第74話

 一方、西の浮島……反乱軍の前にはある人物が二人並んで立っていた。二人が見下ろすのは兵器の運び入れをする反乱軍達。


 その内の一人、黒髪に赤のメッシュが入った少女が大きく口を開けて言う。


「っはあー! ったく、かったるいかったるいかったるい! せっかく渡した兵器を簡単に壊されてんじゃねーよってなぁ!」

「そうおっしゃらないで。子供がオモチャを壊すのはよくあることなのですから」


 受け答えるのは、長い黒髪に青のメッシュを入れた少女。この二人の顔立ちはよく似ていた……それも当然。二人はヒーロー直属部隊のケランコック姉妹と呼ばれる双子なのだ。


「しかしまあ、コイツを手に入れられたのは良かったな。これ以上反乱軍からは搾り取れそうもなかったし、代金にしてくれるってんだから上等だぜ。なあ、ウィンデーネのお姉ちゃん?」

「くっ……」


 そして、二人の足下に転がっているのは奴隷紋の刻まれた首かせを仕掛けられたマリンだった。


 リーフとメリッサがヒーローに呼び出された直後……トゥイとマリンは東と西に別れていた……というのも、ヒーローの直属部隊『神衛隊』が二人を誘い出したからだ。


 マリンが行ったのが西だっただけ……兵器の復活があるなら潰せるのは自分だから、と。トゥイもまた同時刻、王国軍が陣取る東の浮島で戦っている。


 が……その邂逅の一瞬の隙を突かれてマリンは魔導王国お得意の奴隷紋を刻まれてしまっていたのだ。


「魔導王国はお前を探してるって話だぜ? 何にしろ、帝国を潰す貴重なチャンスを潰したらしいからなあ。ま、それよりは……生きているならまだ利用価値があるって腹づもりだろうがな。おれ達はボーナスさえもらえりゃそれでいいけどな」

「哀れな子……あの水精霊族が、陸地に上がればこの様ですか」


 マリンはただ耐え続ける。再び襲い来る奴隷生活への恐怖に。今まさに近づいてきているであろう憎き魔導王国兵に。皆が敵に立ち向かっている中、地を這っている屈辱に。


 そして、赤のメッシュを入れたケランコック妹が叫びを上げる。


「野郎共! 聖女様からのご支援だ、ありがたく受け取りな! 己の権力維持のために娘を聖女に仕立て上げ、神を汚した国王軍を許すな!」


 その声に、怒濤の大音声が浮島に響き渡る。それもそうだ、突然兵器を壊され攻撃を止めざるを得なくなり……もう反乱は叶わないのかと気が沈んでいたタイミングでの急遽支援だ。これで奮起しないわけがない。


 こんな速度で兵器が帰ってくるのはリーフの計算違いだった。魔導王国と聖ノ国の距離はそう近くない。兵器の破壊報告と運搬の往復だけで三ヶ月はかかるだろうはずだった。


 まるで兵器を破壊すると決めた瞬間に近くの支部からの運搬が始まったような……そんなペースだ。


「神衛隊のお二方、報酬はこちらのウィンデーネでよろしかったですか? この国で使いようがあれば変わらず現金でも構いませんが……」

「あー、いっすよいっすよ。精霊族なんてうちにはいらねーから」


 その場に、神衛隊と魔導王国の兵士が揃った。瞬間、マリンの瞳の中でくるりと光が回る。


「ふんっ……よくもまあ、あの鬼神から逃れたものだな。しかし、魔導王国には奴隷紋が消えた瞬間を感知する事ができるんだよ。帝国のすぐ傍で消えたというのに帝国には何の被害もない……そんな結果を、良しとすると思ったのか?」

