(十八)
ターン!
それは、一発の銃声だった。銃弾を、頭にかぶった鉄製の兜にまともに食らったスグリは、体勢を崩して落下。そのまま地面に転倒して気絶してしまった。
「スグリ!」
その一瞬の隙を突いて、カラマとの距離を詰める蘭風。これまでには考えられない速さと力強さで、剣をくり出してくる蘭風に、もはや防戦一方のカラマ。
(ぐっ……。ヤツの剣筋が、まったく見えない……。これが、鬼神の力を解放した、真の御守刀というものなのか……)
やがてカラマは、なすすべもなく叩き伏せられてしまう。転倒した彼女の首に、ついに風雅の刃が当てられた。
「……死ネ」
「クゥッ!」
そのとき、時雨馬が叫び声を上げる。
「やめるんだ、蘭風! 殺すな!」
時雨馬のその声に、ピタッと動きを止める蘭風。もはやカラマが完全に戦意を喪失していると知った時雨馬は最後、蘭風に彼女の命を奪うことをやめさせたのだった。
「フ……情けをかけたつもりか、宗主……」
疲労
「ひとつだけ教えてくれ。カラマ。……君たちは、僕の両親を殺したのか?」
「……」
「答えろ!」
「……お前の両親や、その御守刀たる鬼神衆の男を殺したのは、我ら夜来衆ではない」
「なんだって? それじゃ……」
「きっかけは、龍脈の乱れだ。お前も知っておろう」
「あの、火山の噴火のこと……?」
カラマの言葉に、時雨馬は答えた。
「巨大な力が、また目覚めようとしている。それこそ、この国を揺るがすほどの、
「……」
息を飲む時雨馬をにらみつけながら、カラマはゆっくりと立ち上がる。
「龍神宗家が妖力を持つとき、それはこの世に巣くう妖かしどもにとっても、力を得る絶好の機会なのだ」
カラマは、時雨馬を指さして言葉を続ける。
「いいか、我ら以外にも、龍神宗家の宗主の身を欲する者は、いくらでも存在する。そう、その血も、肉も、
「宿命……」
カラマの言葉を反芻する時雨馬。
「フフ……。後悔するなよ、宗主どの」
足を引きずりながら、カラマはスグリの倒れているところへ向かった。
「起きろ、スグリ」
「……んじゃぁ?」
カラマは、スグリの首根っこをつかむと、時雨馬の方を向いて言った。
「龍神の宗主どのよ……。さらばだ」
そう言い残すと、一瞬のうちにカラマは
そしてふたつの黒い影は、長い尾をひるがえらせると、夜の闇に溶け込むようにしてそのまま消えてしまったのだった。
時雨馬の命令で、しばらくの間ストップモーションのように動きを止めていた蘭風は、やがて力が抜けてしまったかのように、そのままそこに倒れ込んだ。時雨馬が彼女の体を抱きかかえると、すでに彼女の額から、二本の角はなくなっていた。
「蘭風……しっかり、蘭風!」
時雨馬の声に、やがてゆっくりと目を覚ました蘭風。
「う……ううん。時雨馬さま……」
「大丈夫?」
「はい。時雨馬さまも……」
「うん。おかげで助かったよ」
「時雨馬さま……。私の本当の姿、見られちゃいました?」
「うん」
時雨馬は、鬼神の力を解放し、驚異的な能力を見せた蘭風の様子を思い出していた。だが彼女は、どうやら別のことを気にしていたようだった。
「えへ……。やっぱり、気持ち悪いですよね。角や牙の生えてる鬼なんて……」
時雨馬は、首を振って答えた。
「蘭風、違うよ。君の本当の姿は、いつもの優しい君のほうだよ」
「時雨馬さま……」
「ありがとう、蘭風……」
ふたりは、静かに抱き合った。
「よう、お前たち、大丈夫か?」
「安尋さま!」
そのときふたりのもとへ現れたのは、安尋和尚だった。彼は、春希の体を後ろに背負っていた。
