこの庭園で出逢ったんだ。もちろん、医者と患者の関係でね」


アルドがファイリングし直した経過観察記録をアイザに見せる。

アルド「じゃあこれは何だ?アイザは15年も前からナユタを治療しているじゃないか」


え?と小さくアイザは呟く。そしてアルドから渡された経過観察記録に目を通す。みるみる驚嘆の表情に変わるアイザ。


アイザ「なんだこれは。こんな記録、ボクは知らないぞ」


アルド「でも確かにアイザの筆跡だよな。最近の経過観察記録を見ても筆跡が同じだ」


いまだ信じられないと言う様子のアイザだが、自分の筆跡を見間違えるわけはなく、


アイザ「確かに...」


と呟くことしかできなかった。


アイザ「ッ!!!」


先ほどまで治っていた頭痛が再発し、アイザは声にならない叫びを上げた。


アルド「大丈夫か!?アイザ!?」


アイザ「すまない。アルドくん。少し1人にしてくれないか」


とてもじゃないが1人にさせることができないような苦しみ方をしていたが、アルドはアイザの言葉に従うことにした。


アルド「あ、あぁ。無理をするなよ。また、必要だったら呼んでくれ、」


アイザ「すまない」


アルドはアイザの部屋を後にした。

居間に戻ったアルドはさきほどまでのやりとりを1人で考える。


アルド「どういうことだ?」

アルド「アイザは嘘をついている様子はなかったけど、経過観察記録によれば15年前から治療は始まってるんだよな」


アルド「もう少し手がかりがないか調べてみよう」

アルド「そういえばナユタはどうなんだろう?日記とかあれば、証拠の裏付けになるんだけどな」


少女の部屋を物色するのはいささか気がひける。罪悪感に苛まれながらも、アルドは証拠品をナユタの部屋で探す。


ナユタの部屋の中で棚の中を探ってみた。中にはいつもナユタが着ている患者服があった。その奥を探してみると、四角の箱があった。


アルド「なんだこれ?」


アルドが箱の中身を開けてみた。その瞬間、甘い香りが部屋中に広がった。この匂いを嗅いだ瞬間アルドははじめてこの部屋に入ってきた時のことを思い出していた。

さきほど感じた違和感はこれだったのかとアルドは気づく。ナユタが攫われた後、事情を説明しようとこの部屋を訪れた時はこの匂いはしなかった。

箱の中に入っていたのは恐らく花から作られた香料だろう。


アルド「違和感の正体はこれだったのか」

アルド「でも、何でナユタはこんなものを作っていたんだろうか?」

アルド「もう少し手がかりが欲しいな。まだ調べてみるか」


部屋の本棚を見てみる。本棚の本を一冊とってみると、その後ろにもう一冊本があるのに気づく。


アルド「何で隠すように置いてあるんだ?何か手がかりがあるかもしれないし、見てみるか」


アルドは奥のもう一冊の本を手に取ってみる。

中を見てみると思わず声をあげていた。


アルドの目線の先にあった文字は。


『時忘病』ケースⅡ 経過観察記録。


アルド「何でこんなものがナユタの部屋に!?」


アルドは恐る恐るページを捲る。一番最初のページには5年前の経過観察記録が綴られていた。

患者名は...


『これ以上見てはならない』


誰でもない声が聞こえ、本の中から魔物が飛び出す。恐らくだが、本の主が秘密を守るために仕掛けた魔物だろう。真実を知るためには戦うしかない相手だ。


魔物は動きこそ素早いが、特段アルドが苦戦するような相手ではない。部屋が滅茶苦茶になる前にアルドは早々に決着をつけることとした。魔物の動きを見極め、アルドが叫ぶ。


アルド「コレで終わりだッ!」


アルドの必殺技であるX斬りを魔物に放つ。魔物は斬撃に耐えきれず、消滅した。


あらためて『時忘病』ケースⅡ 経過観察記録を手に取り、ページを捲る。その時、アルドは衝撃的な文面を目にする。


アルド「えっ!?患者名『アイザ』だって!?」


そこには確かに患者名『アイザ』と書かれていた。さらに驚くべきところは...


アルド「担当医『ナユタ』だって!?どうなっているんだ!?」


一番古い日付の経過観察記録に目を通す。5年前の記録だ。


『時忘病』ケースⅡ 経過観察記録 No.1

今日から彼の治療が始まる。ワタシのために沢山苦労をかけてしまった人だ。ワタシ自身、『時忘病』が完治したわけではないが、彼のために必死にこの病気について勉強し、特別医師免許を取ることができた。彼はワタシのことを忘れているだろうから、初対面のフリで接してあげなくちゃならないのが少し辛い。


『時忘病』ケースⅡ 経過観察記録 No.3

ケースⅡの症状は日常生活を送る分には問題となることは少ない。何故なら忘れてしまうことが局所的だからだ。しかし、忘れてしまうことは一番大事なこと、大切な人に関する記憶が消えてしまうようだ。ケースⅠ のワタシと違い、頻繁に忘れるわけではないが、他人のように扱われるのが辛い。


