(十七)
「何をごちゃごちゃと話しているっ!」
ヒュンッ!
「ハッ!」
紅蓮のカラマは、蘭風の方をめがけて分銅を投げたが、蘭風はすばやい動きでそれをかわすと、そのままタワーのふもとまで走っていった。
「おのれっ!」
カラマの手から、次々とくり出される分銅の攻撃を、間一髪で避け続けながら、蘭風はやがてタワーの真下にたどり着いた。
蘭風はそこに立ち止まると、深呼吸しながら精神統一をはじめた。
「どうしたんだ、蘭風……?」
蘭風を見守っていた時雨馬は、彼女が何かをつぶやいているのに気がついた。
我が胎内に受け継ぎし
いまこそ すべてを解き放ち 我に力を与えよ
龍神宗家に仇なす者を斬り裂くべく 我に角と牙を与えよ
呪文を唱え続けていた蘭風は、やがてひと呼吸置くと、こう叫んだ。
「
カッ!
するとそのとき、空高くから稲妻が、蘭風に向かって落ちてきた。激しい光を放つ落雷の直撃を、まともに受ける蘭風。まるで、地上ゼロメートルで打ち上げ花火が破裂したような、強烈な閃光だった。
「蘭風!」
大声で、彼女の名を呼ぶ時雨馬。だがそのとき時雨馬は、蘭風がまったく無傷であると同時に、その姿に変化が起きているということに気づいた。
蘭風の額から、二本の鋭い角が生えていたのだ。
その角は、青白く鈍い光を放ちながら十センチほど伸びていた。それはまさに、蘭風が鬼神の血を引く少女であることの証だった。
やがて、ゆっくり目を開ける蘭風。その瞳は赤く染まり、これまでの明るく温和な女子高生の姿からは想像もできないほどの力強さと荘厳さを身にまとっていた。
「蘭風……。あれが、蘭風の本当の姿……ってこと?」
時雨馬は、鬼神衆という一族の真の姿をはじめて目撃した。だが不思議と恐怖心などは感じず、それどころか自分の身体の中にも、いままでに感じたことのないエネルギーがわき上がってくるような興奮を覚えていたのだった。時雨馬は蘭風の姿を見守りながら、強く拳を握りしめていた。
そのとき蘭風は、その場にしゃがみ込むと、そのまま垂直にジャンプした。
「あっ!」
蘭風は、二百メートルはあろうかというスカイタワーの最上部まで、なんとたったひと跳びでたどり着いてしまった。彼女は素手のまま、春希を縛りつけている縄を断ち切ると、春希の体と風雅を両腕に抱えこんだ。そしてあろうことか、蘭風はそのままの姿勢で、タワーのてっぺんから真っ逆さまに飛び降りたのである。
ズウウウンッ!
ものすごい轟音と、周囲への衝撃とともに、地面に激突する蘭風の体。その落下地点には、半径数メートルにわたって、半球状のくぼみができていた。しかし、その中心にいた蘭風と春希は、まったくなんの影響も受けてはいなかったのだ。
「あれが、『
カラマは、予想をはるかに超えた能力を目前にして、驚愕していた。
蘭風は、再び安全なところまでジャンプし、春希の体を横たえると、風雅をいつものように逆手に構えつつ、カラマに向かって対峙した。
「サア、
角と牙が生え、完全に鬼と化した蘭風は、その口調までも変化していた。
「鬼神衆め……。我が一族の秘術を見よっ!」
カラマは顔の前で印を結び、呪文を唱えはじめた。すると、カラマの周囲の地面に無数のひび割れが発生した。そしてそこから、次々と黒い人影が現れだしたのだ。
「夜来衆秘術、
地面から湧いて出てくる黒い人影は、かつてこの地で命を落とした者の、残留思念の
……ウ〜ウ〜、ウウ〜ウ〜、ウウ〜ウ〜。
地の底から響いてくるような、低いうなり声を上げながら、
……ウ〜ウ〜、ウウ〜ウ〜、ウウ〜ウ〜。
「喰らい尽くせっ!」
ウオオオオオッ!
「蘭風ぅーっ!」
その光景を目の当たりにした時雨馬は、ただ力の限りに声を上げて、蘭風の名を叫んだ。
「なにっ!」
ついに、息の根を止めたとカラマが思った瞬間のことだった。蘭風を包み込んでいた黒い影が、またたく間に周囲へ飛び散っていった。その中心には、風雅を体の前に捧げ持ちながら、蘭風が静かに立っていた。
カラマは、その様子に思わず唇をかんだ。
「バカな……。ひるむな、やれっ!」
カラマの声に、次から次へと蘭風に襲いかかる
「
蘭風の剣に、最後の影が斬り捨てられたとき、カラマは叫んだ。
「スグリ! 宗主だっ!」
「あいよっ!」
すると、それまで物陰に隠れていたスグリが姿を現し、時雨馬に向かって飛びかかった。
「いただきじゃあっ!」
「うわああっ!」
蘭風のいるその位置からは、時雨馬のところまでは届かない。スグリの鉄の爪が、いままさに時雨馬の首を狙おうとした、そのときだった。
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