「安ちゃん! 春希は?」
「ああ、気を失っているだけだ。どうやら、やつらに催眠術をかけられたな。まあ、じきに目を覚ますだろう。そしたら……」
「今夜のことも、忘れてるかな?」
「だといいけどな。おっとそうだ、一応あいつの方にも、礼を言っとけよ」
「え? ……ご、後藤田さん!」
「よう、少年。また会ったな」
安尋和尚が振り返った後ろには、後藤田が静かに立っていた。後藤田は、狙撃用のライフルを手に抱えていた。最後にスグリに向かって一発の銃弾を放ったのは、彼だったのである。
「じつは君の命を守ることも、俺の仕事のひとつでな。まあ、またぞろ始末書モノだが」
「後藤田さん……」
時雨馬は、そんな後藤田の言葉に、内心ほっとしていた。
「俺に連絡をくれたのは、そこの住職さんだ。つぎはもう少し、早めに知らせてくれるとありがたいんだがな」
「まあ、また気が向いたらな」
「……ふっ」
かすかに笑みを浮かべてライフルを下ろすと、後藤田は振り向いてその場を立ち去ろうとした。
「ありがとうございました、後藤田さま!」
時雨馬の命を助けてくれた後藤田に対して、感謝の言葉を告げる蘭風。後藤田は何も答えることなく、ただ右手を挙げただけだった。そして車に乗り込むと、そのまま後藤田は走り去った。
それから安尋和尚は、スカイタワーまで運転してきた自分の車に、時雨馬と蘭風、そして眠ったままの春希を乗せて家まで送ってくれた。彼は時雨馬のアパートの前で、ふたりを降ろした。
「本当にお世話になりました、安尋さま。おやすみなさいませ」
「おう、またな」
そう言うと蘭風は、時雨馬より先にアパートの階段を上がっていった。
「さて、それじゃ俺は、眠れるお姫様を城に届けてくるからな。お前さんも、早く部屋に帰って休みな」
そう言って車を発進させようとする安尋和尚に、車窓の外から時雨馬が話しかけた。
「安ちゃん、今日は本当にありがとう」
「へっ、礼なんざいらねえよ。今日の危機を乗り越えたのは、あの
「安ちゃん?」
「なんだ、時雨馬」
時雨馬は、安尋和尚に問いかけた。
「……安ちゃんは、僕らのこと、どれくらい知ってるの?」
「龍神宗家とか、鬼神衆のことか」
「うん」
すると安尋和尚は、懐から煙草を取り出して火をつけた。
「まあ、ボチボチとな……。俺は昔、お前の親父さんには本当に世話になったんだ。親父さんはな、妖力なんざ持ち合わせちゃいなかったが、立派な人だった。どうしようもねえチンピラに過ぎなかったこの俺が、いま寺の住職なんてしていられるのも、もとはと言えばお前の親父さんのおかげなんだ」
「本当に? そんなこと、はじめて聞いた……」
「昔の話だ」
安尋和尚は、ゆっくりと煙を吐いた。
「俺はな、死ぬ前の親父さんに、お前の将来のことを頼まれたんだ。龍神宗家の血筋を引く、お前のことをくれぐれもよろしくってな。だがな、そもそも俺にはお前さんを守ってやれる力なんてねえのさ……」
「安ちゃん……」
安尋和尚は、煙草の灰を灰皿に落とした。
「その力を持っているのはな、御守刀のあの
安尋和尚は、階段の上から時雨馬のことを心配そうに見つめている蘭風に気がつくと、彼女に向かってウインクをした。蘭風は、あわてて丁寧にお辞儀を返した。
「じゃあな、時雨馬」
「うん。おやすみ、安ちゃん」
そして、安尋和尚の車は発進していった。
時雨馬は、今日の出来事をあらためて思い出しながら、ずっと見送っていた。
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