第65話
龍神族の里がどこにあるかはすぐに分かった。近くに来れば、そこには暴風雨のような結界が張られていたからだ。
試しに木の枝を放り込んでみると、あっという間に細切れになってしまった。これは確かに、並大抵の体じゃ一歩進む度に肉体を削られてしまうだろう。試練というにはあまりに過酷だ。
「まあ、俺には関係ないけどな」
俺は躊躇うこともなく結界の中に足を踏み入れ、全身に刃が飛び交うような嵐に包まれた。だが、流石の龍神族の結界も『災害』なんていう力には敵わないらしい。
もちろん、普通に歩けるわけじゃない。重たい足を引きずってどうにか歩いているような様相だ。とてつもなく丈夫な『蔓龍の皮膚』だが、決して万能ではない。
絶対に壊れない鎧を身につけただけで千人の軍団の中を駆け抜けられるわけじゃないように。
それでも一歩一歩なら着実に進める。そして、どれだけ歩いただろうか。いつの間にかうっすらと嵐の向こう側が見えてきた。
その瞬間、意識の中に暗い影が落ちた。どこかで聞いたような声が俺に語りかけてくる。これが……最後の試練か?
――『無能のリーフ』に何ができるってんだ。
――所詮は『災害』の力で押さえつけているだけ……ヒーローと何が違う?
――今のお前は努力が報われたわけでもなく偶然手にした力にあぐらをかいている。
――さぞ楽しいだろうな。恵まれた力を振るってハーレムを築くのは。
俺は立ち止まり……パイプを咥えた。紫煙がたゆたうその中に……何とも言えない感情が描き出される。確かにその通りだ。俺は恵まれた。力に、異能に、脅威に、敵に、成長に。
そして……仲間に恵まれた。都合が良いなんて事は分かってる。だけど、それでも……。
「無駄だぜ。確かに俺は俺を信じられないかもしれねえ。けど、俺は俺の仲間を疑わない。俺を信じてくれるあいつらを裏切ったりしない。幻惑なんかに騙されてちゃ、笑われちまう」
魔香を吸い終える頃には、俺の視界はハッキリとして、もう体も動くようになっていた
さあ、ようやく龍神族とのご対面だ……と里に踏み入った瞬間。俺は真横から突進を受けた。だが、『蔓龍の皮膚』を展開していたために倒れることは無かった。
「貴様! また来たのか!? ボクらが一体何をしたっていうんだ……殺して何の得がる!? あの空中都市を造ってやった恩返しがこれか!?」
「待て、待て待て。俺は聖ノ国の人間じゃ――」
「うるさいっ……! お前からも呪われし力を感じる。皆の翼をもいだあの力だ……見間違えたりするもんか!」
そこにいたのは、橙色の髪をした体の細部に龍の鱗が見える少女だった。しかし、ただのリザードマンとは別格の魔圧を感じる。
そして、俺が倒れないことを察した彼女は懐から爆破魔法の詰まった術式が込められた札を取り出し、起動しようとする。
「こうなったらお前もろとも……!」
そして、ようやく俺にも龍神族の里の景色が見えてきた。そこには……血まみれになって倒れている鱗を持った龍神族達が何十といた。何だ、一体この里で何が起きたんだ?
その間に、少女の魔符が発動しようとしていた。
「ちっ――」
俺は魔符を奪い取ると、少女に背を向けて抱え込むように爆破を受けた。なるほどそれは大した威力で……俺の腹に火傷を作った。
「お前、何を……」
「そんな事どうでもいいだろ。皆を助けたかったら今すぐ俺を聖ノ国まで連れて行け! そこに聖女がいる。あいつの力なら助けられるはずだ」
「む、無理だよ……だって、あいつに付けられた傷はどうしても消えなかった。それに、襲ってきたのはその聖女の手先、ヒーローなんだよ……?」
「そんな下らねえ偽聖女じゃねえ。本当に聖女の力を引き継いだ奴がいる。このまま皆を死なせたくなかったら、俺の言うとおりにしろ!」
俺の叫びに、そして火傷の跡を見て……少女はポロリと堪えきれなかったように一滴をこぼした。
「ボクらは……助かるの?」
「一人も死なせやしねえ」
俺の言葉を完全に信じたわけじゃないだろう。だが、少しでも助かる見込みがあるなら……そんな感情を隠しもせず、少女はドラゴンの姿を取る。
橙色の鱗をした美しいシルエット、それでいて力強さを感じる大きな龍だった。だけど、蔓龍を見た後だと小さく見えるな……。
今はそんな事どうでもいいか。一刻を争うんだ。
「聖ノ国の西の浮島まで連れて行ってくれ。本当の聖女は国王と会ってるはずだ」
「全速力でいくから……振り落とされないでね!」
一息で結界の遥か上空まで飛び上がった少女は、まっすぐに聖ノ国へ向かって加速する。どんどん過ぎ去っていく景色さえも置き去りに、凄まじい暴風に耐えながら俺は少女の体にしがみつく。それほどのGだった。
そして、すぐに東の浮島……立派な王城が建つそこにたどり着いたのだった。
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