第10話
そこはもう帝都も近づいてきた頃の話だ。倒木に苔が覆い茂っていたウッドエルフの里近くとは違い、整備された道にようやくたどり着けた。
正直言って、快適な事この上ない旅だった。魔物の事ならメリッサが博識だし、樹海の事ならトゥイがよく知っている。俺はそんな二人をすっかり信用してそれぞれの分野を任せて楽な凱旋の道を歩いていたというわけだ。
そして今、大型植物魔物のプラントと、それを守るような配置の狼型魔獣である森ウルフの群れと対峙していた。
「ふっ……!」
「ハアッ!」
ここに来るまでに収穫した植物から、俺はまた一つ新たなスキルを手にしていた。こうしてみると、あの里周辺がおかしかったのであって『樹の魂』を生らすに至る樹がどれほど少ないのかがよく分かる。
それはともかく、得たのは『威圧感』だ。練度の低い内は存在感が僅かに増す程度のものだったが、今となっては魔物や魔獣の敵意を煽ることができるようにまでなっていた。
どれだけ素早い魔物でも、一直線に俺に向かってくるならいくらでも対処できる。十数匹は居たはずの森ウルフを全て一撃の殴打で沈める。すると、その隙に大剣を持ったメリッサがプラントに飛びかかり一刀両断した。
殴打が効く魔物は俺、斬撃が通る魔物はメリッサ。話し合ったわけでもないが、いつの間にかそんな暗黙の了解が出来上がっていた。
時間にして数十秒の戦闘だった。おそらく、俺一人では十分以上かかったことだろう。というのも……。
「やっぱり、メリッサってめちゃくちゃ強いんじゃないのか? あんなに大きなプラントが一振りなんて……あのぶよぶよの皮膚を切り裂いて核を的確に狙ったってことだろ?」
「あたしなんてまだまだよ。あの数の森ウルフを挑発して全部殴り殺すあんたのがよっぽど怖いわ。強いのはいいけど……もう少しスマートに戦えないの?」
「だって魔核って基本的に小さいし……殴ればとりあえず動かなくなるんだから、それでいいだろ」
蔓龍ほどの大きさの魔物なら話は別だが、魔物の魔力の根源と云われる魔核は大体手のひらサイズだ。戦いの最中でその位置を瞬時に見抜き斬るなんて、普通はできるはずがないのだ。
「力に物言わせる戦闘にはいつか限界が来るわよ。あたしがそうだったし……『剣神』なんてスキル持ってても、それ以上の脅威に出会えば終わりでしかないんだから」
「け、『剣神』!? お前、そんなすげースキル持ってたのか! 『剣聖』とか『達人』は聞いたことあるけど、なるほどなー……努力と才能、スキルの混ぜ合わせか。そりゃ強いはずだ」
少なくとも、昨日今日力を手に入れただけの俺よりはよっぽど動けることだろう。俺は元々冒険者の基本的な動きしか知らない。その範疇を超える敵に対しては、確かに力押し一辺倒だった。
一撃で済めばいいが、もし戦闘が長引けば、より上位の魔物や悪人は即座に対応してくるだろう。そこら辺は今後の課題だな。
「いつか、剣士のスキルが採れたらメリッサに指導を頼むよ……って、『剣神』にこんなお願い、失礼かな?」
「……あたしが? その……あんたの、役に立つの?」
「そりゃもちろん! 剣を使った勝負じゃ話にもならないだろうしね。それに、俺はスキルをいくつでも習得できるけど、鍛錬して完成させなきゃ意味が無いんだ。その訓練を『剣神』に見てもらえるなんて光栄の極みだよ」
メリッサはきょとんとした顔をして、僅かに頬を赤らめながらそっぽを向いた。
「その『剣神』ってのは止めて。恵まれたスキルにあぐらをかいてるだけみたいで、嫌なの。それに、確かにあたしは生まれてからずっと剣を振ってきた。でも『剣神』は発現してから間もないの。だから、いつかあんたにも教えられるくらいには使いこなせるようになっておくわ」
ううん、今のままでも十分過ぎるくらいに強い気がするけど……おまけに、完全にもらったスキルにあぐらをかいてる身としては耳が痛い話だ。
「さて、収穫収穫……」
「ああ、素材を剥ぎ取っておくのね? でも……森ウルフは爪以外はろくな値段にならないわよ? 樹海に還した方がいいんじゃないかしら」
「いや、欲しいのはプラントの方さ。こいつは魔香にできる」
「魔物まで魔香にするの……? リーフがそれでいいなら良いけど……」
いかに魔物の体が頑丈といえど、それは偏に魔核から魔力を流しているせいだ。死んでしまえば、いくらでも素材にして加工できるようになっている。
それはこのプラントも同じようで、俺の剣でも簡単に葉を剥ぎ取れた。それをパイプに入れてプチファイアを放り込むと、徐々に香りが広がり始めた。
里の周辺で採れる植物から作るよりはコクは濃いが、吸いやすい味だ。ただの葉から作る魔香がサラダなら、こっちはぎっしり詰まった肉といったところか。
――『支配』を習得しました。
お、当たりだ。なるほど、もしかすると植物型魔物の素材からはスキルが得られやすいのかもな。これが一時的なバフなのか未完成スキルなのかは使ってみないと分からないけど……。
「不思議、だけど良い匂い……パイプ型の魔香ってそんな匂いもするのね。キツい香水みたいなものだと思ってたわ」
「これは魔物から作ってるからな。他では嗅げない香りだぜ。でも、メリッサだって魔香のバフを受けての訓練くらいしただろ?」
「あたし、あれあんまり好きじゃなかったのよね。匂いを付けて動くのが何かね」
「そこがいいんだけどなあ……ま、せめてパイプの香りくらいは受け入れてくれよ。これが俺の唯一の趣味なんだ」
しかし、『支配』か……。そう安易には使えないネーミングだな。たった一度だけしか使えないなら使い所に迷うし、気軽に他人に使うには物騒過ぎる。
「……あの、お二人とも。何だか、私って居なくても大丈夫だったんじゃないんですか?」
と、そこへ不意に今まで黙っていたトゥイが口を挟んできた。しかも、訳の分からない突拍子もない質問を。
「何言ってんだよ。トゥイが居なきゃここまで来るのに何ヶ月かかったことか……俺は一人で帝都から一年かけてあそこまでたどり着いたんだぞ? それに比べて二ヶ月で帝都まで導いてくれるなんて、あり得ないくらいの貢献だよ」
「戦闘職じゃないんだから、その辺はあたし達に任せておきなさいよ。でも、戦闘能力だけじゃ樹海は渡れないわ。あたし達の命綱を握ってるのはトゥイなんだから、情けない事言ってないで、頼むわよ?」
俺達の返事はほぼ即答だった。だって、そんなの考えるまでもない。トゥイは導き手……地図師としてはまだ不慣れながらも才覚は一流だと、俺達はもう確信していた。
トゥイは咄嗟に何か言おうとした言葉を止めたのか、口を手で覆った。そして、しばしの時間を経て、安心したような笑みを浮かべる。
「それなら、どっしり構えて守られているとしましょう。大体、お二人は樹海を冒険するという事の重大さが分かっていないんですから。私が居ないとダメダメなんですよ……って、これでいいですか?」
「ああ、上等だよ。これからもよろしく頼むよ」
さて、帝都はもう目前。俺は二年に足りないほどの期間を空けていたが、きっと帝都には大きな変わりはないだろう。いくつかの街を巡ってきたけど、やっぱり故郷って奴は安心するものだな。
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