(九)

「あいつら、いったい何者なの?」


 蘭風とともに、自分の部屋に帰ってきた時雨馬はそう言ってたずねた。薬箱を見つけてきた蘭風は、時雨馬の負った傷の手当てをしながら答えた。


夜来衆やごろしゅうといって、昔から私たちに敵対しているあやかしの一族なんです」


「あやかし? それってつまり……人間じゃないってこと?」

「そうですね」


 やけにあっさりと答える蘭風。


「いやいやいや」


 時雨馬は手のひらを顔の前で左右に振りつつ、ちょっと笑いながら言った。


「そんな、小説ラノベ漫画アニメじゃあるまいし。そんなものがこの令和の世の中に、本当に存在するって言うの?」


 そう言う時雨馬に、蘭風は答える。


「ええ。だって、私も似たようなものですから」


 その言葉を聞くと、時雨馬はびっくりしたように蘭風の顔を見ながら叫んだ。


「ほ、ほんとに?」


 あ然とする時雨馬に対し、逆に少々気の抜けた様子で蘭風が言葉を続けた。


「……時雨馬さま、本当に何もご存じなかったんですね」


 ひととおりの手当を終えた蘭風は、薬箱をしまうと、時雨馬の方に向かって座り直した。そんな蘭風の様子に、つられるようにして正座する時雨馬。


「時雨馬さま、私は千年の長きにわたって、代々龍神宗家にお仕えしてきた、鬼神衆おにがみしゅうの血を引く娘です」


「鬼神衆?」


 そう言えば、昨日の夜も安尋和尚あんちゃんがそれと同じ言葉を言っていたことを、時雨馬は思い出した。


「私たち鬼神衆は、その妖力ようりょくと武力を持って、龍神宗家を統べる方、つまり宗主さまをお守りしてきたんです」


「それが、『御守刀おまもりがたな』っていうことなの?」


「はい。ひとりの宗主さまには、必ずひとりの『御守刀』と呼ばれる鬼神衆の者がお仕えすることになっているんです」


「はあ……。なるほど……」


 時雨馬は、思わず深くうなずいた。読書が趣味の彼にとって、こういうファンタジー系の話は個人的に好みのジャンルだった。だが興味深く蘭風の話を聞いているうちに、時雨馬にはひとつの疑問が浮かんだ。


「ところでさ。さっきから、龍神宗家とか、宗主さまとか言ってるけど」

「はい」

「それってつまり……」

「もちろん、時雨馬さまのことですよ」


 蘭風は、手のひらを広げた指を時雨馬のほうに向けながら言った。


「龍神宗家って、いったい何?」


「龍神宗家とは、この国の龍脈を支配する力を持った、それはそれはとってもありがたーい神族しんぞくの方々のことです」


 蘭風は、手のひらを顔の前に合わせながら、拝むようにして言った。


「神族って……ようするに神さまってこと?」

「まあ、平べったく言えば、そうなりますね」

「僕が?」

「はい!」


 それを聞いて、思わず腕を組みながら天井を見上げる時雨馬。


「……あのさ、蘭風」


「はい、時雨馬さま」


「それはウソだよ! だって僕、ただの一般人だもん。そんな、神さまのわけないじゃん。何の力もないよ。僕にだって、父さんや母さんにだって……」


 そう言いながら、時雨馬は急に言葉を止めてうつむいた。だがやがて、小さな声でこうつぶやいた。


「……だから、父さんと母さんは殺されたの?」


 時雨馬は、蘭風の顔を見た。彼女は何も言わず、ゆっくりとうなずいた。


「そんな馬鹿な! 何でそんなことが君に……」


 気が動転して、思わず大声を上げる時雨馬に、蘭風は静かに言った。


「わかります。だって、私も時雨馬さまと同じように、父を亡くしたんですから……」


「……!」



 蘭風は、時雨馬に向かって話を続けた。


「私の父、鬼守おにがみ 蘭山らんざんは、時雨馬さまのお父さま、重馬じゅうまさまにお仕えする御守刀でした。重馬さまをお守りして、もう二十年以上になると聞きます」


「そんな……僕、何も知らなかった……」


「おそらく重馬さまは、時雨馬さまが成人されるまで、そのことは黙っていらっしゃるおつもりだったのでしょう」


「でも、父さんは普通の人だったよ。神さまとか妖力なんて……」


 蘭風は、かぶりを振りながら言った。


「すべての宗主さまが、妖力をお持ちだというわけではないんです。およそ百年に一度、龍脈りゅうみゃくに乱れが生じる時があって、それを鎮めるために、そのときの龍神宗家の宗主さまがその妖力を覚醒させると言われています」