「わたしはもう、あの頃にはっ……!」

「うるさい……お前は魔導王国に着くまで『黙っていろ』」


 その命令が届いた瞬間……マリンは立ち上がり『呟いた』。それはまるで数千年の呪縛を呪うような、その呪縛から解き放たれた喜びのような。


「凍てつけ――『アイスシンクル』」


 ビキビキと地面が凍りつき、最も近くにいた魔導王国兵は首以外が氷漬けになった。ケランコック姉妹もどうにか逃れたものの、それぞれ腕と足を封じられた。


「なっ……!? 何故、何故だ! 奴隷紋は確かに……!」

「ああ、これね。やっぱり、今のわたしには似合わないみたい。もっと強いご主人様がいるからねー。リーフ君の『支配』は魔導王国の技術でも書き換えられない……わたしは彼に一生付いていく事ができるんだ。それだけでいい……それがいいんだ」


 バキリ、と奴隷紋の首輪を外して左右の手に炎を氷を纏わせてマリンは笑う。忘れるなかれ、彼女は魔法のスペシャリスト。人間など比較にならない程の魔力を持ち術式を学び一族の秘伝技まで持っている存在なのだ。


「お前ッ……奴隷の分際で私を見下すなぁ――!」

「だから、もうあなたの奴隷じゃないんだってば。後で王城で兵器を斡旋してたのは魔導王国だって吐いてもらうからね」

「そ、そんな事できるか! そんな事をしたら私は殺される……! 喋ると思うか、この私が!」

「洗いざらい吐いて国王軍に捕まればその限りじゃないんじゃない? それとね、わたし魔法の制御は得意なんだよ? 喋らせるに決まってるじゃない」


 その瞬間だけ、マリンの口元は妖艶に裂ける。ゆらりとした瞳は関係無いはずのケランコック姉妹でさえ怖気が走ったという。


「その前に、やろっか。双子ちゃん。悪戯っ子はお姉さんが叱ってあげないとね」


 それはすなわち……神衛隊というヒーローの部下二人をたった一人で相手するということ。そこまで舐められたら黙ってはいられない。


「この野郎――!」

「あまり、舐めないでくださいませ!」


 そこから放たれるのは、風魔法でブーストした妹の槍。そのリーチはなるほど凄まじい。魔法使い相手に接近戦を挑むのは正解だ。少しでも集中が乱れたら魔法は紡げないし、そもそも予備動作にかかる時間が違う。


「精霊術、水結界……『タイダルウェイブ』」


 マリンの燃える腕が妹を押し返し、姉の動きを乱す。そして、ずっと魔力を溜め込んでいた水を纏う腕から大洪水でも起こったのかと思うほどの海水が流れ込んだ。


 それは姉妹だけでなく浮島全体を囲い……反乱軍も纏めて水中に閉じ込めた。そして海上へ浮かんできた反乱軍はマリンを見て叫んだ。


「こ、これが王国軍のやり方か!?」

「ううん。わたしは『シルバーウルフ』。ただのレジスタンスだよー。偽物の聖女に支配されるくらいならわたし達がこの国を頂いちゃおうと思ってね」

「れ、レジスタンス……この間の連中か! 畜生、何で俺達の邪魔をするんだ!」


 そこで、マリンは今が時かとリーフから預かった言葉を述べる。


「内乱してる国なんか、周囲から見れば金の成る樹でしかないからねー。聖女が誰なのか知りたかったら神様に聞けばいいのに……神様を信じてないのは、あなた達の方なんじゃないの?」

「――っ!」

「じゃ、これからも何の益にもならない戦い頑張ってねー、その度に邪魔しにくるけど。兵器をどんどん買ってくれたら嬉しいなー」


 そう言い置いて、マリンは水球に包まれたケランコック姉妹と氷漬けになった魔導王国兵を連れてその場を去って行く。水の結界はしばらく解かれることはないが……言い換えればそれだけだ。死人は出ないだろう。


「はー……悪役って、わたしにはよく分からないなあ。男の子ってこういうのが好きなの?」


 マリンは頭に疑問符を浮かべながら、龍神族を呼んで東の浮島を目指すのだった。

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