第68話
そして一方、反乱軍が陣取る東の浮島では殺伐とした雰囲気が漂っていた。トゥイの探索術で知り得たのは、そう目立った大きな魔力は存在しないという事だった。
今は目的の兵器の破壊……反乱軍の武器を停止させる任務の待ち時間だった。やはり兵器は反乱軍の肝であるらしく、使われない時は倉庫にしまわれていたのだ。
そんな中、額の水晶で反乱軍の気配を探っていたトゥイに小声でマリンが語りかける。
「トゥイ、セシリアが言ってた事覚えてる?」
「何ですか?」
二人は見た目からしてこの国の人間ではない。だからこそ、姿を現すタイミングが重要。兵器を破壊したのは第三陣営だと思わせるには一工夫必要だった。
「リーフ君を男として見ないのかって話」
「……そうですね。何となく、『銀狼』には関係の無い話だと思ってました」
「でも、リーフ君だって一人の男なんだからさ、そういう事もあるんじゃないのー?」
そんな暢気な会話をしている間にも、反乱軍達は顔をしかめて言葉を交わしている。
――おい、今日もやるんだな?
――当たり前だ、聖女を汚した国王は許せねえ。自分の娘だからって……ここで流れを変えなきゃ、この国は終わっちまう。
――これは抗議でも裏切りでもねえ、聖戦だ!
「おそらく、リーフ様は私達には手を出さないんじゃないかと思います。リーフ様には、男だから女だからなんて無いんですよ。ただの恋仲を求めてるんじゃなくて……もっと尊い、仲間として見てくれてると思うんです」
「ふーん……リーフ君が手を出すなら、まずトゥイだと思ったけど、その様子じゃ本当に何もなさそうだねー」
「マリンはリーフ様と恋仲になりたいのですか?」
――でも、真の聖女様はこの争いにも関わらねえんだな……。
――何言ってんだ。最初に奮起させてくれたのはあの方だろ。うちの母ちゃんがいる街を救ってくださったのはセシリア様……偽聖女じゃない、今の聖女様だ。
――どんな傷も癒やせてこその聖女。セシリアは癒やせなかった。聖女様は癒やしてくださった。そういうことだろ?
そうして、いよいよ攻撃開始なのか……倉庫が開かれようとしていた。それでもマリンは考え込む。トゥイは警戒こそ解かなかったが、待っていたのはその返事だった。
「わたしね、実は男の人ってあんまり得意じゃなかったの。ウィンデーネに男はいないし、初めて出会った人間の男は魔導王国の兵士……奴隷として捕まえに来た人達だったから。だから、ちゃんとリーフ君に付いていけるかなって……」
ずらりと並べられた数十もの大砲を確認して、マリンは魔法詠唱の準備を始める。合図はトゥイの担当だ。
「でも、リーフ君はわたしより鬼神にお熱で、何の見返りも求めず奴隷紋を解除してくれて、まっすぐな瞳でわたしの目を見てくれた……その時、『あ、この人は大丈夫なんだ』って思っちゃったんだよねー」
「ふふっ。子供っぽい所もありますからね、リーフ様は」
「でも、そこが良かったから皆集まってるんだよね。セシリアの言うことももっともだと思うけどさ、わたし達はわたし達なりの絆があるのかなって」
その言葉はおそらく正鵠だった。リーフは良くも悪くも絆に飢え、絆を怖がっている。ずっと一人で冒険してきて、誰かに深く立ち入ることなんてなかった。そんなリーフだからこそ築けたのが『銀狼』だ。
そう、受付嬢のレリーに対してこう言っていたではないか。
――女として囲うつもりはない。もっと上の繋がり……絆みたいなものを紡いでいけると信じている。
信じたから、『銀狼』は生まれた。そういうことで、とりあえず二人は納得し笑みを交わした。
「そろそろ行きますよ。あの兵器を破壊すれば再び仕入れるまでの時間が稼げるはずです」
「うん、任せて。流石に魔導王国の技師までは来てないだろうし……思い切りやっちゃうよ!」
マリンは直径数メートルの水球を生み出し……さながら陸の海流のように兵器を包み込む。
「あの大砲は……水と雷に弱いんだよねー」
マリン自身も扱った事があるからこそ分かる弱点。その水流にマリンは渾身の魔力を込めて雷魔法を放った。
反乱軍が突如現れた水に動揺する中、バリィッ! と大きな音がして、兵器から焦げ臭い匂いが放たれた。
中には完全に形を崩してしまった兵器もあり、ほぼ壊滅といっても過言ではないだろう。
「そこにいるのは誰だ!?」
だが、これだけの大魔法。そりゃあ、見つからない方がおかしい。そして、マリンは魔法の反動でしばし動けない。ここからは、トゥイの仕事だった。
トゥイは十分に注目が集まった所で宣言する。
「私達はレジスタンスの『シルバーウルフ』。貴方達の戦を利用させてもらいますよ。この聖ノ国をいただくのは、この私です!」
「なっ……れ、レジスタンスだと!? ここを神の聖域と知ってのことか!?」
「当たり前です。そんな神の国がごたついてるんですから、見逃す手はないでしょう。国王軍、反乱軍共に私達は攻撃を開始しますので、よろしくお願いしますね」
場はただ、ざわざわと。そして、徐々にトゥイに対する殺意が高まっていく。
――おい、国王軍からの刺客じゃねえのか?
――じゃあお前、国王軍にあんな種族がいるのを見たことあんのかよ。後ろにいるのは精霊族の何かじゃないか?
――ちっ、ようやくこれからって時に……聖戦すら汚すってのか。許さねえ!
「新生レジスタンス『シルバーウルフ』。『シルバーウルフ』をよろしくお願いします――」
そして、欲しかったのはその動揺の隙。トゥイは煙幕の矢を反乱軍のいる場所に撃ち込むとマリンを抱えて走り出した。
「リーフ様、やりましたよ……!」
◇
その様子を、遠くから……偽聖女の居座る神殿からじっと見ている者がいた。そして、トゥイの大立ち回りを見てふっと笑う。
「一番弱そうだった奴が……やるじゃねえか。オレもそろそろ動き出すか、なあ――?」
金髪に小さな漆黒の角を生やした青年の声に、ヒーローのウルスは頷く。
「いい殺気出すじゃねえか、魔族の兄ちゃん……いや、半分魔族なんだっけか? まあ、何でもいいや……この戦いをメチャクチャにしたいのはこっちも同じだからな。しかし、知らねえ奴からの余計な横やりはムカつく……『神衛隊』の諸君、紛れ込んだネズミの首を取ってこい」
その言葉に頷いた『神衛隊』……ウルスを合わせて五人の内四人は部屋から出て行った。
「この屈辱、返す時が来たぜ。リーフ……!」
まだまだ戦争は始まっていない。しかし、水面下での暗躍は双方共に止まらない。
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