薄れゆく記憶と忘却の花園

にこら

第1話 『時忘病』

-ラウラドーム そこは荒廃した地上の世界とは異なる自然を愛する者達が創り出した天空の庭園。


あまり一般的には知られてはいないが、ラウラドームの一角にとある医療施設がある。

いや、医療施設と呼ぶにはいささか豪華すぎるだろう。言うなれば庭園付きのマンション、といったところである。


そこには医者と患者が必ず2人1組で行動しており、とある病気の治療を行うため共同生活を送っている。

共同生活を送るにつれて、性別は問われておらず、男女のペアもいれば、同性のペアで組むこともある。

当然、共同生活を送るとなれば次第に親密になるペアもいれば、あくまで医者と患者といった立場を崩さないペアもいる。



-どちらも幸せになる結末はないのだけれど。

 

そんな庭園施設に1人の剣士が歩いてくる。彼はラウラドームには何度か訪れてはいたが、こんな庭園施設があるなんて知らなかった。今回の物語は彼が庭園施設でとある男女と出逢った場面で幕は上がる。


アルド「うーん、やっぱりラウラドームは落ちつくな。俺の時代に雰囲気が近いからか安心できるんだよなぁ」


アルド「ちょっと散歩してみようかな」


ラウラドームを散歩するアルド。


アルド「ん?あの人達何をしているんだろう?」


アルドの視線の先には件の庭園があった。そこには庭園の中で散歩するいささか歳の離れた男女のペアがいた。

男性の方は歳は25歳前後といったところだろうか。髭は生やしておらず、長身である。黒の長髪が印象的だった。服装は医者っぽい白衣に身を包んでいた。

対して女性...というより少女のほうは男性より断然若く見える。見た目からすると15歳くらいではないだろうかとアルドは思った。髪は男性とは対照的な色の白の長髪である。服装は白衣のような白っぽい服に身を包んでいる。どちらかといえば患者服だろうか。


2人は庭園を歩いている。庭園の中で特に印象的だったのは庭園中心部に広がる花畑、その中を動く指針であった。そう、花時計である。花時計を中心に沢山の種類の花が庭園中心部を彩っている。


アルド「綺麗な花時計だな。俺も小さい頃フィーネにプレゼントしたことあったっけ」


???「...よかったら近くで見ますか?」


いつの間にか件の少女がアルドの隣にいて話しかけてきた。不意をつかれたアルドは思わず声をあげる。


アルド「うわっ!」

???「ああっ!!ごめんなさい!驚かすつもりはなかったんですっ!」


アルドの声に慌てて少女は謝る。


アルド「いやこちらこそごめん。綺麗な花時計だなってボーっと見惚れてたところに声をかけられたもんだから」

???「ふふっ!綺麗な花時計ですよねっ!私も好きなんです!」


少女は儚そうに嗤う。今にも消えてしまいそうなくらいに。


???「おーいナユタ。どうかしたのか」


さきほどの男性の声だろうか。コツコツと足音が近づいてきて、ナユタと呼ばれた少女は反応する。


ナユタ「あ、アイザ」


アイザと呼ばれた男は少し呆れたような、まぁ、いつも通りかといった具合で、ナユタを叱る。


アイザ「アイザ、先生だ。先生をつけなさいといつも言っているだろ? えーと、そちらの御仁は?」


ナユタ「先ほど逢った... えーと... お名前なんでしたっけ?」


アルド「アルドだ。旅の剣士をやっている。よろしく、ナユタとアイザ先生?」


ナユタ「あっ!そうだ!アルドさんでしたよね!旅の剣士やっているって言ってたような気がします!ごめんなさい!私忘れっぽくて」


アルドはナユタに自己紹介したのは先ほどが初めてだったのだが... ナユタの様子に違和感を感じたアルドが尋ねる。


アルド「たぶん、初めて自己紹介したんだけど」


ナユタ「えっ!?そうでしたっけ?」

ナユタはキョトンとした顔をした後、またやっちゃったか〜というような顔をし、アイザの方を見た。


アイザ「...すみません、アルドさん。この子は少し物忘れが酷い方でして。どうか気を悪くしないでください」


アルド「いや、謝らないでくれ。俺もちゃんと自己紹介してなかったのも悪かったしさ」


アイザが深刻そうな顔をし、ナユタに話しかける。


アイザ「ナユタ... 少しアルドさんとお話があるからあちらの方で遊んできなさい。庭園からは出るんじゃないよ」


ナユタ「?? はーい!」


ナユタは花畑のほうへ駆け出していった。まじまじと眺めてみると、この庭園はかなり広い。庭園奥に見える建物の横にはお店のようなものも見える。ここで生活しろと言われれば十分くらいの施設がある。