「龍脈って?」


「この国の大地の根幹を支えるべく、縦横無尽に流れている気脈のことです。いま、日本の各地でそれが大きく乱れているのです」


「……もしかしてそれって、このこと?」


 何かを思いついた時雨馬は、そばにあった新聞を開き、蘭風に指し示した。それは、東京湾沖に突如出現した火山礁と、それに関連するように各地の活火山が活動をはじめているというニュースだった。


「はい。おそらく、その通りです」

「……」


 時雨馬は、しばらくうつむいていたが、やがて蘭風に口を開いた。


「ねえ、父さんと母さんは、何で死んだの?」


「わかりません。先ほど襲ってきた、あの夜来衆のふたりが関係しているかどうかも、私にはわからないんです……。でも、決しておふたりは、交通事故でお亡くなりになったわけではありません。私の父が同じ日に命を落としているということで、それは間違いないんです……」


「蘭風……」


「時雨馬さま……。私の父が、ご両親をお守りできなくて、本当に申し訳ございません。でも、私……、わたくし……」


 そのとき、蘭風の目に涙があふれ出した。言葉に詰まる蘭風。そんな彼女の体を、時雨馬は手を伸ばして抱きしめた。


「だけど、僕を守りに来てくれたんだよね……」


「時雨馬さま、いまはあなたが龍神宗家の血を引く宗主さまです。父の死んだいま、私があなたを……」


 蘭風は涙を拭いながら、時雨馬の顔を見た。時雨馬は、彼女を元気づけるように優しく微笑んだ。


「話してくれて、ありがとう、蘭風。僕に何ができるかわからないけど、まあがんばってみるよ」


「時雨馬さま……」


 その顔を見て、蘭風も笑顔に戻った。



 なんだか信じられないようなことばかりだけど、いま、ここには自分のことをまっすぐに見つめてくれる、蘭風がいる。

 時雨馬は、それだけは揺るぎないものだと確信していた。




「悪かったのう、姉者。わしが油断したせいで……」

「もういい、スグリ」


 カラマは、申し訳なさそうに話すスグリに向かって言った。彼女は、剣道場で仕留め損なった、時雨馬と蘭風のことを思い出していた。


「それにしても、あの蘭風とかいう女。あの動き、ただ者ではない……」


「鬼神衆か……やっかいじゃのう。でも姉者、あのガキは本当に龍神の宗主なのか?」


 スグリの問いに、うなずくカラマ。


「ああ。まだ妖力の覚醒はしてはおらんが、あの匂いはまさしく本物だ」


「ああ〜ん、まさか喰い損なうとはのう……」


 スグリは、天を仰いで手足をバタバタさせながら悔しがった。


「まあいい、今日はもう寝ろ」

「……姉者」

「なんだ?」

「腹減った」

「さっきメシ喰ったばかりだろうが!」

「ん〜、でもぉ〜」


 そのとき、何か小さな影が駆けていくのを、カラマは見逃さなかった。彼女は、手元の鎖鎌についている分銅をすばやく投げつけた。


「セイッ!」


 チュッ!


 カラマの分銅が、ネズミのしっぽの上を挟みつけていた。それを見たスグリは、すばやく飛びついて、両手でネズミを捕まえた。


「おお〜悪いな、姉者」


 カラマは何も言わず、寝床に横になって目を閉じた。スグリは舌なめずりをすると、ネズミをしっぽからぶら下げて持ったまま、その手を顔の上にあげた。


「あ〜ん」


 暴れるネズミの真下で、スグリは大きく口を開けると、そのまましっぽから指を離した。


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