第15話 眼鏡の完成

 ソーニャ嬢と俺は水晶を持ち、ビシュケンスの店に行った。もう夜も深く店の灯りが消えたころ、鍵を閉める音がした。

 そこに…美しい貴婦人が声をかける。俺の母だ。


「もし?この近くでお酒の飲める所を知っておりますか?」

 見た目だけならどこかの貴族の未亡人かのように見える母。


 イジドーは母に釘付けになり完全にメロメロになっている。母のいつもの手口とも知れずに。父は影から憎々しげに見ていた。


「ザック…この鍵を大切に持って先に家に帰って戸締りをしっかりして寝ていろ!…私は明日の朝帰る!」

 と鼻の下を伸ばし母と酒場に行ったようだ。父も後をつけて行く。


 ザックは主人がいなくなったのを確認して裏手の工房へと俺たちを招き入れた。


「すんません、狭いですが、ああ、お嬢さんここへお座りになり、少し目を見せていただきまさ」

 と視力検査をしようとした。


 遠くの板に刻まれた文字を見せて行く。

 これはトーマスが客に眼鏡作りをする際に用意していたもので大切に保管してきたと言う。

 ソーニャ嬢は凝視で怖い顔になりつつもほとんど読めない。


「かなり悪いんだで!お嬢さん!こりゃ高価な水晶を採ってきてよかったべ!」

 と次は眼鏡のデザインをザックが見せ始めた。

 ザックは読み書きは出来ないが絵は上手く黒板にチョークで描いた。

 貴族達はつるの部分も宝石を使ったりするが、ソーニャ嬢は皮で良いと言った。


「俺に遠慮していませんか?」


「いいえ…そんなこと…」

 と言うから俺はポケットから宝石を出して、


「これ、使ってください!」

 と言う。お姉様方から貰ったものを換金していい色合いの宝石を買っておいたのだ。


「クラース様…まだ合うものができるとは限りませんのに!?」


「その時は試作品を売ってまたお金にして仕入れればいい!闇ルートなら高く売れる…くくっ」

 とつい、黒い笑みが溢れたが


「じゃあ、今日から制作に入るど。1週間は待ってくだせえ」

 その間毎日イジドーさんを酒場に連れて行く母に見守る父がいた。

 母はある程度酔わせてイジドーに愛の告白を囁かれていたが妖艶に微笑み隙を見て睡眠薬を入れて【また明日】と書いたメモを残して嫉妬する父と腕を組んで家に帰る。


 その繰り返しが一週間続いた頃、ようやく完成したようでソーニャ嬢と共にザックの休憩時間中に会い渡された。


「合うかわがんねけども…」

 自信無さげに渡したが中身はきちんとした眼鏡だった。デザインも洒落ていてザックはセンスも良いようだ。銀縁の輝く眼鏡は上品で頑丈そうだ。

 ザックが職人としても充分やっていけるだろうが、手の奴隷印がそれを許さない。


 ソーニャ嬢は不安そうに俺を見た。


「ソーニャ嬢…不安でしょうが俺は側にいるから思い切って!」


「判りました…えいっ!」

 と気合いを入れて怖い顔で眼鏡をかけた!

 ドキドキと結果を待つ。


 ソーニャ嬢は目の前の俺を見て赤くなった。


「く…クラース様…はっきりと見えます!貴方ってこんなに美しかったかしら?」


「本当に?気持ち悪くなったりしてないですか?眼鏡酔いの方は無いですか?」


「は、はい!!はい!!むしろ気分良いですわ!!」

 とソーニャ嬢は嬉しそうにザックに礼を言い、お金を払おうとしたが、ザックは首を振る。


「え?ザックどうして?」

 金を受け取らないなんて信じられないぞこいつ!


「そんなの受け取ったら奴隷の俺は盗みを働いたと思われるべ!無理だべ…」

 確かに…奴隷がこんなお金を持っていたら変に思われる。

 ソーニャ嬢は考えて…


「ならば…うちの領地に工房を作るから貴方はそこで働くといいわ。貴方をこのお金でイジドーさんから買い受けます!」

 とソーニャ嬢が言い、俺もポケットからお金を出して


「足りないなら俺も協力する。イジドーより立派な職人となり、王都一のこの店を越えていこう!奴隷印も消せるようにしよう」

 と言ったらザックは嬉しくて大男なのに洪水のように泣き始めた。


「うおんうおん!俺…貴族庶民隔たりない立派な職人になりてえだす!」

 と泣いた。


 それからイジドーに金を高値で払いザックを買い取ることにしたソーニャ嬢。イジドーはザックのことを舐めていたので金さえ積めば直ぐに引き渡してくれた。

 まだ工房ができないので下働きとして伯爵邸の使用人見習いとして置いて置くことにした。

 もちろん伯爵家でも身分の高い使用人は奴隷の彼に対して初めはあまりいい印象は持たなかった。だが、ソーニャ付きのギーゼラというメイドが事情を聞いて使用人達に説明した。


「ザックは今後、工房ができたらそこで眼鏡を作ります。ザックの腕はお嬢様の眼鏡を見れば一目瞭然でしょう!今までどんなに探しても見つからなかったお嬢様に合う眼鏡をたった1週間で完成させたのです!


