第67話
俺たちは龍神族の里までたどり着いた。ある程度上空からなら、あの結界には触れないらしい。
そこにはまだ血まみれで今にも消え入りそうな声で呻く龍神族達が横たわっていた。
「セシリア、『聖女の加護』でどうにかなるか?」
「……ダメ。またこの力……強大な何かが傷に残ってて、私じゃ……!」
となると、これはセシリアに偽聖女の濡れ衣を着せた連中の仕業ってわけか……ん、癒やせない傷? そんな話を、俺は知ってるじゃないか。
俺の持つ『災害』の力によって傷つけられた者の傷はそうそう癒えなかった。なら、その逆ならどうだ?
「セシリア、この丸薬を触媒に聖女の力を使ってみてくれ。これには力をブーストする魔力が込められている」
「でも、こんな力に対抗できるものなんか……」
「俺を信じろよ、お前が見つけた勇者様だろ?」
セシリアは打ちひしがれたような様子で……それでも微かな希望に手を伸ばすように丸薬を受け取った。そして、それを飲み込んで再び唱える。
「癒やしなさい――『聖女の祈り』」
セシリアは両手を組み合わせて目を閉じて力を解放する。すると、今度は爆発的な魔圧が吹き荒れて……龍神族の里全体を温かく優しい魔力が包み込んだ。
その様子を見ながら、橙色の龍神族の少女が呟く。
「すごい……流した血も戻って傷跡一つ残さず癒やしてる。これが聖女……『神の力』なんだ」
「こうしてみると壮観だな。俺には傷つけることしかできねえし、癒やしの力ってのはすげえもんだ」
そして、その魔力が霧散していくと……もう立ち上がっていない龍神族は居なかった。だが、誰も彼も自分がどうして助かったのかも理解できていない様子で、ただ自分の体や周囲に目線を送っていた。
「皆ぁ! 良かった、良かったよぅ……!」
「お、おお……ロアナ。お前が助けてくれたのか?」
「違うよ。助けてくれたのは……あの聖女だよ」
橙色の少女……ロアナの声は周囲に伝播していって、ついには里中の視線がセシリアに集まっていた。
ここまでは上手くいった……後は龍神族の里を救うというイレギュラーをどう扱ったものかだが……。
「そうか……お前が聖ノ国の……」
そして、龍神族の中から一人の青年が歩いてきて俺達の前に立つ。その魔圧といえば鬼神すらも越えるだろうものだった。
「すまん、助かった! 翼をもがれ心臓を貫かれ、もう死ぬしかないと思った……。龍神族を代表して例を言わせてもらう。ありがとう、聖女よ!」
そんな人物が……深く、深く頭を下げたのだった。そして、セシリアを聖女として認めたのだ。
その言葉にようやく助かった実感が湧いてきたらしく、それまで満身創痍にあった龍神族達は一斉に声を上げた。
――また空を飛べるぞ! こんな奇跡、あり得ねえ!
――子供達まで死なせることにならなくて……ああ、何という!
――助かった、俺達は助かったんだ!
――聖女万歳!
その歓声にセシリアは最初こそ驚いた様子を見せたが……徐々に表情を柔らかくしていった。
「私……また誰かを癒やすことが出来たわ」
「お前が聖女なんだ、当たり前だろ?」
「そうよね、分からないわよね、勇者様には……私がどれほど感動しているかなんて。貴方のおかげで、どれだけ私が救われたかなんて……」
セシリアはその後、涙に濡れた声で続ける。その一方で、龍神族達はドラゴンの姿に変化したり各々の体を確かめるように抱き合ったりしていた。全て、セシリアが生み出した景色だ。
「私にとって、他人を癒やして喜んでもらうことが唯一の存在意義だったの。たった一つの、心の柱……それが折られそうになっていた。でも、こうしてまた誰かを助けることができた。それはね……私の生きる希望になったのよ。だから、ありがとう……勇者様」
「そうかい。そりゃよかった……だけど、まだまだだぜ。本来の目的の戦争を終わらせる策はほとんど進んでないんだ。気を緩めるなよ」
「ええ、もちろん。でも、自信が付いたわ。これなら……国相手だって怖くないもの」
そして、ひとしきり盛り上がった龍神族達は俺達の周囲に集まってこう告げた。
「聖女よ、我らの恩人よ。何か礼をさせてはもらえんだろうか。命……それも一族全ての危機を救ってくれたお主には報いなければ龍神族の名折れよ」
「えっと……でも、龍神族達は人間には不干渉のはずじゃ……?」
「もちろん、基本はそうだ。だが、決して味方しないわけではない。人間の国なんてものに興味はないが、友人として協力することに関しては問題ない」
それじゃあ……とセシリアはごくりと唾を飲み込んで頭を下げる。
「今、聖ノ国が危ないの。ヒーローと偽聖女に戦争のどさくさで国盗りされそうになってる……私はここにいる勇者様達と一緒にそれを止めるつもりよ。その手伝いをしてくれないかしら?」
「ヒーロー……というと、まさか翼の生えた熊の男か?」
「え、ええ。ウルスを知っているの?」
ヒーローの名前を聞いた瞬間、空気が振動するほどの怒気が場に満ちた。
「知っているも何も、その男こそ我ら龍神族を壊滅させた男よ。未知の力を扱い、翼をもいでいった……お主の敵は我らが仇。協力しない理由がない。どうか、うまく使ってくれ」
それは心強いが……一つ、心配事があった。ウルスというヒーローは……龍神族の里なんてものを壊滅させるほどの力を持っているのか?
だとしたら、やはりこの戦……そう簡単には終わらない気がする。
◇
そして、一方……『物見の水晶』で全てを見ていた国王達はただ感嘆するのみだった。
国王は回復の瞬間を映した風景を指さし告げる。
「これは見間違えようもあるまい……間違いなく、真の聖女はセシリアだ」
「そうですな……あんな奇跡を見せられては何も言えません。しかも、龍神族まで味方に付けるとは……これは、この戦を決める大きな一手となりますぞ」
周囲も、確かに聖女の奇跡はセシリアによって起こされたと分かると態度を一変させた。しかし、その胸の内にあるのは誰もが同じ思いだった。
――セシリアを、王を、国を、神を、信じていて良かった……。
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