第2話 大事な『もの』とそれ以外の『もの』
ドローンが暴走した事件から数日後、ふたたびラウラドームに訪れたアルドだった。ラウラドームには別の用事だったのだが、ついでだからとアイザ、そしてナユタにも会いにいってみることとした。
件の庭園前に着いたアルドは中を見渡してみた。
2人は前回と同じく庭園の中を散歩していた。
アルドは2人に声をかけようと、庭園内を歩いていくと自分が花時計の前の道を通っていることに気づき、ふと目線を花時計に向ける。
アルド「やっぱり大きいなぁ。この花時計」
???「よかったら触ってみてもいいですよ?」
突然背後からかけられた声にアルドは驚く。
アルド「うわっ!」
???「ああっ!!ごめんなさい!驚かすつもりはなかったんですっ!」
前回と同じ状況。イタズラ好きのナユタの仕業だろうとアルドが振り向くとそこには慌てながらも面白がってるナユタとその後ろで立ち尽くすアイザの姿があった。
アルド「だ、大丈夫。慣れてるから」
ナユタ「驚かされるのが?変なお兄ちゃん」
クスクスとナユタが笑う。前回の様子から期待はできなかったが、ナユタが自分のことを忘れていることに少し哀しくなるアルド。
そんなアルドにアイザが声をかけてきた。
アイザ「や。アルドくん。約束通り来てくれたんだね。ありがとう」
ナユタ「アイザの知り合い?」
アイザ「いつも先生をつけろと言っているだろ。ナユタ。アルドくんは君の遊び相手になってくれるみたいだよ?」
ナユタ「ほんとっ!」
突然のアイザの提案が嬉しかったのか、庭園以外の友達ができそうなことが嬉しいのかナユタはぴょんぴょん跳びはねる。
ナユタ「じゃあお兄さんこっち!」
ナユタはアルドの手をグイっと引いて、庭園内を連れ回そうとする。
アルド「わ!ちょっと待てって!ナユタ!」
アイザはその光景を見て微笑ましい顔をしながら2人に声をかける。
アイザ「アルドくん!すまないが少し付き合ってあげてくれ。ナユタ!鐘の音が鳴る頃には病室に帰ってくるんだよ!」
ナユタ「はーい!」
本当に分かっているのか?と不安になりながらもアイザは自身の執務室に戻る。
引き続き、ナユタに引っ張られ続けるアルド。
アルド「な、ナユタ!?どこに行くんだ?」
ナユタ「んー。アルドには内緒ー!」
花時計がある最初にいた庭園から別の門を潜り、次の庭園へ抜ける。どうやらこの庭園は花時計のある庭園のまわりに別の庭園がいくつか囲んでおり、門でそれらが区切られているようだった。
庭園の角にあった茂みの奥に連れてこられたアルドはその光景に目を奪われる。
ー綺麗な花畑だった。
花時計の周りの花畑に比べると、綺麗に並べられているわけでもない。どちらかといえば、稚拙、素人が手入れしているのかとも思える。でも、その1つ1つの花から手入れをした人の愛情が込められているのをアルドは感じた。
ナユタ「すごいでしょ〜。これナユタが作ったんだ〜」
アルド「ナユタが!?すごいじゃないか!?」
どうやらこの花畑は自分の横で満足そうな顔をしている少女が作ったらしい。
ナユタ「...アルドもさ。ワタシの病気のことを聞いているんだよね?」
突然の問いにアルドはどう答えるか少し迷ったような困ったような表情を見せた。ナユタは自身の病気のことは自覚していないと勝手に思い込んでいたのもあるかもしれない。
ナユタ「アイザから聞いているんだよね?」
少女がジッと見つめて問いかけてくる。これに正直に答えないのは卑怯だなとアルドは思った。
アルド「...あぁ」
やっぱりか〜というような顔をしながらナユタが喋り始めた。
ナユタ「...ワタシね。色んなことをすぐに忘れちゃうし、ここ最近の記憶なんかほとんど覚えてないことばかりなんだけど、この花畑だけはずっと覚えているんだよね〜」
少女が少し寂しげに、切なそうに話す。
ナユタ「きっとこの花畑ってワタシにとって大事なんだろうねえ。大事なことはずっと記憶に残るんだ〜。アイザのこともずっと覚えてる。」
