第4話 2人の結末

ー夕暮れ時。ナユタが攫われて1日が経過した。

全ての真実を知ったアルドは昨日、ナユタが攫われた場所、花時計前にてフードの人物を待っていた。


フードの人物との待ち合わせは病棟の鐘が鳴り響く時、すなわち夕方の17時である。


待ち合わせの時間までには幾分時間があった。


そこでアルドは1人立ち尽くして、状況が動くのを待つ。


ー病棟の鐘が庭園内に鳴り響く。夕方17時の合図だ。


その瞬間、目の前にフードの人物と魔物に捕らえられたナユタが現れた。魔物は知的な生物には到底見えないし、そこまで強そうには見えなかった。ただ、いつナユタに危害が加えられるか分からないうえに状況が悪かった。


アルドの向かい側にはフードの人物が、そしてその背後には件の魔物がいた。ナユタを助けるにはフードの人物と魔物を倒さなければ辿り着くことができない。

すなわちアルドにはフードの人物と魔物を無視してナユタを助けることはほぼ不可能であった。


ナユタ「アルドッ!」

ナユタは意識があった。そして、ナユタがアルドのことを覚えていてくれていたことが何より彼は嬉しかった。彼女は必ず助けなければ。


フードの人物がアルドに問いかける。

フードの人物「花時計の力について教える気になったかな?」


アルド「ああ。約束通りナユタは解放してくれるんだろうな?」


フードの人物「あぁ、約束するさ。だが、先に教えるのはそちらだ。教えるまでこの小娘は解放しない」


魔物が雄叫びをあげる。

ナユタが小さくヒッと悲鳴をこぼした。


ナユタは震えながらも必死にアルドに声をかける。

ナユタ「だ、ダメよッ!花時計の力がなければ『時忘病』の治療ができなくなる。それだけはダメッ!アルド教えちゃダメよ!」


ナユタは必死にアルドに訴えかけた。アルドにはナユタのさきほどの発言が彼女自身のために言っているわけではないことは理解していた。ナユタは自分の愛する人、すなわちアイザのことを想って発言したのだろう。


それを聞いてかフードの人物は憤怒する。


フードの人物「余計なことを喋るな!黙っていろ、小娘が!」

小規模の火魔法のようなものでナユタに危害を加えた。直接的な危害というよりは、ワザと外してナユタを脅している感じであった。


ナユタ「きゃっ」

ナユタは今にも泣き出しそうになっており、小さく震えている。


アルド「やめろッ!」

アルドがその光景を見て叫ぶ。


フードの人物「オマエがグズグズしているから悪いのだ。早く教えろ、花時計の秘密を」


アルド「どうするっ...」

アルドにはもう選択肢がなかった。このまま花時計の秘密を教えるしかないのか。先程までのフードの人物の態度を見る限り、教えたところで素直にナユタを解放する保証はどこにもない。


