第66話

 セシリアとメリッサが受けた指令。それは国王軍の動きを止める事だった。


 もちろん、そう簡単にはいかない。セシリアはいわばこの戦争を起こした張本人だからだ。被害者として、だが。


 だからこれは、セシリアと国王の血の繋がりだけを頼りにした策だ。


「お父様、ここまで通してくださいありがとうございます」

「当然だ……お前は誰が何をいおうと私の娘なのだからな。親子の会話をするのに、何の障害もあるわけがない」


 静謐な謁見の間。そこでひどく若く見える……三十から四十ほどの見た目をした国王はそう告げる。あくまで国王と聖女ではなく、父と娘として。


「こうして帰ってきたということは……見つけたのか? お前の言っていたこの国の救世主、勇者は……」

「それは――」


 そこで動いたのはメリッサだった。殿中にて大剣を抜き、その刃をセシリアに突きつける。それだけで反応しメリッサを取り囲んだのは流石精鋭の国王軍だと言えるだろう。


 だが、相手は『剣神』のメリッサ。瞬く間に国王軍を大剣の腹で打ち付けて気絶させると、よく通る声でこう告げた。


「あたしは、勇者を探す旅に出ていたこの子を攫った一味よ。要求はただ一つ……反乱軍の所有する兵器を渡しなさい。魔導王国の技術が欲しいわけ」

「……皆、下がりなさい。この場でセシリアを殺すわけではなさそうだ。して、若き剣士よ。反乱軍の兵器が魔導王国のものというのは本当か?」

「そうよ。何も分からないあんた達に壊されちゃ困るの。だから、あたし達が兵器を確保するまで、開戦を禁止するわ。反乱軍からどんな攻撃を受けても反撃を許さないわ」


 そう口上を述べつつも、メリッサの額にはうっすらと汗が滲んでいた。元より演技の苦手な子なのだ。しかし、国王軍に兵器の情報を伝えるにはこれが一番だった。


 ――聖ノ国は騙されすぎてる。今更見ず知らずの味方だという奴なんかより、明確な敵として現れた奴がこぼした言葉の方が信頼に足ると思うんだよ。


 それがリーフの言葉だった。


「我らも戦を好んでしたいわけではない……要求は呑もう。だから、ひとまずその剣を収めてはくれんか? 反乱軍の兵器は確かにお前に渡そう。神の守護を掲げるこの国には不要なものだ……」


 だが、と国王は鷹のように鋭い目つきをして、とても中年の男が放っていると思えないほどの圧を放つ。


「もしセシリアに傷一つでも付けてみろ。私自らがお前達を斬る。反乱軍より先にな」


 ――そして、おそらくそれだけじゃ上手くいかねえ。相手は一国の王だ。政治的なやりとりじゃ勝てっこねえ。だから、セシリアだけは放すなよ。それが、メリッサの生命線だ。


(リーフ、あんたの言うとおりみたいね……親の弱みにつけ込んでるみたいだけど、今回のあたし達は悪役、だものね?)


「約束するわ。反乱軍への攻撃を開始しなければ、セシリアには何もしない」

「うむ。ここに至るまで何もしていないのなら、本当にセシリアに危害を加える事はなかろう。ならばむしろ、今この場では頼れるガーディアンができたと考えることにしよう」


 そして、国王はつかつかとメリッサに向かって歩いてきて……耳元で囁いた。


「次からは殺気も放つといい。それではむしろセシリアを守っているように見えてしまうからな」


(……敵わないわね。ま、これで国王軍に縛りは付けられたことだし、上等よね?)


「お待ちください、国王様。そんな簡単に停戦はできませんぞ。相手は今も攻撃をしかけようと虎視眈々と我らを狙っているのです。兵とて守るべき民の一人。目の前で仲間が殺されかけているのに反撃するなとは、あんまりではありませんか?」


 ――そしたら、絶対に反対意見が出てくる。当たり前だ、完全にこっちの都合だからな。戦争の事はよく分かんねえけど、セシリアには偽聖女かもしれないという不信感が溜まってる。それを解消する手段を今は持ってねえけど……味方として出て行くんじゃなくて、人質にするのはそういうわけだ。


 リーフはそう言っていたが……メリッサは予想以上に国王軍の気が立っている事に警戒していた。ここは宗教国家。聖女であるセシリアはその柱だった。それが崩れようとしている現状に不満を抱えているのは、何も反乱軍に限った話ではなかったのだ。


 国王軍にだって、国に義理立てして残ってこそいるが、セシリアを信じていない者もいたのだ。


「それは――」


 その瞬間、王城の窓を破って一匹の橙色の鱗をしたドラゴンが飛び込んできた。聖ノ国に住む者は皆それが龍神族であることはすぐに見抜いていた。


 分からなかったのは、どうして今ここに、という点と……背中に乗っていたリーフの存在だった。


「セシリア! 悪いが今すぐお前の力が必要になった。助けてくれ!」

「ゆ、勇者様!?」


 リーフに連れられていくセシリアはまさに誘拐犯。一気に場は混乱する。その中でただ一人、国王だけが冷静にその言葉を聞き取っていた。


「……そなたは『セシリア』の力が欲しいのだな?」

「ああ、あんた国王様か。ちょっと緊急でね……助けなくちゃいけない連中がいるんだ」

「分かった。ただし、この『物見の水晶』を持っていってほしい。こちらの池にそなたらが何をしているかが見えるのだ」


 たった一瞬、たった一言。それだけで国王はリーフの思惑の一部に気付いていた……いや、そうだったらいいなという希望を見つけた。


「そのくらい構わねえよ。メリッサ、お前も行くぞ。人手が必要なんだ」


 そして、飛び込んできた時と同じように窓から去って行くリーフ達を見送った国王は……小さく呟いた。


「勇者様、か……全く、古い憧れをいつまでも持っているのだな……」

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