 彼が今後あの嫌味なビシュケンスの店より有名な眼鏡職人になる可能性はあります。今から贔屓目にしておけば貴方達の中にも目が悪い者は多少いるでしょう?ふふ」

 と言い、彼等使用人達のザックを見る目は180度変わった。


「ザック、俺の母さん目が悪いんだ。工房ができたら依頼に行くよ!」


「ザック!貴方奴隷とは思えないくらい絵も上手いじゃない!眼鏡だけじゃなくてそっちもいけるんじゃない?」

 とザックは伯爵家での扱いに最初戸惑ったが未来を夢見て頑張っている。


 ソーニャ嬢も眼鏡を毎日磨き目付きもかけている間は穏やかで眼鏡美人として社交界では噂になり始め、俺はかなり焦った。

 以前は全く怖すぎて近寄れなかった令嬢が眼鏡一つで目を引くとは。ダンスの申し込みが殺到し、断るのに大変だと手紙にあった。


 たまの休日にソーニャ嬢と俺は会って話をする。ソーニャ嬢は眼鏡ができて転ばなくなったしもう俺に捕まらずとも歩ける。


「少し寂しいような気もしますけどね」

 と言うとソーニャ嬢は


「別に…眼鏡があっても…私は…クラース様と手を繋いでいたいですわ…」

 って可愛いこと言うもんだからもう堪らん!

 スッと手を握りお互い幸せを噛みしめる。

 街で2人で幸せオーラを振りまいているとそこへ何人かの女性たちが遮った。

 それはお姉様方だった!!


「お久しぶりね、クラース!」


「婚約者ができたから私達とは縁を切ると手紙を頂いたけど、もしかしてその令嬢?」


「眼鏡だなんて…随分と高級なものを持ってるのね!」


「私達があんなに可愛がってあげたクラースを独り占めするんですものね?」


「あら、政略結婚じゃなかったかしら?ね、貴方…そうなら結婚後もクラースを私達に貸してくれない?」

 とかめちゃくちゃ言いよる!!


「お姉様方、手紙でお伝えした通り、俺はもう婚約者との未来がありますので、もう皆のクラースは辞めたのです。判っていただけませんか?」

 と言うとお姉様の1人が


「あら、クラース…そんなに言うなら以前私があげた物を全部返してくれない?」


「私のあげたものもよ?」

 と次々と言われ青くなる。売ったわ!ほとんど!!しかも誰がどんなのくれたとか覚えてない!!あああ!!ピンチ!!


 しかしソーニャ嬢は


「クラース様を困らせないでください!彼は私の婚約者です!一度あげたものを返せなどとは虫のいい話ですわね!一度あげたものは彼の所有物ですからどうなさろうとクラース様の自由ですわ!」

 と反論すると怯むお姉様達は怒り顔になり、


「ふん!何よ!政略結婚のくせに!!」

 と言うがソーニャ嬢はハッキリ言った。


「始めはそうでしたが今は私クラース様を心からお慕いしております!!あなた方はお相手をしてくれる殿方がいなくなり寂しいのですか?ならばあなた方も早くたった1人を愛してくれるお方と巡り合えるよう私お祈りいたしますわ!」

 と反撃に出たではないか!!

 ソーニャ嬢はけして弱い令嬢ではない。眼鏡がない頃から舐められないようにしていたくらいだし。


 ていうかまた俺のこと心からお慕いしてるって!!聞いた?もう聞いた??俺こそソーニャ嬢にメロメロなんだけど!!


 お姉様たちは激昂しソーニャ嬢に掴みかかった!おいおい!!流石に止めなくては!!


「辞めてください!女の方が暴力など、はしたない!」


「うるさいのよ!!よくも私達からクラースを奪ってくれたわね!?」


「ソーニャ嬢!!」


「クラース様は黙ってらして!これは女の問題ですわ!!」

 とソーニャ嬢ももはやお姉様方の髪を引っ張り大変な事態になってしまった。1人あわあわするしかない俺。


 そこでお姉様の1人がソーニャ嬢の眼鏡を取り上げて足で踏んづけた!!

「あっ!!」


「あら、ごめんなさい!手が当たって滑ってしまいましたわ!わざとではありませんのよ!?」

 ソーニャ嬢は途端に恐ろしい顔になった。


「ひっ!!怖っ!!」

 と言いつつもお姉様達はソーニャ嬢を笑っていたのに我慢しきれずソーニャ嬢は何とかお姉様達を掴み腕などにガブリと噛み付いて反撃し出した!


「きゃーー!!痛い!なにするの!?」

 騒ぎになり人が集まり、とうとう自警団の父や兄達も集まり止めに入ったのだった。

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