第11話

 そうして帝都にたどり着いた時には、もう陽は落ちかけていた。帝都もまた倒木に住む苔と植物に覆われている。しかし、それでも植物がこの世界を支配する前からあったという、古代の遺産『堅牢の城』が街の中央にそびえ立っているのが帝都の特徴だ。


 城には王族か一部の高名な冒険者しか入る事が許されない。それ故に、俺には縁の無いものだった。


「んー! やっぱり帝都は落ち着くわねー。手入れされた庭がある方が好きよ、あたし」

「すごい……樹海の地面は抉ることもできないと言われているのに、こんな建造物が……」


 二人の反応はまるで真逆だった。しかし、俺には両方の気持ちが分かる。この世界の住民は基本的に樹海に住む。大きな樹の幹をくりとって空間を作ったりして、家を作るのだ。俺も幼少期はそんな暮らしをしていた。


 だが、帝都では安定した土俵がある故に蔓を巻き付けながらも煉瓦造りの家がずらりと並んでいる。大きな街に求められるのは、巨大な城ではなくそれを支える地盤なのだ。


「さて……帝都に着いたらまずやることがあるよな」

「そうね。まずはウルドギルドとディアナギルドに顔を出して、今回の戦果を報告しなきゃ。リーフも、あの牙を見せれば一気に金級まで上がっても不思議じゃないわよ。換金すればいくらになることやら……」

「うん、それはメリッサに任せた。俺はさらっと帰還だけ伝えて酒場に行く」

「は、はあ!? 何言ってんのよ。あの悪魔はあんたが……」


 憤慨する様子を見せるメリッサだが、彼女と同行した時点でこの結果は決めていた事だ。銅級の最下層に居る俺が、いきなり初狩りの悪魔の牙なんか持っていっても「どこから盗んできたんだ」と言われるのが関の山だろう。少なくともディアナギルドではそうなる。


 もしそこまでいかなくとも、メリッサがほとんど倒したという扱いを受けるのは目に見えている。だから、俺が一緒にウルドギルドに行っても不愉快な事しか起きないのだ。


 そしてもう一つ……これからディアナギルドで起きるであろう騒動を思うと、できる限り他人に見られたくない、という点もあった。


 その説明を聞くと、メリッサはいかにもな不満顔をして唐突に懐から金貨袋を取り出して金貨を一枚手渡してきた。帝国金貨一枚というと、普通に暮らして半年は保つであろう値段になる。


「じゃあ、この牙はあたしが買い取るわ。しばらくは飲み食いには困らないでしょ。これで、名実ともにあんたの手柄を横取りできるわけね。あと、ウルドギルドで報告したらすぐに帰ってくるから、酒場の席は一つ空けておきなさいよね」

「あ、ああ……何だか悪いな。亜人にデミの酒場って言えば案内してくれると思うよ」


 メリッサはどこか荒々しい足取りでギルドの方へ歩き出す。その背に何か声をかけようとは思わなかった。あいつは、何をそんなに怒っていたんだ……?


「あの……リーフ様。お店の当たりが付いてるなら早く行きませんか? 何だか、周囲の視線が落ち着かなくて」

「ああ、トゥイは美形揃いのウッドエルフ……耳長族の中でも一番の美人だからな。一人で歩くと厄介なのに捕まるから、俺から離れるなよ?」

「んなっ――」


 トゥイは口元を結んで不意を突かれたような、何とも言いがたい表情をすると、灰色のフードを深く被って顔を隠した。そして、しばしソワソワした後にそっと俺の体にしなだれかかると、耳元でそっと囁いた。


「それじゃあ、リーフ様以外にはあまり顔を見せないようにしないとですね。独り占め、したいんでしょう?」

「なっ――!」


 ぞくりとするほどに艶やかな吐息。今度は、俺が不意を突かれた。その声はまるで初対面の頃のようで、しかしあの時よりずっと親しみのようなものが含まれていた。


 俺の顔がどうなっているのかは分からないが、トゥイはそれに満足したようにクスクスと笑うと、ピッと指を立てていった。


「女の子を照れさせるなら、反撃も覚悟しておくべきですよ?」

「……別に、そんなつもりで言ったんじゃない。事実を述べたまでだろ。少なくとも、俺は耳まで赤くなるような事はしてない。ったく、行くぞ」


 俺はそう言って、いつの間にか握られていた手を引っ張って酒場に向かった。


「……そういう所ですよ」


 大通りの喧噪の中で、そんな言葉が最後に聞こえたような気がした。


 ◇


 ――そして、話は冒頭に戻る。


 帝都に限らず、世の中にはいくつか冒険者ギルドがある。その内の一つ、ディアナギルドで俺は受付嬢といつものように言い合っていた。


「だから、本当に俺もスキルを手に入れたんだよ! これで、まともな仕事も出来るようになるはずだろ。冒険者は適材適所。確かに今までの俺は弱かったかもしれない。でも、このスキルでこなせる依頼はあるはずだ!」


