第75話

「国王様、ワタシは『シルバーウルフ』の一員です。話は通っているはず、セシリアはこちらで保護します!」


 東の浮島、国王軍のたまり場でそう言ったのは重鎧に身を包んだ『神衛隊』の一人だった。名をジークス。もちろん『銀狼』の一員などではない。


 しかし、『シルバーウルフ』はリーフが適当に生み出した実像のない組織。しかし、今この国で一番暴れているのもまた『シルバーウルフ』なのだ。


 ウルスはそこに目を付けた。今また追い込まれようとしているセシリアへのトドメになると確信したのだ。最終目的はセシリアもまた国を荒らす『シルバーウルフ』の一員であるという体にすること。


 それだけで反乱軍の怒りはまた頂点に達し、いよいよウルスの望む戦争が起きるだろうと。


「反乱軍が予想外に開戦を強行しようとしております! ここにいたんじゃ彼女も危ない……!」

「そうか。そなたもあの男の仲間なのか? だが、ここにはセシリアはおらんぞ。何を申しているのか……そなたらがセシリアを誘拐したのだろう」


 その答えは、ややジークスの真意からは外れたものだった。てっきり、国王軍に匿ってもらいながら反乱軍の邪魔をしているだけだと思っていたのだ。


 だが、それならそれでいい……とジークスの唇が歪む。


「そうですか……なら、リーダーの元にいるのですね。それでは――」


 バッと投げ広がる漆黒の弾。そのいくつかが放られた瞬間に爆発する。これは魔導王国が大砲の弾を軽量化した試作品。どれだけの威力を持つかのデータ取りも任せられていたのだ。


「皆さんには、死んでいただくことにしましょう!」


 『神衛隊』にとっても『シルバーウルフ』の出現は寝耳に水だった。だが、あらゆる事態に対応してこそのヒーロー。『シルバーウルフ』の魅力にはすぐに気付いたのだ。すなわち……国を荒らすためならどれだけ好き勝手にやっても足の付かない組織。


「なっ……セシリア様が本当の聖女と分かった瞬間殺しに来たのか……それが貴様らのやり口か!?」

「一時は感謝した自分を恥じよう……やはり、所詮は野良鼠。この国の何たるかも知らぬ無礼者よ! レジスタンスなどというものに情けをかけたのが間違いだった!」


 好きなだけ言うがいい。どれだけ『シルバーウルフ』の株が落ちようが……いや、落ちれば落ちるだけいい。


 今や国王の首を取って国のトップに誰が立ってもいいように『シルバーウルフ』が戦況を乱してくれたのだ。悪い噂は適当な者に押しつけて、果てにはより混迷化したカオスを求める。それがウルスの欲望。


 そしていよいよ、国王の元にさえ爆弾が――。


 ――そう上手くいくわけがないでしょう。


 だが、その第一矢となる爆撃は……どこからか飛んできた狙撃によって空中で一つ残らず爆破されたのだった。


「……ふぅん? 何でしょうねぇ」


 爆弾の大きさはせいぜい手のひら大ほど。その小ささを以てして数人を殺すほどの威力。それらを一つ残らず、一人の犠牲者も出さず、精密かつ迅速な防衛術。並の腕ではない。


 何しろ、仮にもウルスに認められたジークスの目からしてもその発射元が捉えられないのだから。


 そして、ドッとジークスの重鎧の胸部にもついでのような一撃が打ち込まれる。しかし、たかが一本の矢に貫かれては重鎧の名が泣く。


「爆弾はまだまだありますよ――『シルバーウルフ』の武器の供給源を舐めないことです!」


 ドン、と置かれた爆弾の山は下手につつけば大爆発を起こす。故に誰も即座に迎撃に移れなかった。せめてと国王の前に人の壁を作って守ろうとするが、空中から襲い来る小さな脅威への対処法など国王軍は知らない。


 そして、先ほどの二倍ほどの数の爆弾が広げられる。今度は地面に転がるものもあり、まさに四方八方からの爆撃だった。


 ――バン、バン、ドン、ドガッ!


 再び城内に響き渡る爆発音。煙が晴れた後には……やはり誰も倒れてはいない。むしろ、ダメージを受けたのは爆震源にいるジークスだった。


(あり得ない……地面に転がそうとしたものを一息で全てワタシの手を離れた瞬間に打ち抜き爆破させ、次の呼吸で今度は空を舞う爆弾を全て撃ち落とした……? 何十人の精鋭狙撃手がいればそんな事ができると言うのです!?)