不意にアイザがアルドに尋ねる。

アイザ「アルドさんはこの施設が何なのかご存知ですか?」


アルド「?いや。さっき初めて立ち寄ったから分からないな」


アイザ「ここはいわゆる医療施設。病院なんですよ」


アルド「病院!?ここがッ!?!?」


アイザ「そうです。『時忘病』といった特殊な病気を治療を施設なのです」


アルド「『時忘病』... 聞いたこともない病気だな」


アイザ「そうでしょう。発症する確率は稀で個人差があります。ただ、この病気は強いストレスや精神的な圧迫を受けてしまうと誰にでも発症してしまう可能性があります」


アルド「そうなのか... ちなみにどんな症状なんだ」


アイザ「『時忘病』にかかると記憶がなくなっていきます」


アルド「記憶が...」


アイザ「その人が刻んできた時が奪われる...と言った方がよいでしょうね。なくなる記憶には個人差があります。部分的に記憶が欠落してしまう人もいれば、徐々に全ての記憶がなくなってしまう人もいます」


アルド「そうなのか...」

怖い病気だなって思いながら、アルドは気付く。ここが病院で医療施設ならこの2人は...


アルド「ということはナユタは...」


アイザ「ええ。ご想像の通りです。ナユタはレベルⅢの『時忘病』の重症患者です。唯一私のことは覚えてくれているみたいですが、それもいつまで続くか...」


アルド「そうなのか...」

アルドは悲しい気持ちになった。先ほどまでのこの2人のやりとりは本当の親子のようであった。そんな仲睦まじい記憶すら病気に奪われてしまうなんて...


アルド「でも治療法はあるんだよな」


アイザ「あるにはあります。庭園に花時計があったでしょう?あれを...」


突如静かな庭園内に少女の悲鳴が劈く。

ナユタ「キャーッ!!!!!」


アルド「ナユタの声だ!」

アイザ「何かあったのかもしれない!急ぎましょう!」


アルドとアイザは庭園内を走りぬけ、ナユタの元へたどり着く。よく見るとナユタの周りには3機のドローンが飛んでおり、誰が見てもドローンは異常な動き方をしており、今にもナユタに襲いかかりそうだ。


アイザ「...ッ!庭園の水やり用ドローンが暴走したのかッ!」

アルド「俺が行く!今助けるぞ!」


アルドはナユタとドローンの間に割り込み、すかさずドローンに一撃を入れる。ドローン3機のうち、1機は撃墜することができた。残りは2機である。ドローンが反撃のレーザーを撃つが、アルドはそれを華麗に回避し、すかさず反撃の一撃をドローンにいれる。撃墜したドローンが残り1機を巻き込み、結果、暴走したドローン全てを鎮圧することができた。


アルドがナユタの元に駆け寄り声をかける。


アルド「ナユタ、大丈夫か!?」 


ナユタは泣いていた。


ナユタ「うわ〜ん!怖かった〜!ありがと〜知らないお兄ちゃん」


『知らないお兄ちゃん』と呼ばれた時、アルドは背すじがゾクっとしたのを覚えている。アイザから重症と聞いてはいたがここまで酷いものかとアルドは動揺を隠せなかった。


アイザはアルドの後ろで、やはりダメかと言わんばかりの少し諦めた顔をしていた。


ナユタを落ち着かせ、病室へ向かった。

病室というよりはマンションの一室で2人の生活空間がそこにはあった。部屋に入った時、少し甘い匂いがした。例えるならアロマのような落ち着いた甘い匂いをアルドは感じたことを覚えている。


病室奥にある寝室にナユタを寝かせた後、アイザがアルドに話しかけてきた。


アイザ「...ナユタはいわゆる孤児でね。合成人間との戦争で巻き込まれた小さな町の生き残りなんだ」


アイザ「そこで両親が合成人間に殺されてしまってね。その時、ナユタの両親は棚の中にナユタを隠していたらしいんだけど、その隙間からナユタは両親が殺される様子を見てしまったようでね...」


