第72話
さしあたって俺は、南の中立島へ来ていた。聖ノ国の出入り口こそ反乱軍らしき集団によってガチガチに固められていたが、いざロアナに運んでもらうと簡単に入り込めた。
「入り口が限られてるからこそ、そこだけ見ておけばいいって視界が狭まってんだな。反乱軍は敵も多く見えるからそうなるんだ」
「リーフ様、どうしてあれが反乱軍だって分かるんですか? 街の警備をするのは国王軍な気もしますけど……」
「国王軍なら龍神族が現れた事を知ってるだろ? だったら『天の螺旋』を見張るなんて馬鹿な真似はしないさ。それに、あくまでセシリアを人質にしてる体だから、俺達を刺激する事はしないだろ」
メリッサからの報告と『物見の水晶』を考えるに、俺の浅慮なんてとっくに見透かされてそうだけど……それでも沈黙を守ってくれてるって事は、国王軍は今すぐ動く気はないということだ。
だけど、そこでメリッサが少し眉をひそめて小声で言った。
「でも、トゥイとマリンが顔割れてるんじゃないの? 反乱軍に見つかったら……」
「だからこそ良いんだよ。兵器は一時的になくしたし、俺達四人とセシリア、それに龍神族の機動力を使える今なら動き放題……それでいて、反乱軍に見られても確かにレジスタンスは存在したんだってイメージは付けられるからな」
俺は大通りに並んだ毒入りのヤサイ達の土をいじりながら話を続ける。ひとまず、ヒーローの陰謀は止めておかないとな、と。
今俺達は双方の抑止力として動かないといけない。もし真正面から両軍がぶつかり合うことがあれば横っ腹を突くぞ、と……。
「だけど、それだけじゃ戦争は止められないよねー? もう一度反乱軍にも聖女の奇跡を見せるつもりなの?」
「いや、多分その手は通じない……というか、そこまでの犠牲者を出したくない。それに、そんなことしたら、反乱軍の目線じゃ奇跡を使える聖女が二人居ることになっちまう。どちらが本物か論争は終わらないんだよ」
「じゃあ……リーフ君は、どうするつもりなの?」
可能かどうかは分からない。だけど、これしかもう手はないと思っている。だから少しだけ覚悟して答えた。
「神様に決めてもらう。どちらの聖女が本物なのか、をな」
その言葉に一同は息を呑み、セシリアが顔を真っ青にしていた。
「そ、そんな事できるわけないわ! 神は聖女が生まれた瞬間にのみ現れるのよ!?」
「だけど、今そうなっていないだろ。別に偽聖女の上に神が現れたわけじゃない。にも関わらず、セシリアが立場を追われている。だったら、同じ事をやり返してやればいいのさ。神が認めたと皆に信じ込ませれば、それはもう神の真意だよ」
「そんな……でも、騙すような事……」
セシリアはあまり乗り気ではなかったようだが……納得してもらうしかない。結局の所、何を信じるかって話だ。神はやはり間違えていなかった……セシリアこそが聖女だったと信じ込ませるには、ご神託なんていらない。それなりの説得力さえあればいい。
それができるのは俺だけだ。この国で唯一、俺達『銀狼』は神を信じてなんかいないのだから。
「ああ、あと……ヒーローと偽聖女も、か」
「俺がどうかしたかい? 兄ちゃんよ」
「っ――!」
俺は咄嗟に『蔓龍の皮膚』を発動していた。そうせざるを得ないほどの殺気。威圧感。そういう何かを感じた。
見てみれば、そこには妙に人好きのする笑みを浮かべた熊型獣人の巨体があった。武器も携えてない、後ろで手を組んでいる様子なのに、その一挙手一投足を見逃してはいけないと脳内で警報が鳴っていた。
「そのヤサイ、神殿で管理してんだよ。ワリィが、触んないでもらえるか?」
「お前は……」
「おお、名乗るのが遅れたな。この国に認められたヒーロー、ウルスだ。ウルス様って呼んでもいいぜ」
「ありがとう、ウルス。そんで……これを管理してるのは、あんた達なんだな?」
その質問に、ウルスは一瞬冷めた目をして……だが口元は僅かに緩んだ。
「ああ、そうだぜ。今は知っての通りいつ戦争が始まるか分かんねえ状態でな。聖女と俺は神殿に居るわけだ」
「へえ、それでヒーロー様の姿をこれまで見かけなかったわけか。それがどうして、ヤサイ一つで出てくる気になったんだ?」
「……いやいや、それだけで来たわけじゃねえ。何でも国王の娘が誘拐されたって話じゃねえか。その張本人が暢気に街を歩いてたんでな。流石に放ってはおけねえだろ?」
そうか……ヒーローはあくまで国から認定を受けた冒険者。どちらに付くかといえば国王軍側。だが、裏では反乱軍を焚き付けてるわけか……。なるほど、悪だな。
「それで、お姫様を取り戻しに来たのか? 残念だったな、ここにはいないぜ?」
セシリアは一応『隠蔽の仮面』を付けている。原理を知らないから効果がどれほどかは分からないが……今この場においては関係無い。
だって、ウルスはこれ以上無いほど……闘争を求めて殺気が抑えきれず溢れているのだから。
「まあ、そう言うな。俺ぁただ、要求を聞きに来ただけだ。誘拐するからにゃ目的があるんだろ? お姫様を危険に晒すわけにはいかねえ。ただの話し合いだ。そう気負うなよ、小僧」
「……条件は?」
「こっちは真の聖女と二人だ。一人くらいの同伴は許すぜ。誘拐なんて手を使う男だ。一人じゃ不安だろ?」
「そうか……それならメリッサ。来てくれるか?」
俺の使命にメリッサは僅かに驚いたような顔をして、こくりと頷いた。
「トゥイ達は拠点でお喋りでもしててくれよ。じゃ、また後でな」
「了解しました。皆さん心配されると思うので、早く帰ってきてくださいね?」
真意は、龍神族をいつでも動けるようにしてほしいという事だったが……トゥイとマリンにはしっかり伝わったらしい。
やっと引きずり出したぞ……やはり、この毒入りヤサイは奴らの計画の肝なんだ。ヒーローとどうやって会うかを考えていたら、あっさりと来てくれた。
この後話し合いになろうとも殺し合いになろうとも、事態は大きく動く。その感覚に、俺は背筋がぞわりとする思いだった。
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