『時忘病』ケースⅡ 経過観察記録 No.7

彼と生活し始めて1週間が経過した。彼は夜中に激しい頭痛に悩まされていたけれど、花時計の花から抽出した香料を使うことで、何とか抑えることができているみたいだ。大事な記憶を失ったことによる拒絶反応なのか分からないが、香料を切らさないように注意すること。香料という形で薬を投与するのは彼に気付かれないためである。


『時忘病』ケースⅡ 経過観察記録 No.12

院長からお叱りを受けました... 経過観察記録を日記のように書くなと。そのため、今後は彼のことを『患者』と区別して記載することとする。


以後、何百枚の観察記録があったが、どれも彼『アイザ』を想ってナユタが綴ったものだろう。


ファイリングされた中にはとある記事が挟まっていた。アイザの部屋にあった記事から数年先の記事のようだ。


『元天才最年少医師、悲劇の少女をいまだ救うことができず』

『アイザ、自身が時忘病にかかる』


その記事を見てアイザが何故『時忘病』の患者になってしまったのか理解した。


アルド「勝手だな。散々『天才最年少医師』だなんて言っておいて」


アルドは不快な記事に怒りを感じていた。


アルド「でもこれでハッキリとしたな。15年間、アイザはナユタを治療していたんだな」


アルド「2人のお互いを助けたいって気持ちは嘘じゃないってことだな。とりあえずこの香料を持ってアイザの元へ戻ろう」


ナユタの部屋から居間を通り過ぎてアイザの部屋に戻るアルド。


アイザ「アルド...? 悪いが1人にしてくれないか」

アルド「アイザ、コレを使ってみてくれないか」


アイザは痛みに耐えながらも不思議そうな顔でアルドが手に持っているものを見る。

アルドは手に持っている箱を開けた。その瞬間、箱の中の香料から香りが弾ける。


アイザ「これは... 頭の痛みが和らいでいく。それにこの香料はナユタの..?」

アルド「この香料はあんたのためにナユタが毎日用意していたんだ」

アイザ「ナユタが...?何のために...?」


アイザが時忘病の患者であることを彼に告げるかどうかアルドは迷っていた。しかし、アイザ自身が気づかなくては意味がないだろうし、ナユタの意思を尊重すれば今ここで告げるべきではないだろう。


アルド「(病気のことはナユタが隠してたくらいだから言わない方がいいよな)」


アルド「アイザは偏頭痛持ちだってナユタが言っていたよ。この香料は痛みを和らげる効果があるからいつも用意していると言っていたよ」


アイザ「そう...なのか」

少し考え込む仕草をするアイザ。


しばらくの間沈黙が続く。


アイザ「なぁ、アルドくん。本当は15年前からボクとナユタは出逢っていたんだろ?」


アルド「え!?アイザ!?記憶が!?」


アイザ「いや、はっきりとは思い出せてはいないんだ。ただ、さっきからずっと心に穴が空いたような...そんな気分が続いているんだ」


アイザ「恐らくボク自身気付かないうちに『時忘病』にかかっていたんだな。ミイラ取りがミイラになるとはこのことだな...」

アイザが苦笑いをする。


アルド「アイザ...」


アイザ「ぼんやりとだが思い出してきたよ」

アイザ「15年前... いやもっと前からボクとナユタは出逢っていたんだ。それなのに合成人間との戦争が起こり、ナユタは病気になってしまった。世間はボクを悲劇の主人公として騒ぎ立てたが、結局ボクはナユタを救うことができなかったんだ。その重圧からかいつの間にかストレスを感じていたのか」


ははは...と少し途方に暮れた笑い方をするアイザ。


アイザ「こんなんじゃナユタに合わせる顔がないな」


アルド「でも、ナユタはアンタのことをずっと大切に思っていたみたいだぞ。ナユタの症状は一番大切なことを忘れない。俺は何度も忘れられていたけれど、アイザのことはずっと覚えていたじゃないか」


アルド「それってナユタの中でアイザのことが一番大事ってことだろ?」


アイザ「アルドくん...」


アルド「それにこれ」

ナユタの部屋で見つけた『時忘病』ケースⅡ 経過観察記録をアイザに見せる。


アイザ「これは...」


アルド「自分も病気の身でありながら、あんたを助けるためにナユタは医者になったんだ。それなのにあんたが一番に諦めちゃダメだろ?」


アイザ「ナユタ... すまない... すまなかった...」

泣き崩れるアイザ。



数分の時が流れた。アイザは落ち着きを取り戻し、アルドに話しかける。


アイザ「すまないな。アルドくん、君のおかげだ」

アルド「いいや。俺は何もしていないよ。礼なら俺じゃなくナユタに言ってあげたほうがいいぞ」

アイザ「そうだな。必ず助けるからな...ナユタ」

アルド「ああ!必ず助けよう!」


決戦は次の鐘が鳴り響く時、それまでしばし休息を取るアルドとアイザであった。


以後、とある医者の観察記録である。


『時忘病』ケースⅡ 経過観察記録

もう記録を取る必要は無くなったみたい。

理由は...

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