 スキルの詳細を偽ることはできない。それは発覚すれば冒険者人生に傷を付ける上に、過大評価されて危険な目に遭うのは自分だし……他人に迷惑をかけでもしようものならギルドから追い出されても文句は言えないのだ。


 相対する受付嬢のレリーは爪の手入れをしながら茶髪のロールを揺らして、まともに取り合う気はなさげだった。これもいつも通り。真っ正面からの顔なんて、見たことがないんじゃないだろうか。


「別にリーフさんが何のスキルを持とうがどうでもいいんですけどー……『剣聖』とか『賢者』でなく、言わば『毒耐性』でしょう? 新ポーション開発の毒味役にすらなれないじゃないですかー。それってちょっと、微妙ですよね。わざわざ一人で遠征してスキルを手にしてまでそれって……本当に、分相応って感じですよねー」


 思わず口元に力がこもる。俺達の関係はいつもこうだった。俺は冒険者として一人前になったはずなのに、こうして『樹の魂』も見つけてきたというのに、活かそうとすらレリーは思わないのだ。


 この先だって、依頼をこなせなければ冒険者として成長できるわけもない。


 そして、ついにはレリーは溜息交じりにこう漏らした。


「あーあー、アタシの担当が『金獅子』様だったらなあ……。よりによって、『金獅子』様に嫌われてる奴が担当なんて……ツイてなーい」


 『金獅子』はたった五人のパーティでディアナギルドを支えるほどの実力者達で、そのリーダーを始めとする俺相手に行われる虐めの数々は思い出したくも無い。そして、そんな俺を見て「俺より下がいる」と安心したような仲間の数々。


 だが、諦めない。ちゃんと戦える事が分かってもらえたら、俺にだって……!


「それだけじゃない。そのスキルの応用で……いくらでもスキルを身につけられるようになったんだ。ちゃんと使いこなすまでには時間はかかるけど、必ずギルドの力になれるはずだぞ」

「だから、もうそーゆー話じゃないんですって。つか、そんなのあり得ないっしょ。気付いてないなら言っちゃいますけど、帝都最強の『金獅子』様が差別宣言出してる時点で、リーフさんに仕事なんかないです。ここでアタシが逆らって今後『金獅子』様の担当に就けなくなったらどうしてくれるんですかー?」


 それは私欲だろう。本来、ギルドの受付嬢と冒険者は協力し合い、成果を出すものだ。それを最初から放棄しているレリーではもう話にならない。


 スキルがいくらでも身に付くなんて、どう考えても有用だ。魔香の事とか、『災害』の肉体を得たことなど、色々話そうとしたが……その気も失せた。もう、いい。


 俺はディアナギルドに所属している事と、銅級の地位であることを示す身分証明書……そのバッジを、取り外してレリーに差し出した。一つの絶縁状だ。


「だったら、もうこのギルドに用はない。俺はもう好きにさせてもらう」


 その信念の籠もった声に、レリーは僅かに興味を示した程度で……面倒くさそうに言葉を返した。


「別に、何もさせてあげないわけじゃないですよ? ドブ攫いとか肉盾の仕事くらいなら今までみたいに紹介しますし、銅級の最底辺には相応しい扱いでしょ?」

「ここに居ても、俺に未来はない。それが今日ハッキリと分かった。だから出て行かせてもらう」

「フリーの冒険者とか、無職以下ですよ。実績と評判が無ければ個人指名の依頼なんか来ませんし。そもそも、『無能のリーフ』に仕事なんて……おっと、失礼失礼」


 そう、『金獅子』の発言力は強く、彼らがばらまいたリーフの悪評はもはや帝都の誰もが知るところなのだ。


 だけど構うものか。今を打開できないでいれば、俺はいつまで経っても世界樹なんて目指せない。冒険者として、生きていけない。


「そうかもな。だけど……こんな力を手に入れても使ってくれない……使おうともしないお前と組んでるよりは、百倍マシだな」

「そうですか。だったらさっさと出てってください。手続きはこっちでやっておきますんで……はい、おつかれでしたー」


 そして俺は奇異な目線を送ってくる周囲の冒険者達から逃れるように外に出た。きっと、もうこのギルドに来ることはもう無いだろう。


 その日、俺は正式にディアナギルドを辞める事になった。これで本当にすかんぴんの身だ。これから先どうなるかは分からないけど……これが、俺の辿ってきた道だ。


 そして、俺がこれから向かう出口には……トゥイが居てくれる。今までは一人になるのが怖くてギルドにしがみついていた。だが、今はもう違う。それなら、俺を信じてくれるあの子のために戦おうと、そう思ったのだ。



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