第16話 涙とケジメ

「クラース!お前がいながらなんでこんな騒ぎになった!?」

 と父に怒られる。自警団の詰所でもう2時間も延々と俺は叱られている。


「止めようとしたんだけど…どうにも入れなくて…」

 と言うと


「情けない!お前が遊んできたツケだな!顔だけは童顔で可愛いから母性本能をくすぐられるんだろう…厄介な顔しやがって!」

 と父がため息をつく。

 いや、あんたの息子だからな!?


「とにかくちゃんとソーニャ様に謝りなさい!クリングバル伯爵の耳に入ったら婚約解消になりかねんぞ!?」


「女性関係のことをきっちりしろ!クラース!女性たちの元に1人1人に謝罪と鉄拳で許してもらえ!」

 とエックハルト兄さんが言う。

 そこでソーニャ嬢が


「待ってくださいまし!クラース様は悪くありません!悪いのは私ですわ!つい、クラース様達が危険な目に遭いながらも必死で採ってきてくれた水晶やザックが頑張って作ってくれた眼鏡を踏まれたのを見てカッとなって抑えきれずにはしたない真似を致しました!伯爵令嬢としてお恥かしい限りですわ…。私も一緒に女性達に謝り殴られに行く覚悟です!」

 とソーニャ嬢が反省する。


「そんな…ソーニャ嬢は悪くないです。父の言う通り俺がちゃんとしていればこんな事にはならなかったし…」

 するとソーニャ嬢は涙を溜めて


「ごめんなさい!クラース様!私大切な眼鏡を!」

 とヒシッとソーニャ嬢は抱きついたがそれはエックハルト兄さんだ!ベリっと引き剥がし


「ソーニャ嬢俺はこっちです!!」

 と兄さんから奪った。


「あ…よく見えなくてつい…通りで何か違うな?と思いましたわ」

 と今度は俺にヒシッっとくっついた。

 父はそれを見てゴホンと咳払いして


「ソーニャ様…しばらく街へは来ない方が身の為です。女というのはしつこいですからな」

 ソーニャ嬢は俺を見ると


「はい…。本当にご迷惑をお掛けしました」

 としゅんとして礼をした。

 エックハルト兄さんは


「クラース!とにかくもう遅いから早く令嬢を送って差し上げろ!」


「わ、分かりました!」

 と彼女の手を取り馬車へと乗り込んだ。

 ソーニャ嬢は馬車の中でも俯いて顔を伏せている。

 服は令嬢に所々破られたり、髪は引っ張られたりボロボロだったのを母が何とか見繕って直してくれた。


「工房の着工を始めたばかりだから新しい眼鏡ができるのは当分先だと思いますわ…」

 そう言うとソーニャ嬢は顔を手で覆い泣き出した。


「ソーニャ嬢泣かないでください!俺が全部悪いのだから!制裁を受けるのも俺です!ちゃんとケジメをつけますから、信じて待っていてくださいますか?」

 とソーニャ嬢は涙に濡れた目でうなづいた。

 それからそっと俺の胸にしがみ付いた。

 ソッと背中に手を置いてさする。


「クラース様…私は過去は詮索しませんしクラース様が仰られたことは全部信じますわ」


「ありがとうございます。俺は本当に好きになったのはソーニャ嬢だけだしこれからもそうですからね。俺のせいで辛い目に合わせてごめんなさい……」

 隣に座るソーニャ嬢は真っ赤な目をして目を細めた。よく見えないのかな?

 段々と顔が近づく。


「ようやく…この距離で見えます。やはり眼鏡がないと不便ですわね…」

 と言う。ほとんど数センチくらいだ。

 俺は彼女の赤くなった目元を指で撫でる。

 その時馬車はガタンとまた揺れてソーニャ嬢と額がゴチンとぶつかる。


「すんませーん、道が悪くて……」

 と呑気な御者台の男の声が聞こえた。


「毎回そこ避けろよ!!」

 と返しておいた。

 それからソーニャ嬢の額を触り


「大丈夫ですか?痛かったですか?」


「いいえ、クラース様こそ…」

 とソーニャ嬢も俺の額を撫でる。

 ドキンと高鳴る胸で見つめ合っている。ああ、ヤバ…このままキスしてもいいだろうか?

 というかもう完全にキスの流れよな?

 しちゃっていいのかな?

 こんな馬車の中でいいのかな?

 もしリップ音とか御者に聞こえたらどうしよう?

