第13話 眼鏡を探して

 ついに俺はソーニャ嬢との正式な婚約話を進めることになった!やった!

 初めは貴族にありがちなただの政略結婚に向けてだったけど…俺たちは互いに惹かれあってしまったのだ!


『わ…私も…クラース様のこと…お慕いしております…』

 あの時の照れながら言うソーニャ嬢のきゃわいさと言ったらなかった。永久保存したい。

 俺のことをお慕いしてるって!!


「えへへへへ」

 と笑いがこぼれ、周囲の団員達が気持ち悪がった。

 朝の食堂でにやけ、訓練中もにやけ、トイレでもにやけ、にやけまくるわーー!

 とにやけてたら流石にヴァイダル団長に呼ばれた。


「おいクラース…。にやけているところすまんが…まだ、家同士の顔合わせやらいろいろ結婚に向けての話し合いやらそもそも正式な婚約指輪すら送っていないのに告白したくらいでにやけるなバカが!!」

 と言われた。

 確かに…!

 結婚するならプロポーズだってちゃんとしないといけない。俺は婿入りしていずれは伯爵家の主となるのか…。えらい出世だわ。

 しかし我が家に持参金があるのか…。

 まぁ何とかかき集めるしかあるまいよ。うちの家族総動員でな!


 それに婚約指輪もちゃんとしたやつあげないと!俺の給料3ヶ月分…。金がかかるなぁ。でも愛するソーニャ嬢の為なら今まで貰いまくってたもの全部金に変えてでも!


 そもそもソーニャ嬢の指のサイズを把握しないと!手とか握ってさ!


 ぎゃっ!嬉し恥ずかしっ!


「えへへへへ」

 とまた俺はにやけるとヴァイダル団長は…


「おいクラース…まだ告白しただけだろ?聞いていたか?俺の話を?」

 ソーニャ嬢可愛い。

 そう言えば馬車で俺たち伯爵邸に着くまで抱き合っていたし!!

 もうほんと幸せだよな!


「ヴァイダル団長…愛って人を変えるんですね…。初めて俺、自分以外でお金を使いたい相手と巡り合いました!」


「そうか…」


「で、休日は彼女の眼鏡を一緒に探そうと思ってるんです!眼鏡なんて無くても可愛いのですけどね」


「……眼鏡もかなり高価で聖職者や上流貴族くらいしか手が出ん代物だがお前大丈夫なのか?」


「…………はぁ…。確かに。でも…俺思うんすよ。ソーニャ嬢は今までほとんどぼやけた世界しか見えてないんだなって。そりゃ至近距離まで近付けば見えるでしょうが…綺麗な景色とかたくさん見せてあげたいなって」


「クラース…変わったな…チャラ男のお前が…判ったよ。俺の方でも職人探し手伝ってやろう」


「ほんとすか?ありがとうございます!!団長!!!」

 と俺が団長に抱きつくと副団長が部屋に入ってきて俺たちを眺めて微笑ましく笑い、ソッと出て行った。

 団長が青い顔をして俺を蹴飛ばして副団長の後を追う。


「違うから!!誤解だからな!!あいつが勝手に!!」

 と泣き叫んだ。


 *


 合う眼鏡を探そうという名目で休日にソーニャ嬢とデートをすることになった。


 俺が伯爵邸まで迎えに行くとなんとソーニャ嬢の頭や腕に痛々しい包帯の後があり、俺はどうしたんだと侍女に詰め寄ると


「お嬢様が…クラース様とのお出かけが楽しみ過ぎて転びまくったのです。一応骨は折れてません」

 と言った。

 えーーーーー!!?

 ソーニャ嬢はもはや恥ずかしすぎるのか照れ隠しかどの道侍女さんを睨んでいた。


「大丈夫ですか?ならもう安静にした方がいいのではないでしょうか?」

 するとソーニャ嬢は悔しいのか


「いいえ!これしき大丈夫ですわ!!私…眼鏡を見つけたいのですわ!」

 と我儘なソーニャ嬢も可愛い。


「では俺にしっかり捕まっていてください」

 と手を差し伸べるとソーニャ嬢は照れつつも差し出して俺たちは馬車に乗り出かけた。


 目当ての眼鏡職人は王都でも随一のレンズ加工をしている。ここには昔ソーニャ嬢も訪れたらしいがやはり自分には合わない眼鏡しか無かった。さらに材料はガラス素材。ガラスの加工はまだ難しく眼鏡もやはり高価だ。

 ガラスの代わりに水晶を使う王族の依頼もあったようだ。


 しかし貴族以外には売らないプライドの高い職人らしく一般庶民には絶対に売らないのだ。

 それが眼鏡ビシュケンスの店だった。

 店主のイジドーは俺を見て明らかに鼻で笑い、ソーニャ嬢を見るとビクッとした。

 しかし眼鏡屋なのでそこは凝視だと気付いた。


「ほう、眼鏡をお探しか?ん、どっかで会ったかな?……まぁいい、私は上流貴族にしか注文は受け付けないことにしとるんだ。何せガラスや水晶は貴重だからね」


「…水晶か…もしそれを採ってこれたら彼女の眼鏡を作っていただけますか?」

 俺の申し出に店主は驚く。


「あんたなんだ?冒険者か何か?それならギルドに依頼するからいいさ」

 と店主はまた鼻で笑う。この野郎!見下しやがって!!