アルド「...ナユタ」
ナユタ「アイザとは小さい頃からずっと一緒でね。今や成長速度も違っちゃって随分と大人っぽくなってるけど、昔は泣き虫だったんだから!」
アルド「へえ!あのアイザが意外だな。ナユタの方が泣きベソかいてそうなのにな!」
ナユタ「...怒るよ..」
アルド「すみません...」
ナユタ「でもワタシの病気のせいでずっとアイザを縛っちゃってるんだよね。きっとアイザだって迷惑してる」
アルド「それは違うと思うぞ」
ナユタ「え?」
アルド「だってアイザは言ってたぞ」
アルドとアイザの会話の回想〜〜〜〜〜
アイザ「そう心配そうな顔をしないでくれ。ボクはナユタの病気はきっと完治すると信じているよ。それまでボクだって諦めるつもりはないよ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
少し意外そうな、照れてるような顔でナユタが喋る。
ナユタ「アイザがそんな事を...」
アルド「だからきっとアイザはナユタのことを迷惑だなんて思ってないよ。アイザはナユタのために頑張ってるし、病気だってきっと治ると信じてるよ」
ナユタ「アルド...」
アルド「だからナユタも病気なんかに負けるなよ。俺だって力になるからさ!」
ナユタ「ありがとうアルド。えへへ、嬉しいな。明日のワタシもこのことを覚えてたらいいな」
アルド「きっと覚えてるさ。ナユタにとって大事なことだろ?」
ナユタ「そう...だね。そうだといいね」
花の手入れをしているナユタ。それを手伝うアルドだったが、不意にナユタから背中ごしに質問される。
ナユタ「アルドはさ。大事なもの以外を忘れちゃうのと本当に大事なものを忘れちゃうのはどっちがいい?」
ナユタの質問に少し戸惑うアルド。
アルド「う〜ん。忘れちゃうこと自体嫌だけど、どちらかといえば大事なものを忘れちゃうのは嫌だなぁ」
ナユタ「どうして?」
アルド「どうしてってそりゃあ...大事なものをなくしちゃうと自分が自分じゃなくなるような気がするからかな」
ナユタ「そう...だよね。ワタシもやっぱり大事なものをなくしちゃうほうが嫌かなぁ」
花の手入れをしながら雑談してると日が落ちてき、もうすぐ病棟の鐘の音が鳴り響く時間に近づいてきた。
アルド「ナユタ、今日はこれくらいしてもう帰ろうか。アイザも心配するだろうし」
ナユタ「そうだね。帰ろうか」
すっかり汚れてしまったアルドとナユタは通ってきた茂みを抜け、花時計のある元の庭園に戻っていった。
花時計の前に着いた時、フードを被った人物が花時計の前に立ち尽くしていた。その佇まいからアルドは警戒する。
ナユタ「あれ?こんな時間にお客さんかな?」
アルド「ナユタ、ちょっと下がってろ」
フードの人物がこちらに気づく。
フードの人物「これはこれは」
アルド「アンタ何者だ?」
フードの人物「ふむ。私はとある研究者でね。聞きたいことがあって、ここに訪れたんだ」
アルド「聞きたいこと?」
フードの人物「この花時計なんだがね。巷では不思議な力があるという噂なんだ。オマエはこの花時計の不思議な力について知ってるか?知っているならぜひ教えて欲しいところだが...」
アルド「知ってるけど、アンタみたいな怪しい者に答えることは何もないな」
フードの人物「なら力づくで聞き出すこととしよう」
フードの人物は杖のようなものを取り出し、それを構えると魔物を召喚した。この時代にはとっくの昔に絶滅したであろうキマイラを2体も召喚した。
ナユタ「アルド〜〜」
不安そうな声でナユタがアルドのことを心配する。
アルド「大丈夫だ!ナユタはそのまま隠れていてくれ」
キマイラの爪がアルドを襲うが、アルドはそれを剣で受ける。数では劣勢であるが、アルドの剣技がそれを上回った。アルドの斬撃によりキマイラが悲鳴をあげる。
キマイラはそれほど問題ではない。それよりあのフードの人物を警戒しなければならない。アイツはどこへいった?
