第19話 クラースのチャラポジティブ

 ガシャーンと右手から剣が落ちた。

 怪我からか数ヶ月経ち、右肩の噛まれた痛みは引いたが…、神経がどうかしたのか上手く右腕を動かすことが困難になっていた。


 ヴァイダル団長は


「クラース…もう剣を握れないか…騎士団を辞めてとっとと結婚して伯爵になれ」

 とか言ってくる。


「いや、まだ婚約指輪とか買う金貯めたいんで頑張ります!」

 と俺が言うとフィリップ副団長が涙を浮かべて


「お金なら私が貸しますから!貴方に剣はもう無理ですよ!クラース!見ていられません!!」


「いや、貸し借りはしない主義です。うちの家系で借金だけは絶対に作らないことにしてるので」

 というと団員たちは俺の腕を眺めてシクシクと泣き始める。


「折角…練習試合では優勝したのにな…」

 空気は重くなった。皆意外と俺のこと心配してくれたんだなぁ…。

 まぁ結構休んでしまったからなんとか右腕のリハビリ頑張らないとな~と思ってるけど、つい…つい!


「クラース様!腕の調子はどうですか?」

 可愛い婚約者がキツい目をしながら騎士団の訓練場へランチを持ちやってくるのだ。


「はい!!絶不調です!!」

 と剣をつるりと落としてしまう。


「まぁ…大変ですわ…」

 とソーニャ嬢が俺の腕をさすり始めた。

 あああ!


 と悶えそうになるのをフィリップ副団長が疑い始めた。


「クラース・…君は…本当は治っているのかな??もしや彼女が毎日ここにに来てくれるからと練習をさぼってやしないか?」

 それに皆もジッと見出した。

 不味い!!ソーニャ嬢といたくてつい!!

 いや、右腕は確かに動き辛いんだ!


「クラース様?もしや治っているのですか?何か声のトーンに焦りが見えますわ?」

 ぐっ!!流石ソーニャ嬢!!声で判断されるとは!


「クラース…貴様…治ってるのか?それが本当なら俺の心配を返してもらおうか?」

 とヴァイダル団長がバキボキ拳を鳴らすと、数人も同じように俺を殴る姿勢だ。不味い!


「ちょ!本当に右腕まだ動かし辛いんですって!これが演技だと思いますぅ??」


「しかしお前…なんなんだ?そのチャラチャラした態度!真剣にリハビリする気あるのか!?ないならさっさと騎士団辞めてくれ!鬱陶しい!!」

 とヴァイダル団長が言う。酷い!


「別にチャラチャラなんてしてないっす!」


「そうだな、イチャイチャの間違いか!?ソーニャ嬢すまんが、訓練場にはしばらく来なくとも良いかと」

 と言われ俺は絶望する。


「団長!酷い!!ソーニャ嬢と俺を引き裂くなんてっ!!」


「ソーニャ嬢がいるとお前は顔が緩んで何も身に入らんだろうが!!」


「そ、そうですわね、私しばらく大人しく邸にいますわ」

 とソーニャ嬢まで演技だと思ってる!???

 本当に右腕は治ってないよ?そ、そんなに俺と一緒にいるのが嫌なの!??

 と落ち込んでしまう。


「じゃあ、今日を最後にしばらくはソーニャ嬢は来なくていいな?」


「後はお二人で少しお話ししてください!クラース!くれぐれもこんな所でヤルなよ?」

 と念を押され皆は訓練場から去って行く。お昼の休憩時間だからだ。


 皆が去ったのを確認し、ソーニャ嬢はランチを差し出したが、ジッと俺を見た。


「クラース様?本当に治っていないのですよね?」


「当たり前です!俺が嘘なんてソーニャ嬢に着くはずないでしょう??」


「…まぁ…ですけど、他に何か隠し事はありますわね?」

 と睨まれる。

 うぐっ!鋭いな!!


「正直に話していただけないなら私このまま帰りますわ!!」


「えっ!!?そんな!!嘘でしょ!?俺がソーニャ嬢からいつもランチをあーんってされるのどれだけ人生の楽しみにしてると思ってるんですかぁあ!!」

 と言うとソーニャ嬢は少し照れて反論する。


「私だってそうしたいですけど…私に隠し事をなさるもの!」

 うっ!!ううううっ!!

 俺は項垂れた。


 そしてため息を吐いた。


「ソーニャ嬢には隠せませんか。やはり…。でも右腕がまだ動かし辛いのは本当です…。そこは嘘をついていません」


「では何なのですか??」

 と真剣にソーニャ嬢が俺を見る。


「………………俺…俺は…両利きなんです!!!」

 とついに隠していた事を言ってしまう。

 ソーニャ嬢の顔がもはやキョトーンとしていた。


「は?」


「違うんです!!騙してたとかじゃなくてその!言い出すタイミングなくて、皆俺が右利きって信じてもう剣は握れないんじゃ?とかめちゃくちゃに心配そうにするから!!


