第63話


 そして、樹海に降りてきた俺達を迎えてくれたのはマリンだった。ゆらゆらと水色の羽衣を揺らしながら、手をフリフリと。


「あ、お帰りー。上はどうだった?」

「綺麗なもんだったよ。戦時中とは思えねえな。確かに、この国は四つの浮島で空気が違うらしい」

「んー、どんな感じに?」

「対岸の火事、って奴だな。中立でいれば安全だとでも思ってんだろ。北は不可侵、東西で争ってて南だけがいつまでも平和ってわけにゃいかねえだろうによ」


 戦力に差があるなら、まず目を付けられるのは中立の島だ。あの平和に飲み食いする連中を反乱軍が持っている兵器とやらで脅され徴収されれば、開戦も目前といった所か。


 そして、聖ノ国からやや離れた場所にキャンプを設置したとの事で、歩きながら話すことにする。


「……マリン、答えたくなかったら答えなくていいんだけどさ。魔導王国の兵器について、何か知ってるか?」


 マリンはかつて魔導王国の奴隷兵だった。だから、何か知ってるかと思ったが……。


「リーフ様、マリンに尋ねるのは――」

「いいよー、別に。もう昔の事って感じだしね。確かにひどい扱いだったけど……その果てにこうして『銀狼』に入れた事を思えば、気にならないねー」


 そうは言ってくれるが、マリンの水色の瞳には陰りが見える。当たり前だ。奴隷として過ごした日々なんて思い出したくもないだろう。


「……悪いな、マリン。でも、敵を知るには必要な事なんだ。どうやら、反乱軍が魔導王国の兵器を使って戦争をしようとしてるみたいでね。ピンポイントに魔法を撃ち出して攻撃してるみたいなんだが……」

「あー……きっと大砲だね。鉄の弾に爆破魔法を封じて、着弾の衝撃で起動させるんだよ」

「んん……でも、それなら素直に爆破魔法を使える奴を使った方が効率良くないか? 威力の微調整もできるし」

「なら、リーフ君には使えるのかな? っていう話だよ」


 マリンはそっと人差し指を立てて、魔導王国の兵器について話してくれた。


「魔導王国の理念は誰でも平等に攻撃力を持たせる事だからね。何の取り柄もない人間でも、その武器を使えば一定の戦果を出せるっていう。間違った話じゃないと思うよ……その兵器の開発に理不尽な他国への侵攻や、奴隷からの魔力や知識の搾取っていう方法さえどうにかなれば、だけどね」

「誰でも、平等にか……例えば子供に持たせても同じ戦力になるって事だよな。そうなったら世も末だと思うけどよ」

「魔導王国はその末に向かってると思うよ……戦場で小さな子も見かける事があったし、今度は戦争を起こすために武器商人みたいな事をしてるわけでしょ? お金と軍事力の事しか考えてないんだよ」