-夕暮れ時、あたり一面の闇がさらに深くなる。


前述した通り、フードの人物がいるその後方、ナユタとフードの人物の間に魔物がいる。

魔物のさらに後方の茂みが動いたのをアルドは視界の端でとらえていた。


突如、茂みの中から現れた彼がナユタを奪還し、魔物から距離を取る。


???「もう大丈夫だ!ナユタ!怪我はないか」

ナユタ「!?!?アイザ!?」


それは危険だからとアルドが部屋に待機させていたアイザだった。魔物とフードの人物の不意をつき、彼はナユタの救出に成功した。


アイザ「...全部思い出したんだ。大切な人のことも、その人を救いたかったことも。今更かもしれないけれど」


ナユタ「アイザ!?『時忘病』が治ったの!?」


アイザ「あぁ!少しずつだけど、思い出してる。これからはずっと一緒だ!ナユタ」


ナユタ「アイザ...」

ナユタは心底安心したような顔をしてポロポロと、泣き出してしまった。


アイザ「泣き虫なのは直ってないな」

ナユタ「うるさい!ずっと待ってたんだから...」

アイザ「すまない...」


フードの人物が魔物を叱咤する。

フードの人物「馬鹿者が!油断しおって」

フードの人物「こうなれば人質ごと焼き尽くしてくれるわ!」

フードの人物がアイザとナユタの方向へ杖を構える素振りを見せたとき、すかさずアルドが剣を振る。


アルド「させるかッ!!」


フードの人物の魔法の発動をアルドが阻止した。


アイザ「アルドくん!こちらは大丈夫だ!ナユタを連れて離脱する!思いっきりやってくれ!」

アルド「ああ!任せてくれ」


フードの人物「どいつもこいつも...」

大気が震えるのを感じる。どうやらフードの人物を本気で怒らせてしまったようだ。


フードの人物「スタシオン、こい!」

さきほどの魔物の名前だろうか?フードの人物とスタシオンと呼ばれた魔物が光に包まれ融合した。

フードの人物と融合したスタシオンは先ほどまでとは違い、外見は羅針盤のような形、羅針盤をぐるぐると回る長針と短針が特徴的な外見へと変貌する。魔物...というよりはどこか幾何学的な形をしており、どちらかといえば未来の機械兵器に近い。

フードの人物と融合したことにより、知性を得たようでアルドに話しかけてきた。


スタシオン「簡単には死なさんぞ。苦しみを味わいながら死ぬがいい」


あたり一面が光の粒子に包まれる。


スタシオン「『幻魔陣』展開」


幻魔陣!アルドも時空を超える旅の中で幾度も経験したことがあった。幻魔陣が展開されている場では魔法攻撃が圧倒的に有利となる。魔法が使えないアルドにとってはこれほど不利な状況はないだろう。逆に魔法攻撃中心のフードの人物、もといスタシオンにとってはかなり有利な状況である。


