第70話

「とまあ、まとめると……国王軍はセシリアを真の聖女と認め、だからこそ人質としての価値が生まれたわけだ。反乱軍にはレジスタンスが居る事を知らしめ、兵器も一時的に無力化できた。開戦を少し遅らせることができたって感じかな」


 俺達はようやく五人揃って話し合う事ができて、龍神族の里で情報交換をしていた。全て計画通りになんていかない事くらいは覚悟していたけど、望外の働きをしてくれた。


「これからは龍神族も味方になってくれる。いよいよ戦争に介入できるぞ」

「でも、リーフ……ボク達はヒーローに手も足も出なかったんだよ? 恩は返したいけど、何ができるとはとてもじゃないけど言えないな」

「大丈夫だ。ヒーローと一対一の状況を作ってくれれば、俺が勝てる。基本的に頼みたいのは移動と圧だ。突然現れた第三勢力に龍神族が手を貸しているってだけで箔が付く。ヒーローに負けたのは、まあ仕方ねえよ。あんたら以上に規格外の化物だったってだけだ」


 ヒーローは間違いなく『災害』の力を持っている。だったら、対抗できるのは同じ『災害』の力を持ってる俺だけだろう。


 だが、それ以外の部下なんかは龍神族が本気で戦えば大した相手でもないだろう。それに、『銀狼』もいる。こいつらほど頼りになる仲間を俺は他に知らない。


 すると、龍神族の長らしい男が代表するように声をかけてきた。


「もちろん我らがお主らに協力しよう。しかし、それは聖女への恩返しだ。一族の命の恩人……どこまででも飛んで見せよう。力になれるのなら、我らのブレスに耐えきれる者はそうは居まい。だが、結界をくぐり抜け助けを呼んでくれたのはお主だ」

「えーと……それじゃあ、俺にも何かしてくれるってわけか?」

「その通りだ。一族の掟として、真に認めるべきはお主。これで何の見返りも渡さずでは、末代までの恥だ。どうか、何か受け取ってくれないだろうか」


 そう言われると、断りづらい。しかし、この戦争に手を貸してくれるなら十分なんだけど……あ、そうだ。


「それなら、この辺り……特に結界にある毒草をもらえないか?」

「は……毒草、か?」

「俺の力の源なんだ。随分長いこと生きてるなら……あんな環境で生きていける草なら、魔香にすりゃ大きな力になると思うんだよ。未開拓樹海に『樹の魂』があったようにな」

「う、む……確かにこの辺りには龍神族の薬となる草がある。しかし、巨大なドラゴンの姿に数滴垂らして適量な劇薬もある。人間が口にすれば数分と保たず死に至るものもあるだろう」

「おお、そういうのだよそういうの!」


 人工の毒ヤサイなんて胸くそ悪いものを吸わされたばかりなんだ。上質な毒草が欲しい。


 すると、ロアナがぱっと顔を輝かせてぴょこぴょこと手を上げた。


「あっ、それならボクが色々採取してるよ! こう見えてボクは薬師だからね」

「へえ! 龍神族にもそういう役割があるのか」

「勝手にやってることだけどね。闇雲に草を採取するのもいいけど、見本はあった方がいいだろう?」

「そりゃ助かる。早速頼むよ」


 ロアナはそれを聞いておそらく自宅に向かったのだろう、駆け出していった。


「……お主、名をリーフといったな」

「ああ、そういうあんたは?」

「我は龍神族の長、クルガという。うちの娘を重用してもらい、感謝している」

「そりゃこっちの台詞……って、娘? もしかして、ロアナのお父さんか?」

「うむ。いかにも」


 腕を組んで荘厳な声で告げられるが、どうしてもロアナの性格とクルガの出で立ちが脳内で噛み合わなかった。


「似ていない、と思っただろう」

「えっ、っとー。まあ、そうだな」

「龍神族では卵から面倒を見ている者が親となる。人間のように血の繋がりなど気にしないのだ。里の子供は、皆の子供よ」


 それを聞いて……ウッドエルフの里を思い出して笑いが零れた。それを訝しげにクルガは目を細める。


「ああ、悪い。馬鹿にしたわけじゃないんだ。むしろ逆……一族として纏まってる奴らは、皆似たような事を言うんだなって思っただけさ。人間の絆なんて脆いものだからな。羨ましいよ」

「ならばリーフ殿、我らと契約していかんか? あの結界を抜けた者には、例外なく龍神族と契約する権利が与えられるのだ」

「契約って……何をするんだ?」


 そう問いかけると、クルガは自慢げに顎を上げて語り始めた。


「契約した者には、龍神族の力が与えられる。といっても与えられるのは龍神族と繋がっているという証だけだが……適性の高い者は龍神族の誰かと契約して共に冒険へ出かける者もいる」

「へえ……それじゃ、全部片付いたらそうしてもらおうかな」

「ぬ、今じゃなくて良いのか?」

「俺達は今聖ノ国全体と敵対してるからな……龍神族が今回の一件で報復に来るのはいいけど、俺と繋がるのはマズイだろ。帝国へ帰った後で龍神族と聖ノ国での戦争が始まっても困る。あくまで、全てのストレスは俺達が引き受けなきゃ丸く収まらない」


 クルガは「うむ……」と唸り、しばらく何かを考えていたようだが最終的には頷いてくれた。


「了解した。しかし、どうしてお主らはあの国のためにそこまでするのだ?」

「別に難しい理由はねえよ。ただ、セシリアが泣いていた。それだけじゃ不安だってなら、何かもっともらしい理由の一つでも付けようか?」

「……いや、いい。理屈じゃない事も人間の世にはあると聞く。きっと……そういうものなのだろう」


 理解できない……ながらも、どこか頬を緩めてクルガは俺の肩をポンポンと叩いた。


「すまない、待たせたね!」


 そして、その時ロアナが大きな袋に詰まったハーブを背負って現れた。さて、龍神族の里の草はどんな味がするのか……楽しみで仕方ないな。

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