 …あ、うちの家族も酷いですよ?それ知っててあえて言わなくて楽しんでましたしねむしろ!」


「…………」

 ソーニャ嬢が沈黙した。どうしよ。ガッカリさせたかも。顔見れない!!


 すると震え出してなんと笑い出した。


「うふふふふ!!りょ…両利き!?何ですの?それ!!クラース様…では本当に嘘はついてなくて私といたくて?」

 はぁ、くっそ可愛い。


「はい…だって右腕はまだ完治せずリハビリ必要だけど左でも別に剣は握れる。見ててください」

 と俺は今度は左手に剣を持ち変えて落ちてた葉っぱを上に上げスパンと見事に半分に斬ってみせた。

 それにソーニャ嬢が拍手して


「凄いですわ!!本当なのですねー!!」

 と言うから白状して良かったと思う。だってこんな笑顔が見れるとは!!


「うちの家族実は皆両利きなんですよ…。と言うか、小さい頃から訓練受けてて。騎士の家系だから皆最初は親から習わされるでしょ!?そしたら先祖代々から両利きの方が都合がいいらしくて」


「都合がいい?」


「そうです。祖父さんの代なんて戦地へ赴くことが多かったらしくもちろん負傷兵も多く出て、片足や片手を失った人もいました。そう言う人が真っ先に不便になるのは利腕。

 今まで訓練してこなかったから扱いにくくてしょうがないそうです。だからうちは怪我をしても生活出来るよう両利きで育っているんです」


「まぁ!!それでは私と結婚しても産まれる子供には両利きを教えるのですか??」


「こ、子供……」

 ドキーンと胸が鳴り、ソーニャ嬢も気付いて照れた。


「あっあの…今のはお忘れになって?」

 しかし忘れない!俺は彼女に左手で手を握り締めた。


「い、いつか…ソーニャ嬢に似たお子が欲しいな…」


「そ、そんなダメです!私に似たら目が悪くなってしまいます!!」


「それも可愛いかと」


「クラース様は変わってますわ!!」

 俺は左手で頰を撫で二人は近寄りキスをしようとした所、隠れていた団長や副団長に皆が現れた。

 俺は青ざめた。


「ほほーう??クラース…そうだったのか??両利きとはな?騙されたわ」


「な、何で皆いるんすか?野暮ですよ!?婚約者とのひと時を邪魔するなんて!!」


「うるせえよ?お前…この野郎…よくも俺たちに無駄な心配をかけてくれたな??このチャラ男がっ!皆剣を構えろおおお!!制裁だっ!!」


「おおおーっ!!」

 と皆俺に剣を向け始めた!!


「ぎゃっ!!ちょっ!マジ、俺騙してないっすから!!ただ両利きのこと黙ってただけで!!た、助けてください!ソーニャ嬢!!」


 するとソーニャ嬢はにこりと笑い


「クラース様?もう観念なさって??そしてごめんなさい私が話しを聞くからと皆様に隠れててもらったのです」

 と言われた。

 嘘おおおお!?


「クラース…女の後ろに隠れるとはそれでも騎士か貴様ー!?」

 と団長が言う!


「いやっ、もう俺騎士辞めようかな??ほらもう伯爵になってさぁ!!団長も言ってたし??」

 とダッシュで訓練場から逃げた。


「逃げたぞ!!追えーーー!!あのサボり魔を捕まえて左腕も使えなくしてやれーー!!」


「おおおおーーー!!」

 と怒りの形相で追いかけられ始めた!!


 それを見てソーニャ嬢はクスクスと笑っていた。


 *

 夕方、ボロボロになりクラース様は殴られたりして顔も腫れてしまっていた。少しやり過ぎなのでは?と思ったけど馬車まで送ってくれた。

 明日から当分は手紙を出すつもりだ。


「ソーニャ嬢…」

 腫れた顔をさすりながら私を引き止めようとするクラース様が愛しいですわ。

 ギーゼラに先に馬車に乗っていてと言い待っていてもらった。


「クラース様…訓練もリハビリも頑張ってくださいね?」

 と私はクラース様に抱きついてチュッと軽くキスをした。クラース様の蒼い瞳と目が合いお互い真っ赤になる。今度はクラース様が深く口付けて少し口が切れていたのか血の味がした。

 相当制裁を受けましたものね。


「ソーニャ嬢…俺、頑張って治しますね。肩の傷は残るでしょうけど…きちんとかは判らないけど動くようになったら右手で貴方の指に嵌めたい指輪を用意しておきますから…」

 と言われて赤くなる。

 コクリと私はうなづき、馬車に乗り手を振った。クラース様は左手でブンブン振った。


「約束ですよ?クラース様…」

 と私は遠ざかる姿を見て微笑んだ。

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