アルド「幻魔陣か!なかなか手強いな」


スタシオン「まだまだこれからだ!『スロウ』」

スロウと呼ばれる魔法が閃光となってアルドに直撃する。無属性の魔法のようだが、くらった直後アルドは違和感を感じた。


アルド「か、身体の動きが重い...」


動きが遅くなったアルドにスタシオンの容赦ない追撃が遅いかかる。なんてことない無属性の魔法弾だったが幻魔陣で強化されなかなかに強烈な威力となっている。


アルド「っ!どうにかしないと」


スタシオン「さらにダメ押しだ」

スタシオンを詠唱を始める。動きの遅いアルドではスタシオンの詠唱を止めることは叶わなかった。


詠唱が終わり、時間系魔法を唱える。

スタシオン「『ヘイスト』」


どうやら『ヘイスト』と呼ばれた魔法はスタシオン自身を能力を向上させる魔法のようだ。明らかにスタシオンの速度が速くなっている。


ただでさえ『スロウ』で遅くなっているアルドだったが、この速度差はかなり厳しい。

アルドの斬撃は空を切り、遠距離から襲いかかる魔法弾を回避することもできなかった。


スタシオンの戦法は時間系魔法で自分に有利な状況を作り、ジワジワと遠距離魔法で削っていくものだ。アルドは見事にその術中にはまってしまったと言わざるを得ない。


ここで、スタシオンは更にアルドから距離を取り最大の魔法を発動しようとする。


スタシオン「これをくらえば最期、オマエは自分が死んだことにさえ気付かないだろう」


スタシオンの詠唱が始まる。

当然アルドは、スタシオンの詠唱を止めるどころか、追いつくことすらできなかった。


スタシオン「命の時間ごと停止するがいい!!『ストップ』」


アルドは突如動けなくなった。目を開くことができず、四肢を動かすこともできない。このまま負けてしまうのか...とアルドは思った。

呼吸すら苦しくなってきてしまった。


...もうダメか そう思った時だった。


パリンッ!ガラスが砕け散るような音がし、突如幻魔陣が崩壊した。


スタシオン「ば、バカな!」


続いてアルドの停止状態は解除され、目を開くことができた。


アルド「な、何が起こったんだ、ん?」


動けるようになったアルドが一番初めに感じたのは視覚情報ではなかった。


そう嗅覚によって得た情報だった。


甘い。甘い匂いがする。どこかで嗅いだことがある匂いだった。


アルド「これは、花時計の香料?」


ナユタ「よかった〜間に合って!」

アイザ「大丈夫か!アルドくん」


アルドが後ろを振り向くと先程逃げたはずだったナユタとアイザがいた。その手には香料が握られており、匂いの発生源はソレだった。


アルド「ナユタ!?アイザ!?どうしてここにいるんだ!?」


アイザ「どうしてってそりゃあアルドくんを助けるためさ。キミが敗北すればどちらにせよここは終わりだ」

ナユタ「戻ってきたのは正解だったでしょ〜!実際、危ないところだったし。アルド動かなくなってるんだもん」


アルド「でもどうして急に動けるようになったんだ?」

ナユタ「この香料は身体に作用している時間効果をリセットするために用いられるの」

ナユタ「この匂いが続いている以上、アルドの体内時計が変わることはないわ!」


アルド「ありがとう!助かったよ!アイザ!ナユタ!でもそれって...」


それはナユタの病気の進行にも影響するのではないだろうか、と嫌な想像が頭をよぎる。


その疑問についてアイザが答える。


アイザ「ご想像の通りだ。アルドくん。この状況だとナユタの病気の進行もリセットされている。今すぐにでもナユタはこの戦いのことも忘れてしまうかもしれない。だからできる限り早く決着をつけて欲しいんだ」


苦肉の策だったのだろう。アイザは少し悔しそうな顔をしながらアルドに頼んできた。


う〜んと一人で頭を抱え、忘却と戦っているナユタを見てアルドは答える。


アルド「分かった!決着をつけてくる!」

アイザ「頼んだよ!アルドくん」


漂う甘い匂いと幻魔陣の突然の崩壊に動揺するスタシオン。

スタシオン「なんだ!この匂いは!幻魔陣が解除されたのであればもう一度...」


もう一度幻魔陣を展開しようとするスタシオン、そこにすかさず斬り込むアルド。


アルド「させるか!!」


スタシオン「むぅ!こざかしい!ならばもう一度『スロウ』で...」


スロウという魔法で放たれる閃光をアルドは受ける。しかし、アルドの動きは先ほどまでのように鈍くはならなかった。


スタシオン「なぜだ!なぜ遅くならん!!」


アルド「これで終わりだ!」

アルドから放たれたX斬りを動揺しているスタシオンはまともに受けてしまう。


スタシオン「ち、ちくしょう...」

スタシオンは塵になり、消えてしまった。


辺りに歓声が上がり、アイザとナユタがアルドに近づく。アルドはこの2人の居場所を守ることができて心底良かったと思えた。花時計もヤツの手に渡ることなく、無事だった。完全な勝利と言えるだろう。



-辺り一面暗くなり、星空が見える夜になった。アルドとアイザ、ナユタの3人は花時計前を後にし、ナユタの病室へ向かっていた。今となってはナユタのためなのか、アイザのための病室だったのか分からなかったが、そんなことは些細なことでどちらでもよかった。


病室内に入り、落ち着いたところでナユタが話し始める。


ナユタ「黙っていてごめんなさい...」

ナユタが何も言わずにアイザを治療していたことについて謝る。気にしてないよとアイザは答える。


少し恥ずかしそうにナユタが話し続ける。


ナユタ「アイザが『時忘病』にかかったとき、院長先生から呼び出しがあったの。アイザのための医者になってくれないか、それが2人のためにもなるだろうからって」


アイザ「院長先生が?」


ナユタ「院長先生は最初からアイザのこと心配はしていたんだよ? ワタシを助けれなかったことを随分と悩んでいた。それが『時忘病』の引き金になるんじゃないかって」


アイザ「そうだったのか...」


ナユタ「アイザ、もう1人で何もかも抱え込まないで。アイザの周りにはアルドや院長先生、それにワタシだっているんだから!もうワタシに縛られず、自分の人生を歩んで欲しい」


ナユタの言葉にそれは違うよとアイザは答える。


アイザ「確かに精神的にストレスがかかっていた時期はあったかもしれない。でもキミを助けたいと思っていたのは紛れもない自分の意思だ。今はもう重荷になんか感じていないよ」


ナユタ「...アイザ...」

少し照れ臭そうにして、ナユタはアイザを見る。


アイザ「小さい頃の約束、思い出したんだ。だから今まで通り一緒にいさせてくれないか?ナユタ」


限界だったのか赤面し、俯くナユタ。

しばらくして顔を上げてポロポロと泣きながら...