 そして今度は、二本連なった矢が先ほど受けた胸部へ撃ち込まれる。だが、やはり虫が止まったようなダメージ。


 いよいよジークスは訳が分からなくなった。こんな綱渡りな防衛をいつまでも続けるわけがない。しかし、こちらへの有効な攻撃手段も持っていない様子。それでいて逃げるつもりもないらしい。


(ワタシは……ワタシの敵はどこにいるのです!?)


 つぅ、と兜の中に汗が流れる。足下に転がっている三本の矢。そんな何てことないものが今は恐ろしく思えて、強固な重鎧の内部で背筋に寒気が走った。


「何だこれは……『聖女の守護』が復活したとでもいうのか?」


 同じく、何も理解出来ず戸惑っていたのは国王軍も同じ。そんな中で、そんな単語が飛び出した。それはすぐに伝播してざわめきをもたらす。


「聖女様の力は癒やしだろう……防御術まで兼ね備えていたのは初代聖女王様だけだぞ?」

「だったら、この現状をどう説明する? この城内のどこに隠れて狙撃する場所があるんだ? これは、伝説の復活だ……セシリア様の力だ!」


 数多投げられる未知の爆破魔法からことごとく守る守護の陣は国王軍にそんな意識をもたらした。


「ワタシを……無視するなあああぁぁぁ!」


 ジークスにとってそれは、あまりに我慢できない事態だった。神を信じず、当然聖女さえ戦争の道具だと見下していた彼にとって、そんなものに任務を邪魔されるとあってはこの上ない屈辱だったのだ。


 ありったけの爆弾を抱えて突進する……死なばもろとも? いや違う。重鎧に守られているジークスだけが助かる戦法だ。


 しかし、第一歩目を踏み出した瞬間に雨あられのような数の矢が一匹の龍のように襲いかかり全ての爆弾をジークスが抱えたままに起爆した……奇しくも、爆弾を抱えていたジークスだけに爆撃のダメージが残る形で。


「こ、こんな魔導王国のオモチャになんか頼らなくても……ワタシの鎧はミスリル製ですよ!?」


 それだけの狙撃を受けて、なおもジークスは健在。仮にもヒーローお抱えの部下だ。これしきで倒れていては話にならない。


 いよいよ白兵戦だ、と兵士が構えた所へ、今度は大きな発射音が聞こえる狙撃がたった一度だけ行われた。しかし、あれほどの量を受けても傷一つ付かなかった自慢の重鎧だ。ジークスはそれを無視して剣を抜こうとした――。


 ただ誤算は秘湯。その瞬間、胸に当たった一撃には……『災害』の力が込められていた。


「なっ……がぁ!」


 ヒビどころか重鎧の胴体が粉々になるほどの狙撃を受けてジークスは倒れた。最初から最後まで、何が起こったか理解できなかっただろう。


 この場の誰一人として、この戦いの真実を知ることはない。


「せ、聖女様の守護だ! 『聖女の守護』の復活だ! セシリアがやってくれたんだ!」


 だから、偶像にただ祈りを捧げる。祈っておけば損は無い。結局聖ノ国は、宗教国家なのだから。


「王様、今なら何にだって勝てますよ! 『シルバーウルフ』共々迎え撃ちましょう!」

「……そうだな。我等はまさに無敵だ。だが、それほどの力があるなら反乱軍とて守るべき国民の一人だと思えぬか? 敵はただ一つ……『シルバーウルフ』のみよ」


 ――この場の誰一人? それは少しだけ違う。


「なあ、これで良いのだろう……?」


 国王の視線は、大きく開いた窓の先、遙か彼方……丘の上に注がれていた。


 ◇


「ふぅっ――どうにかなったみたいですね」


 その丘の上に立っていた褐色銀髪の少女トゥイは、へなへなと腰を落とした。あれだけ精密な狙撃を連発したのだ。気が抜けても仕方ない。


 『神衛隊』に連れ去れそうになった時、咄嗟に彼女は逃げ出していたのだった。マリンが西に向かったのは分かった。なら、自分は東だろうと察知していたのだ。


 龍神族の一人に低空飛行させて聖ノ国に届きうる高さの丘に連れて行ってもらい、そこからジークスを迎え撃っていた。


「リーフ様、これで良かったのですか……? 貴方は本当に、何一つの名声を求めないのですか?」


 その問いに答えてくれる主は今は北の浮島。ヒーローと対峙している頃だ。ならば、自分がこのまま休んでいるわけにはいかない。そう思い、トゥイは近くにいた龍神族に声をかけたのだった。


「お願いします、北の浮島まで……飛ばしてください!」

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