(十四)

 ふたりと別れたあと、道路脇に停めておいた車に戻った後藤田。キーを取り出し、ドアを開けようとしたとき、彼は自分を見つめる視線に気がついた。


「ガキ相手に、回りくどいイタズラをするじゃねえか、あんた」


 後藤田は、声のした方をゆっくりと振り向いた。


「そっちこそ、ずいぶんとガラの悪いお坊さんだな」


「へっ」


 その声の主は、安尋あんじん和尚だった。一応袈裟を身にまとってはいるものの、髪型やアクセサリーは例のヤクザスタイルのままだった。彼は、口に火のついた煙草をくわえたまま、後藤田を値踏みするように話しはじめた。


「まさか警察……のわけねえよなあ。スジモンのようにも見えねえし、さしずめ公安あたりの調査員エージェントってとこか」


「そんなナリしてるわりに、けっこうこの業界に詳しいじゃないか」


 安尋和尚は、後藤田のそばまで近寄ると、真面目な表情になって言った。


「なんの目的があるか知らないが、あいつらには手を出すんじゃねえ」


 そう言うと、安尋和尚は振り向いてその場を立ち去ろうとした。


「ふん、彼らの保護者を気取っているつもりか?」


「いや」


 後藤田の問いかけに、安尋和尚はひと言だけ答えた。


「あんたの身の安全の方が、心配なだけさ」



 春希は、時雨馬のアパートからの帰り道を、とぼとぼと歩いていた。


『あなたに、なにができるんですか?』

『時雨馬さまは私がお守りしますから』


 彼女の心の中を、先ほどの蘭風の言葉が何度もリフレインしていた。


 つかず、離れず。これまで、幼なじみの腐れ縁くらいにしか思っていなかった、時雨馬という存在。それがこの一週間のうちに、春希の中で想像もできなかったほど大きくなっていた。


 それを春希に思い知らせたのは、まさしくあの少女、鬼守 蘭風。自分と時雨馬が何年もかけて築き上げてきた関係を、女子高生の彼女にたった数日で上書きされてしまったような気持ちだった。


(時雨馬が、あのおっぱい女に盗られちゃう。どうしよう……)


 道の真ん中で、ふと立ち止まる春希。だが次の瞬間、自分の前に誰かが立っていることに気がついた。


「誰?」


「何か、お悩みのようね、お嬢さん」


 ゆっくりと春希に近づいてきたのは夜来衆、紅蓮ぐれんのカラマだった。カラマの黒い装束やその雰囲気に、ただならぬものを感じた春希は、恐怖のあまりその場にへたり込みそうになってしまう。


「ひっ!」


 カラマは、左眼につけた眼帯を外すと、大きな傷の残った左眼をゆっくりと開いていった。その不気味さに、思わず顔を背けたくなる春希だったが、なぜかカラマの顔から視線を外すことはできなかった。


「ああ……、ああ……」


 やがて、カラマの左眼が完全に開くと、その目の奥から妖しい光が放たれた。その光を見た春希は、そのまま気を失ってしまった。


「おっと」


 その場に倒れ込みそうになった春希の体を、いつのまにか彼女の背後に近づいていた、蒼雷そうらいのスグリが抱きかかえる。


「うまくいったな、姉者」


 スグリは、左眼に眼帯をつけ直しているカラマに向かって話しかけた。


「心に迷いの生じた人間など、しょせんこんなものだ」


 あたりを見回し、カラマは言った。


「行くぞ、スグリ。その娘には、存分に役に立ってもらおう」


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