ナユタ「はい!」


とだけ答えたのであった。


2人はもう大丈夫だろう。ナユタの病気もきっと近いうちに良くなる、そうアルドは確信した。


アルド「よかったな!2人とも!」


アイザ「アルドくん。キミにはなんとお礼を言えばいいか。ボクらの事情にキミを巻き込んで本当にすまなかったと思ってる」


アルド「いいって!2人とも無事だったんだし、アイザは病気を克服したじゃないか!それはきっと2人が頑張ったからだよ!ナユタの病気もきっと近いうちに良くなるさ」


暖かいアルドの言葉に涙が出そうになるアイザ。

アイザ「ありがとう、アルドくん」

ナユタ「ワタシからもお礼を言わせてアルド。アイザを救ってくれて、ワタシを助けてくれて本当にありがとう」


こらえきれず泣いてしまうアイザ。


ナユタ「あ〜 アイザ泣いてる。記憶と一緒に昔の泣き虫が戻っちゃったのかな〜?」

ニヤニヤとナユタがアイザのほうを見ながら尋ねる。


アイザ「うるさい!それにいつも先生をつけろと... もういいかそれも」


アイザの言葉に可笑しくなったのか、一同に笑いが起きる。



-数時間後、アルドは旅立つこととした。


アイザ「もう行っちゃうのか?」

ナユタ「まだいればいいのに〜」


アルド「2人を見てたら俺も負けちゃいられないって思ってさ。俺にも救いたい人がいるからさ」

アルド「それにこれ以上、2人の邪魔しちゃ悪いしな」


アイザとナユタは顔を見合わし、赤面する。

少し恥ずかしい気持ちになったが、2人は旅立つアルドに声をかける。


アイザ「アルドくんにも大事な人がいるんだな。詳しくは分からないが、無事を祈ってるよ」

ナユタ「また、遊びにきてね...」


アルドとの別れが悲しいのかナユタは今にも泣きそうな顔をしていた。


アルド「ああ!きっとくるよ!2人とも元気でな」


2人の病室を後にして、庭園内の花時計の前を通る。そこに1人の男性がいることにアルドは気づく。


アルド「あんたにはこの結末が分かっていたのか?」


アルドが声をかけた人物、それは院長先生だった。


院長「いいや、こうなればいいとは思っていたけれどね。今回はキミがいてくれて本当によかった」


院長「ナユタが泣きながら私に医者になりたいと頼み込んできた日のことは今でも覚えているよ。きっと何もできない自分が悔しくてたまらなかったのだろう」


院長「結果論に過ぎないかもしれないが、ナユタの行動がアイザを救い、『時忘病』を克服することができた。もちろん、アルドくん。君の助力があってこそだ」


アルド「いいや、俺は何もしていないよ。ナユタが頑張ったからこそ、アイザを救うことができたんだと思うよ」


院長先生はホッホと笑いながら、

院長「本当にありがとう。心優しき青年よ。またいつでも遊びにおいで」

と言い残し去っていった。


アルドは庭園を後にし、本来の自分の旅を続けるのであった。でも、彼の中には不器用な関係の2人組と、少し不思議な花時計のある庭園のことはいつまでも残り続けるだろう。



『元天才最年少医師、十数年間の治療の末に悲劇の少女を救うことに成功する』

といった記事をアルドが目にするのはまだ先の話である。


『時忘病』ケースⅠ&ケースⅡ 経過観察記録

『時忘病』の患者であったナユタとアイザであったが、特別医師でもあるナユタの懸命な治療もあってか、アイザが『時忘病』を克服することができた。また、ナユタのほうも回復傾向にあり、アイザの報告書からすると忘れることも少なくなり、日常生活にもそれほど支障はないようだ。

やはり、アルドという旅の剣士に出逢ったのが、2人にとってプラスになったようだ。彼には感謝しなくては。

これを以って同時経過観察記録は以上とし、ナユタの経過観察については改めてアイザの経過観察記録に移管することとしたい。


           報告者 庭園病棟 院長 

                   以上。

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