(十五)

 後藤田との出会いののち、時雨馬と蘭風はアパートへと帰っていった。蘭風は部屋の中にいるときに呼び出されたため、靴はなく裸足のままだった。


「そのままで大丈夫? 蘭風」


「平気です、時雨馬さま。お家までもうすぐそこですから……」


「それにしても、この風雅のあるところなら、どこにでも出てこられるんだね。それも、鬼神衆の持っている妖力のおかげなの?」


「ええ、そうですよお。時雨馬さまがピンチになったときは、すぐに私の名前を呼んでくださいね。私、いつでもどこにでも、参上いたしますから」


 蘭風は、ちょっぴり自慢げにそう言った。


「うん。ありがとう、蘭風」


 すると蘭風は、ちょっとうつむきながら時雨馬に話しかけた。


「時雨馬さま、あのう、春希さまのことですけど——」


「春希?」


「あの方のこと、どう思っていらっしゃるんですか?」


 考えもしなかったことを急に聞かれ、時雨馬は少し驚いた。


「どうって……。うーんまあ、幼なじみってやつかな。幼稚園も小学校もずっといっしょだったし、兄妹みたいなもんだよ。あ、あいつのほうが僕よりちょっとだけ早く生まれたんだけど……」


「そうなんですか……」


「急に、なんで?」


「いえ、じつは私、先ほど春希さまにお会いして、ちょっとキツイことを申し上げてしまったかもしれなくて……」


 蘭風は、アパートの前での春希とのやりとりを思い出しながら言った。思えば、他人にあんな態度を取ったのは生まれてはじめてだった。そのことを、蘭風は気に病んでいるようだった。


「そっか。……まあ、そんなに気にすることなんかないよ。あいつ、べつに根に持つ性格じゃないし。ちょっと気が強くて生意気なとこあるけど、これからもずっとなかよくしてやってよ、ね?」


「はい、時雨馬さま」


 時雨馬の言葉に、蘭風はうなずいた。



 ふたりがアパートの前までやってくると、そこには春希が待っていた。蘭風は彼女を見て、一瞬気後れしたようだったが、春希は明るく笑いながらふたりに手を振ってきた。


「や、おふたりさん。待ってたよー!」


 春希の陽気な雰囲気を見て、蘭風と時雨馬はほっとしたように顔を見合わせると、どちらからともなく微笑み合った。


 三人は、時雨馬の部屋に入ると、ちゃぶ台を囲んで座った。すると春希は、時雨馬と蘭風のふたりに、こう話しかけてきた。


「蘭風さん、さっきはごめんね。あたし、ずいぶんひどいこと言っちゃって……」

「いえ、私の方こそ、ご無礼を申し上げてすみませんでした、春希さま」


 春希に向かって、深々とお辞儀をする蘭風。


「ね、仲直りしてくれる? 蘭風さん」

「ええ! もちろんです、春希さま!」

「ホントに? ありがとう、蘭風さん! やっぱり、おっぱいの大きい人は、ふところも大きいのねえ……」


 そう言いながら蘭風に抱きつくと、春希はそのまま彼女の胸に顔をうずめて、スリスリしはじめるのだった。


「ん〜ん、やわらかくって、すごく気持ちい〜い……」

「え、ちょっと春希さま、そんな、いや、……あんっ」


 そんなふたりのやりとりを、ちょっとドキドキしながら見つめる時雨馬であった。



「それでね、じつはいまから親睦もかねて、蘭風さんと時雨馬をウチの夕飯にご招待しようと思ってさ。それで、ふたりを迎えに来たの」


 春希の申し出を聞いて、驚く時雨馬。


「えっ、いまから?」


「うん。パパもママも、蘭風さんのこと話したら、ぜひ一度会ってみたいっていうから。ね、ね? おいでよ」


「どうする? 蘭風」


「はい……。でも春希さま、こんな夜分に本当にお邪魔じゃないんですか?」


「もちろん! じゃ、決まりね。行こう、蘭風さん、時雨馬」


 ふたりの背中を、後ろから押すようにして外出をうながす春希。



 身支度をして部屋を出ると、時雨馬はドアにカギをかけた。そのまま、春希の家へと向かう三人。しかしその途中で、春希は何かに気がついたように言った。


「あ、ごっめーん! あたし、あんたの部屋に携帯スマホ忘れてきちゃった。悪いんだけど、先にあたしんち行っててくれるかな?」


 そう言う春希に、時雨馬は不機嫌そうに答えた。


「えーっ? 何やってるんだよ、もう……」

「いいでしょ。ね、カギ貸して」

「ほら」


 時雨馬は、春希に部屋のカギを放ってよこした。


「サンキュ」

「早く戻って来なよ」

「すぐに行くから、待ってて」



 時雨馬の部屋に戻ると、カギを開けて中に入る春希。しばらくあたりを見回すと、彼女は壁に立てかけてあった竹刀袋を発見した。


 すばやく袋の口を開け、中身を確認する春希。その中には、時雨馬の剣、風雅ふうがが入っていた。


「ふっ……」


 風雅を鞘から抜き、刀身を確認して不気味に笑う春希。そのまま刀を収めると、風雅を抱えたまま、時雨馬の部屋をあとにした。



「遅いな、春希……」


 結局、ふたりはその場でしばらく春希を待つことにしていた。


「やっぱ、先行っとく?」


「いえ、もう少しお待ちしましょう」


 そう答えたあとで、蘭風は時雨馬に問いかけた。


「ところで時雨馬さま、風雅はお持ちにならなかったんですか?」


「え、うん。だって、春希の家に行くのに必要ないだろ? 蘭風も一緒だし」


「それはそうですけど……」


「どうしたの?」


「私、ちょっと胸騒ぎがするんです。……すみません、時雨馬さま」


 そう言うと、蘭風は時雨馬のアパートの方へと駆けだしていった。


「蘭風!」


 ものすごい脚の速さで、あっという間に見えなくなってしまう蘭風。やっとの思いで時雨馬が彼女に追いついたのは、結局自分の部屋の前だった。


「はあ……はあ……。いったいどうしたの……?」


 息を切らせている時雨馬に、部屋から出てきた蘭風が焦りの表情で答える。


「……時雨馬さま、風雅がありません! それから、春希さまのお姿も」


「なんだって?」


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