 とかいろいろと考えているうちに伯爵邸に到着した。ダメだった。

 パッと俺から離れて赤くなるソーニャ嬢の手を取り馬車から降りて玄関まで連れて行き、侍女さんにお願いした。


 眼鏡がないのを見て侍女さんに事情を説明すると流石に睨まれた。


「旦那様には落としてしまったと説明いたしますわ…全く!」

 と怒られた。


「す、すみません…よろしくお願いします。ソーニャ嬢お休みなさい。えと、また落ち着いたらお会いしましょう!」

 と俺は頭を下げた。


「クラース様…お休みなさい…」

 とソーニャ嬢と別れ帰路についた。


 *


 それから団長たちにも怒られて俺は休日になると1人1人お姉様方の所に行き、謝罪と鉄拳をくらった。もちろん誘惑してくるお姉様もいたけどキッパリ断り鉄拳をくらう。

 お陰で顔はパンパンに腫れて行き、休み明けに団員達から


「お前…本当にクラースか?顔酷いことになってんぞ??流石に可哀想になってきたな…」

 と同情さえされた。


「いいんだ。制裁中だから」

 と俺はパンパンの顔で剣を振るったりした。

 団長は見ていられないから休んでろと冷たいタオルと共に休ませてくれたけど、噂で


「おお、やはり団長の方がクラースに惚れ込んでる」

 とか言う噂が立ち団長は常にキレていた。


 ようやく全てのお姉様に謝罪して殴られて心身共に疲れ切り熱が出て寝込んだりした。

 このまま顔が変形したらソーニャ嬢に嫌われないかとヒヤヒヤしたがなんとか腫れが引いて行き良かった。


 しかし女でも凄い力で殴るよな。渾身だったよな。たまに俺の息子まで思い切り蹴り上げるお姉様もいたから息子も死にそうだった。何にせよ痛い思いも散々したしケジメもつけた!

 これでソーニャ嬢とも会えるかな…。

 ソーニャ嬢は手紙と共に傷や腫れに効く薬を送ってくれた。女神!!


 それから何日か過ぎてやっと平和にソーニャ嬢の伯爵家で茶会に呼ばれたりして彼女と過ごしていたが、俺はあの白い狼討伐に騎士団が赴くことになったと伝えた。


「どうも、近隣の村で被害が出ているらしく、赤ん坊やら、家畜やらが狙われたりしているから王宮からも命令が来て行くことになりました」


「まぁ!また危険な任務に!?私心配です!!」

 とガタンと立ち上がるソーニャ嬢。


「いえ、騎士の務めです。団長達もいるし何とかなるでしょう」

 すると側にいた侍女さんがゴホンと咳払いして


「お嬢様…先日脚が壊れたソファーの代わりが届きました。こちらです」

 と新しいソファーが運び込まれた。


「壊れた?大丈夫ですか?その時怪我は?」


「だっ、大丈夫ですのよ?ちょっと使っていたソファーが古くなっていて脚が折れたのです。脚は直して孤児院に寄付しましたの」


「そうでしたか…。いや、素晴らしい色合いのソファーでソーニャ嬢のお部屋にも合っていますね!良かったですね!」

 と言うと侍女さんはキラリと俺を引っ張り


「どうぞ、未来の伯爵様もおすわりになって座り心地をお確かめに!!」

 と無理矢理ボスンと座らされひそりと耳打ちされた。


(このヘタレが!!茶菓子の用意をしてくるからお嬢様にキスくらいしなさい!!いつまでも焦らせるなんて男としてどうなの?)

 と言われヒエッとなる。


「お嬢様もどうぞお座りになって!2人で座っても脚が折れないかお確かめに!」


「えっ!!?ええ…そ、そうね?」

 とソーニャ嬢は赤くなり目が泳いだ。

 この侍女…ソーニャ嬢に何か吹き込んだな?

 まぁ俺が奥手だからかイライラされているのか?


 侍女が出て行き2人きりになる。

 訪れる沈黙にドキドキしてきた。


「な、何か言われました?」


「えっ!?な、何をですか?何も言われてませんわ?ソファーの座りごごちはどうですの?」


「えっ!?まぁ…とてもいいですよ!新しいソファーの匂いはいいですね!ここの枠の可愛らしい装飾がソーニャ嬢に合ってます」


「そ、そうでしょう?私もそのデザインは気に入っておりまして選びましたの!」

 と話は弾むがこれやはりどうにもならんな。俺の方はいつでもオッケーなわけだが、そういうムードの入り方が分からない!どういうタイミングで??

 世間の恋人はどうしとるんだ!?


「あの…本当に狼討伐お気をつけてください!万一クラース様が大怪我を追われたら私どうしていいか!」

 と心配されキューンとした。


「平気です、白い奴はリーダーだから頭もいいけど今度こそ仕留めてやります!」

 白い毛皮は王家に献上し王女様のコートにでもなるのかもしれないが…。


 ソーニャ嬢はもじもじして俺ににじり寄る。


「クラース様が無事なように…」

 と肩に手を置き、額にキスを受けた。

 ぎゃーん!!そそそ、そんなことされたら堪らないじゃないか!!


「ソーニャ嬢…」

 俺はソッと彼女の頰に手を当てた。

 いけっ!クラース!そこだ!!今しかない!!


「クラース様…」

 ソーニャ嬢も赤くなっている!今だ!今しかない!やれ!!

 と号令が自分に出ている。手に少しだけ力を入れた所で…


「お嬢さん!!新しい眼鏡のデザインだけでも先に見せたいだよ!」

 とザックが入って来たので瞬時に俺たちは離れることになった。


 ソーニャ嬢はザックを本気で睨み、ザックは


「ひょえ!!?」

 と竦み上がった。

 そして茶菓子を持って来た侍女さんに俺は睨まれ、(まだしてないのか?この薄鈍が!)という目で訴えられたのだった。

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