第77話

 ウルスの巨体が縦横無尽に飛び回る。熊並の体重があれほどの速度で飛びかかってきたら……『災害』の力なんて関係無く凄まじい威力が出せることだろう。


「ちっ……見かけによらず逃げ回るのが得意みたいだな!」

「触ることもできねえくせに煽ってんなよ。俺ぁ数多の戦で傷一つ負った事がねえ。誰も俺の速度に付いてこられないからだ」


 それは傲慢でも何でも無い。ウルスの残像すら残る速度には言うだけの威力が籠もっている。ただでさえ強靱な熊族の獣人だ。


 正確に言うならば、五百キロを越える体重にそれを支える筋力、さらに人間の知性が加わって成長したのが獣人というもの。ただの人間では敵うはずもない相手なのだ。


 『災害』の力を使わずともウルスは時速五十キロの速度で動き、対象が何であれ食い散らかしてしまうのだ。


 ただの人間では、ワンパン食らっただけで殺されてしまう――。


「ま、俺がただの人間だったら、な」


 今の俺には奴と同じ『災害』の力が宿っている。奴には『天翔る脚』という機動力、俺には『蔓龍の皮膚』という防御力がブーストされている。


 なら、どこに差が出るか――それはもちろん、先述した通り『個体差』だ。


「はっはぁ! 全力で蹴っても飛び散らねえ奴は初めてだぜ!」

「そりゃ、お褒めにあずかり……!」


 ウルスの蹴りを腕で防ぐ。もちろん、俺だって柔な鍛え方をしていない。『蔓龍の皮膚』を得たその瞬間から強化を続けてきた。だが……鬼人のような純粋なるパワータイプなら俺の防御力を貫通してくるのだ。


 それを……この男、ウルスはジャブのような一蹴りで貫通してみせた。ビリビリと痺れが全身に響く。もちろんこの程度、ダメージとは呼べないが……それでも、相手の攻撃が効くとなると俺の戦闘は大きく変わってくるのだ。


「お前は俺を盾だと思ってるだろうが……それは大きな間違いだぜ!」


 俺はウルスの死角となる方向から蹴りを繰り出して宙から落とそうと試みる。俺が単独でこいつに勝つには――。


「いいぜぇ……! 仕込みに仕込んだ甲斐があるってもんだ! あの聖女様がこんな面白え奴を連れてくるとはなぁ!」


 短期決戦。それしかない。こっちにダメージが蓄積する前に、ただのスピード強化でしかない奴を落とさなければ……俺の命はない。


「こいつを……待ってたんだろう、ウルス!?」


 俺は煙纏う魔剣でウルスの腹を斬りつける。そこには確かに傷が出来た……だが、致命傷には至らない。高速で舞う筋肉の塊を、どうして盾でしかない俺に傷つける事ができるだろうか!


「温ぃなあ! せっかく全力を出して戦える『災害』同士の戦なんだ……そうなりゃ、どちらかが死ぬまで終わらねえ。死ぬのは俺か、テメエか!? それだけだろう、楽しもうぜ、なぁ!?」


 普段なら『災害』のブーストで切り裂ける。最強の盾の持つ硬度は最強の矛の攻撃力にもなり得るからだ。だったら……最強の矛がどうして最強の盾になり得ないだろうか!


「っ――随分丈夫な体だな。何が『天翔る脚』だ。『災害』の力で肉体の強度まで引き上げやがって!」

「じゃあテメエは、それをしなかったというのか? いや、違うな……テメエも俺と同じ、目的のためなら手段を選ばねぇ人間だ。なら、強くなれる手段があるなら迷わず手に取ったはずだろうよ!」

「そいつはごもっとも――!」


 一呼吸の間に爪が八、蹴りが三は襲ってくる。しかも、三百六十度どこからでもだ。動けば動くほど速くなる連撃に、俺はついに大きく吹き飛ばされてしまった。


 肺の中の空気が全て吐き出されて、隙だらけになったそこに……ウルスの強靱な爪が容赦なく襲いかかる。魔力が淀んだその一瞬。


「ぐっ……」

「ワンポイントだ、効いたか?」


 熊の爪はごっそりと俺の背を削り取った。即座に『超速再生』が始まるが……このままじゃ先に魔力が尽きるのは俺の方――。


 ……いや、本当にそうか? あれだけ縦横無尽に飛び跳ねてるウルスにだって魔力の絶対量はあるはず。獣人は基本的に体が動物寄りなために魔力量は少ない……なら、ウルスはどこからあんな魔力を得ている?


「ウルス……お前、『災害』の力はどこで手に入れたんだ?」

「ああん? んなもん『樹の魂』に決まってんだろ。俺ぁ聖ノ国生まれでね、唯一天空に実った『樹の魂』を食ったのさ。決闘中にお喋りなんかしてる場合か?」

「いや……俺は強敵との戦いこそお喋りしたくなるんだよ。そいつの事をよく知れば知るほど白熱できるからな。それとも、手と口が同時に動かせないタイプか?」

「く、くっくっく……いいぜ、減らず口を叩く野郎をぶっ殺すのも確かに楽しみだわなぁ!」


 ウルスの攻撃速度はさらに増していく。これ以上は捌ききれない。だったら……『捌かない』。


 全ての攻撃を全身で受け止めて、魔力を最小限に、致命傷に至らない程度に……!


 腕の骨にヒビが、爪を受けた傷口から血が飛び出て、それでも俺は倒れない。『蔓龍の皮膚』は普段から微弱に纏っている。それを俺は『災害』相手だからとフルスロットルで発動してしまっていたから魔力の消費が激しかったのだ。


「どうしたどうしたぁ! もう疲れてきたか!?」

「いいや……生憎、殴られることには慣れててね。そうだよな……お前はただスキルとして『災害』を手にしただけ。勝ち取った俺とはそりゃあ差があるさ」

「あん……?」


 俺は『森羅万象』の発動に重きを置いてパイプを深く吸い込む。ボコボコと内部の水が音を立てて煙が放出される。


 その煙はウルスの体を包んでまとわりつき、離れない。どうにか逃げだそうと飛び回るウルスだが、ただの煙を操るなら今の俺にだってできる。そして、その煙には『寄生』の力が宿っている。そう、俺は今やその程度には『森羅万象』を扱えるようになっていたのだ。


 そして、その先も見せてやろう。自分の魔力がどこまで成長しているかなんて、案外自分じゃ分からないもの。


「『災害』と『神の力』の合わせ技……冥土の土産に見せてやるよ、ウルス――!」

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