フードの人物「そこまでだ」
アルドの視界が先程のフードの人物をとらえた。しかし、フードの人物の前には震えるナユタがいて、どうやら人質に取られているようだ。
ナユタが人質に取られてはアルドはどうすることもできない。
アルド「やめろ!その子は関係ないじゃないか!」
フードの人物「お前が教えないのが悪い。よく考えるがいい。明日またこの時間にここへ訪れる。その時までこの娘は預からせてもらおう」
夕暮れ時、フードの人物とナユタが闇に消える。
アルド「くそっ!ナユタが俺のせいで...」
フードの人物の目的は分からないが、花時計の秘密を話せば恐らく悪用されるに違いない。それほどまでに男の悪意は強烈でアルドは直感的にそれを感じていた。
でも今はとりあえずはナユタの安否だ。男は明日またこの時間にこの場所に訪れると言っていた。それまでに何か対策を立てなければ...
アイザ「...アルド?先ほどの騒ぎは何だ?ナユタはどこにいった?」
アルド「アイザ... すまない。詳しい事情を説明したいから、場所を移さないか」
アイザ「あ、あぁ...」
アルドの鬼気迫る様子にうなずくしかないアイザ。
アルドは事情を説明しようとアイザを連れ、ナユタの病室に場所を移す。
ナユタの病室の扉を開け、部屋に入った瞬間アルドは違和感に気づく。それが何なのかは分からない。たしかにはじめてこの部屋に訪れた時にあったものがこの部屋からなくなっているように感じる。
それは何だっただろうか?アルドはそれに気づくことができなかった。
アルドは花時計の前であったことを全てアイザに話した。フードの人物のこと、花時計の不思議な力を求めていること、そしてナユタが攫われたこと。
アルド「すまない。俺が不注意だったせいで...」
アイザ「アルドくんは悪くないさ。しかし、ナユタが心配だな。フードの人物には心当たりはないが、どうやら話を聞く限り花時計の力を悪用するつもりなんだろう」
アイザ「花時計の力がなければ『時忘病』の治療もできなくなる。そうなれば、ナユタを治す術が完全に失われてしまう」
それはまずいと対策を考えるアルドとアイザ。しかし、現状を打破するアイデアは何も浮かんでこなかった。
アイザ「仕方ない。花時計の秘密を話すしかないな。ナユタの身の安全の確保が最優先だ」
アルド「そうだな。俺もそれがいいと思う」
アイザ「アルドくん、今日はもう遅い。明日のこともあるし、泊まっていってくれ」
アルド「そんな、俺のせいでこうなってるのに悪いよ」
アイザ「気にするな。フードの男も花時計の秘密を聞きだすまでナユタには危害は加えないだろう。ナユタのベットを使うといい。とりあえず明日に備えよう」
アルド「分かった。ありがたく使わせてもらうよ」
就寝につくアルドとアイザ。
その夜遅く。アルドはかつてないほどの呻き声と叫び声で目が醒めることになる。
以後、とある医者の観察記録である。
『時忘病』ケースⅡ 経過観察記録
この日は旅の剣士であるアルドがまた当院を訪れてくれた。彼は患者にとってプラスの影響を与えてくれるに違いないと思ったのだが、予期せぬトラブルが発生してしまった。どうやら当院の花時計の力を悪用しようとしている輩がいるらしい。
この日はトラブルが発生したため、夜間の経過観察が不可能となってしまった。患者へのストレスが懸念される。また、本日は患者への投薬をしていただろうか... 担当医として、失敗続きの1日であった。
以上。
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