 すると奥からガシャンと音がして店主は


「あっ、あの野郎!また!全く!!奴隷のくせに!ちょっとお待ちください!」

 と店主は奥に引っ込み何か怒鳴り声が聞こえた。


「クラース様…こんな店に頼むはやはりやめましょう。私のことはいいのです。前来た時も対応は悪かったのです。うちは伯爵家と言えどもそんなに上流とも言えませんもの。下の中くらいで。足元見られて逆にふっかける気ですわ」


「そうですね。仕方ない。他に行きますか」

 店主が戻ってきたが俺たちは断り店を出ることにした。店主は特に興味なさそうに


「またのお越しをー」

 と言いつつ顔は二度と来るな!貧乏人!

 と言っているようだ。むき。


 店を出て次の候補の店を探そうか悩んでいたらシクシクと声が聞こえた。

 店の裏手ででかい図体の男がメソメソと泣いていた。手の甲に奴隷印が刻まれていて、この店の奴隷でさっき怒られていた奴かと思った。


 大男は俺たちに気付くとゴシゴシ涙を吹き


「あ…いらっさいませえ…」

 と言う。


「お前さっき店主に怒られていたのか?頰が腫れているぞ?」

 と俺は真っ赤に腫れ上がる大男に近寄る。


「へえ…貴重なガラスを…俺ドジだから落としちまって…怒られてぶたれたんれす」

 と言う。


「まぁ…怪我はないの?」

 とソーニャ嬢が凝視しながら聞いたから大男は


「ひいっ!」

 と竦みあがる。

 しかしそれが凝視だと大男は気付いた。

 流石眼鏡屋の奴隷だけはある。


「お客さんたつ…目さ悪いんだべ?それでここに…売ってもらえなかったんだべ?」

 とある程度主人の横暴さに気付いている奴隷が言う。


「まぁ…そんなとこ…上流貴族には作るらしいけど…ここの店主嫌いだな」

 と俺が言うと大男は


「今はもう引退して田舎に引っ込んどるけどこの前の店主だった職人のトーマスさんは結構腕が良いんれす…。トーマスさんがいる時は奴隷の俺も…まだ良くしてくれて…俺にいろいろ教えてくれたども…今の店主のイジドーさんは…俺が何か触る度に怒るもんで…まぁ俺もドジだけんども…」

 とザックと名乗った奴隷の大男はトーマスという腕のいい職人を思い出し涙した。

 しかも奴隷なので読み書きは出来ず、住所も知らないのでどこに住んでいるかは解らないらしい。


「クラース様…イジドーさんならトーマスさんの住所を知っていそうですわ」


「そうですね…でもあの人素直に教えてくれるでしょうか?」

 あの野郎が教えてくれるとも限らない。嫌味そうな奴だったしな。


「確かに教えてはくれませんわね…。でもザックさん…貴方…トーマスさんの眼鏡作りを見たり手伝ったりしたのでしょう?なら貴方にも作れるのでは?」

 そうソーニャ嬢が言うとザックは


「……確かに…作り方は覚えてるども…でも俺は奴隷だすし…」

 とガックリしている。


「ザックさん、自信を持ってください!私の眼鏡を作って欲しいの…」


「む、無理だべ!イジドーさんに勝手に工房に入ったら殴られるし!」


「なら夜中ならどうっすか?俺が外で見張っておきますよ。そうだ!何ならうちの母に協力してもらおう!」

 と言うとソーニャ嬢とザックはん?と言う不思議そうな顔をした。

 うちの母はまだ美しい顔をしていて男を誘い出し飲み物に睡眠薬を仕込むこともできるだろう。万が一には父や兄にも見張ってもらえばいいのだ。

 お色気作戦を俺は伝えてみると


「それは…いいけども…肝心の材料が…いる…工房にある分はイジドーさんが管理してるから勝手に使うわけにはいかねえ…」


「なら材料はうちの弟と俺が採ってくるよ。弟は冒険者で俺は騎士だし」

 と言うとソーニャ嬢は


「その材料は危険な場所にあるのですか??」


「レグニ鉱山の岩山の晶洞に生えているで。でもな…獣が沢山おるでな。大きな白い狼が群れで暮らしておるでな…」

 と言った。ソーニャ嬢は心配した。


「私の為にクラース様が危険な目に遭われるのでしたらもう私諦めますわ!そこまでしていただかなくとも!」

 と言うからここはもう男を見せるしかない!


「大丈夫です!ソーニャ嬢!君に合う素敵な眼鏡を作る為に俺は何でもするから!安心してください!大丈夫です!狼なんかに負けやしません!」


「でもっ…」


「心配しないでください!!ソーニャ嬢がこんな怪我をしないような眼鏡を作りましょう!」

 と俺とソーニャ嬢は互いに見つめ合った。

 俺のことを心配してくれるソーニャ嬢…可愛い。嬉しい!好きだ!

 そこでザックが


「お客さん…作るのは俺だども…合う眼鏡が作れっかは解らんべ?」

 と呆れて言う。


「やらないよりやってみた方がいいですよ。ダメならダメで他を探します」

 と言うととうとうザックは諦めた。


 その後、ラルスに話をしたら


「俺への依頼料払ってくれるよね?」

 とちゃっかり報酬はきっちりいただくことを約束した。うちの家族はほんとがめつく、母も父も兄も更に協力費を寄越せと言ってきたのだった。

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