「……ま、国家運営に関してはよく分からねえけど、魔導王国にゃ行きたくねえな」


 ガシガシと後頭をかきながら、「話が逸れたな」と元に戻す。今知りたいのは兵器の性能の話だ。


「知ってる範囲でいいから、その大砲ってもんの破壊力を教えてくれないか?」

「小さな家なら崩落するかな……人間に当たったりしたら、粉々になっちゃうと思う。飛距離は……わたしが知ってる中で一番は二百キロは飛ぶんじゃなかったかな」

「……とんでもなくないか?」

「とんでもないよ。それがそれが戦争兵器ってものだもの。魔法の撃ち合いなんて話にならない……中級魔王レベルを全兵士が扱えるようになっちゃうんだもん」


 そこで話は途切れ、キャンプ地に到着した。上からは見えないだろう樹木が集中している下での開けた場所だった。


 中央に転がっている倒木にメリッサとセシリアが腰掛けている。


「お帰り、遅かったわね」

「ねえ、国はどうだった? もう戦は始まっちゃってる……?」


 それぞれの声に返事しながら、俺は持ち帰ってきたハーブを魔香にしてプチファイアを火種としてパイプに入れる。


 そして、聖ノ国から得た情報を一通り伝えた。俺にとっても良い情報整理になった。


「そんな……魔導王国の兵器だなんて……そんなものが持ち込まれたら、どちらが勝っても死者が大量に出るじゃない!」

「数が揃う前に王国軍が手を出すしかないんじゃないの? 鎮圧戦に持ち込めばまだ目はあるでしょう?」

「ううん。王国軍はあくまで反乱軍も守るべき民だと考えているはずよ。本格的に攻めてくるまではきっと動かない……」


 セシリアの脳内では今、ありとあらゆるシミュレーションが行われているのだろう。しかし、その全てが上手くいっていないのは強ばった表情を見れば分かる。


「……何はともあれ、もうあまり時間はない。何しろ、あいつらが日頃食ってるこのヤサイの草……毒素が混じってるぜ」

「えっ……そんなはずはないわ! 聖ノ国が誇る草なのよ!?」

「お前が出て行ってから品種改変が行われたんじゃねえか? まだ致死量にはほど遠いけど……こんなもん食ってちゃそのうち、南の浮島の連中もぶっ倒れるぜ。色んな毒草を魔香にしてきた俺だから分かる……これは、真綿で首を絞めるようにじっくりと死に招く毒草だ。そこをまたヒーロー様と偽聖女が救って王国による陰謀論でも披露するんじゃねえか?」


 そうなれば、話は一気に変わる。四つある浮島のうち三つが敵に回るのだ。全面戦争は当然、さらには守るべき民によって……聖ノ国は完全に崩れ去る。


 どうしてそんな事をするか……決まってる、聖女の奇跡を確かなものにして、国を一から自分達のために造るためだ。


「もうそこまで話が動いてるなんて……だったら、どうしたらいいのよっ……!」

「……何だよ、諦めんのか? 一国の危機だって帝都まで単身で来るほどの根性はどこに行っちまった?」

「だけど、もう戦争を防ぐ方法なんてないじゃない!」

「ああ、無理だな。ここまで仕込みが終わってんなら、開戦は免れない。そのくらい俺にだって分かる。聖ノ国が堕ちるのも、時間の問題だな」


 その一言で、キッと俺を睨み付けたセシリアは平手で俺の頬を叩いた。『蔓龍の皮膚』は発動させず……素直に叩かれてやる。


「二度とそんな事言わないでっ……! 私は誰も殺させないために精一杯やってるのよ!」

「……だけど、足りてねえじゃねえか。お前一人の力でどうにかできる規模じゃねえんだよ。国を救う? そんなもんが、ただ一人の命を懸けたくらいで出来るとでも思ってんのか?」

「だったら……どうしろっていうのよ! 私はただ、皆が平和に暮らせればって……!」


 血が滲むほど唇を噛みしめ、恥も外聞もなく涙を流しながら嘆くセシリアの頬に手を添えて、持ち上げて視線を合わす。


「そのために、俺達『銀狼』がいるんだろうが。何十万人が相手だろうと、俺達は決して諦めねえ。だけど、今回の旗を持ってんのはお前だ、セシリア。だから、俺達にもその大層重いだろう荷物を乗せろ。責任も民の命も理想論も全部、な。俺達はただ、友達のために動くだけさ」

「っ……」


 ボロボロと涙を流すセシリアをトゥイが抱きしめ、涙を受け止めていた。そして、今まで黙って話を聞いていたメリッサが口を開く。


「でも、実際問題どうするのよ? もうすぐ戦は始まっちゃうんでしょ? おそらくはその毒草が効果を発揮した時に……」

「ああ、そうだな。だから……いっその事、こっちから仕掛ける。戦争を、俺達が起こすんだ。反乱軍の敵として、王国軍の敵として、中立の浮島の敵として、な」

「えっ……?」


 メリッサは信じられないという顔を一瞬した後……ニヤリを笑った。


「ふっ、ふふ……それは、面白そうね。あそこで偉そうに浮かんでる国全体を、たった一パーティで相手するのね?」

「ああ。今回俺達は……悪役に徹しよう。戦争するんだって難しい顔してる連中を全力でおちょくってやろう。ヒーローの陰謀も止めて、それぞれの軍の衝突も邪魔して……国一つのヘイトを全部俺達に向けてやるのさ」

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