アルド「ひどい... じゃあナユタはその時の精神的ショックが...!!」


アイザ「あぁ、そのようだね。今のところ病気の進行は抑えられていたと思っていたが...先程の様子を見る限り...」


アルド「病気の進行を止める方法はないのか?」


アイザ「一応あるにはある。君も見ただろう?庭園内の大きな花時計を」


アルドはアイザの発言に少し怪訝そうな顔をしながら尋ねる。

アルド「ああ。でもあの花時計に病気を治すことができる何かがあるのか?」


アイザ「あの花時計には不思議な力があってね。その力が周りの花に影響している。調べてみるとあの花達は普通に咲く花に比べて寿命が永くなっているんだ」


アルド「どういうことだ?」


アイザ「どういう原理かは分からない。でも影響を受けた花から作る薬には使用者の時を遅くする力があったんだ」


アイザ「その力を使って病気の進行を抑えてる」


アルド「なるほど。その薬をナユタに処方して『時忘病』の進行を止めてるんだな」


アイザ「ああ。ただこの薬には副作用もある」


アルド「副作用?」

ただでさえ難病の上、その症状を抑える薬にも副作用があるのかとアルドは思った。


アイザ「そうだ。アルドくん。ナユタは何歳くらいに見えたかね」


アルド「え?えーと15歳くらいかな?」


アイザ「ナユタはボクと同い年だよ」


アイザの到底信じられないだろう発言にアルドは驚愕する。


アルド「えっ!嘘だろ!どう見ても同い年には...」


アイザ「はじめは誰もがそう思うだろうね。この薬には使用者の『時』を遅くする力があると言ったね。あれは使用者の肉体の成長にも影響してしまうんだ」


アイザ「ナユタは治療期間が長いからこんなにも見た目に差が出てしまっててね」


アルド「アイザ...」


アイザ「そう心配そうな顔をしないでくれ。ボクはナユタの病気はきっと完治すると信じているよ。それまでボクだって諦めるつもりはないよ」


アルド「俺にも何かできることがあれば手伝わせてくれ!俺もナユタやアイザの力になりたいんだ!」


アイザ「ありがとうアルドくん。だが今日はもう遅いし、ナユタのことはボクに任せてお帰り。あとお願いなんだが...」


アルド「何だ?」


アイザ「たまにナユタに会いに来てやってほしい。こんな閉鎖的な空間だと友達も少ないんだ。時々でいいから遊びに来てくれると嬉しい」


アルド「ああ!俺でよければいつでもくるよ」


アイザ「ありがとう、アルドくん」


アルド「じゃあまたな!アイザ!ナユタにもよろしく言っておいてくれ」


庭園奥、医療施設屋上の鐘の音が鳴り響く。夕暮れの空、少し不思議な庭園を背にアルドは歩き出すのであった。


庭園をでて、少し歩いたところでアルドは1人の白衣に包まれた老人がこちらを見ているのに気づく。性別は男性、歳は70歳くらいだろうか。アルドは自分を育ててくれたバルオキー村の村長のような優しい雰囲気を彼から感じた。


アルドが老人に近づくと、老人はアルドを見てこう尋ねてきた。


老人「キミはあの2人の友達かい?」

アルド「え?2人ってアイザとナユタのことか?今日知り合ったばかりだけど友達っちゃ友達かな」


老人はそうかそうかと嬉しそうな顔をしていた。


老人「ワタシはこの庭園病棟の院長をしているものでね。あの2人に友達ができたのが嬉しくてね。どうもここは閉鎖的な空間でいけない」


老人の話を聞いてアルドは驚く。


アルド「え!院長先生だったのか!」

と、咄嗟にアルドが口に出してしまい、少し失礼だったかなと反省した。


よく言われると言わんばかりの顔をして院長先生が構わんよと答える。


院長「キミは名はなんと言うんだい?」


アルド「アルドだ。旅の剣士をやってる」


院長「そうか、アルドくん。これからもあの2人を頼むよ。楽しい思い出をいっぱい作ってやってくれ。忘却というものは恐ろしいものだ。我々にできるのは思い出を作ってやることしかできない」


院長先生は少し哀しそうな顔をしながら、それじゃと言ってアルドに背を向けて庭園内に戻っていった。


何だったんだ?と少し疑問に思いながらもアルドは庭園を後にした。


場面は変わり、ふたたび庭園内のナユタの病室。


ナユタ「う〜ん」

ナユタが眠そうな顔をしながら寝室のベッドから起き上がってくる。


アイザ「ナユタ。今起きたのかい?アルドくんもう帰ってしまったよ?」


欠伸しながら目を擦るナユタがアイザに尋ねる。


ナユタ「アルドくんって誰だっけ?」

アイザ「...」

2人が目指す楽園はまだ遠い。

以後、とある医者の観察記録である。


『時忘病』ケースⅡ 経過観察記録

 本日も患者の治療にあたる。治療開始後、散歩がしたいという患者の要求に対し、気分転換の一環と考え承諾した。

 散歩中、物珍しそうに庭園中央部にある花時計を眺めていた男がおり、名を聞いたところアルドという旅の剣士らしい。

 話してみる限り悪い男ではないようだ。庭園の水やり用ドローンが暴走した際も彼が鎮圧。特に被害も出なかった。患者へのストレスが懸念されるが特段異常はないようだ。

 引き続き、薬を投与し続け、経過観察とすることとしたい。


                    以上。

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