第7話 騙されたソーニャ嬢
レーア王女様からの招待状は夕刻からの船上パーティーであった。侍女のギーゼラと一緒に私は招待状とドレスを持ち港へと向かった。
ところが…。
「ギーゼラ…船はどこかしら?」
ぼんやりとした視界を見渡すがそれらしき豪華な船は停泊していないようだ。ひょっとしてもう出発したのではないかしら?時間を間違えたの?
「おかしいですね…それらしき船は確かに見当たりませんわソーニャ様」
とギーゼラも不思議そうに見回しているみたい。
しかしそこで後ろからとある紳士達に声をかけられた。
黒服の上着を羽織り顔はよく見えない。
「その招待状…レーア王女様からのお客様ですね?こちらへどうぞ」
と二人の男達に私達は付いて行くとこじんまりとした船があった。
え?流石にこれは商船か何かじゃないの?明らかにパーティの雰囲気ではないし客もいない、音楽家もいない。そこで初めてギーゼラが警戒した!
「貴方達!何なのですか!?お嬢様をこんな所に!もしや海賊か何か!?」
とギーゼラは私を後方に押しやり前に出た。
しかし男達はせせら笑うと私とギーゼラを捕らえて後ろ手を縛り担ぎ上げ船内へと連れて行かれた!
「何をするの!!離して!!」
「お嬢様!!くっ!!この!!」
と暴れるが私達はドサリと狭い船室に投げ込まれた!
「ちょっと待ってな!」
と男達は部屋から出て鍵を閉めた。
「何てこと…」
と私が嘆くと
「お嬢様…申し訳ありません!私がもっと注意していれば!」
とギーゼラが責任を感じて言う。
「王女様がこんなことをしたの?何故?それともあの手紙は偽りだと言うの?」
だとしたらのこのこやってきた私は大馬鹿者なわけで。
「いいえ、お嬢様…あれは間違いなく王家からの手紙!家紋の偽装などではないでしょう…」
「そんな…何の為に?私何か王女様の気に触ることをしたのかしら?」
「まさか…」
とギーゼラが言いかけた所でガチャリと鍵を開けてでっぷりした体毛の濃い臭い息の男が下卑た笑いでやってきた。
私は目を凝らしていたので
「威勢の良いお嬢様だな?ギラつくような目がまたそそる!私は奴隷商人のヤーコブ・ヨードルだ。お嬢様を今からうちの商品として買い取らせていただいた!」
それを聞き耳を疑った。
「何を!私は伯爵家令嬢ですよ!?奴隷!?何を言っているのかわからないわ?こんなこと…お父様が許すものですか!」
するとヤーコブはクックと笑い、王女から貰ったという私への出たら目な罪状を取り出したのだ!
『ソーニャ・クリングバル伯爵令嬢は王女暗殺未遂の罪により内密に死刑とし、クリングバル伯爵家は取り潰しとする!』
私は目の前に突きつけられたありもしない内容に驚いた!
「なんですか!?これは?暗殺?死刑?調べもしないでよくこんな嘘を!王女様が何故こんなことを!?しかもお家取り潰しなんて…」
そこまで言ってハッとした。
王女様はクラース様の婚約者である私が邪魔だった。クラース様を手に入れる為に私を排除なさろうとしたのだ!
内密に。
だから憲兵すらよこさず、こんな卑怯な仕打ちに出たのだ!何てこと!
クラース様は同意しているの?
いやまさか!
それともやはり王女様に陥落して私のことはどうでも良いと?何せこの怖い顔ですものね!
私…なんて好きになる方がいるとは一瞬でもクラース様は今までの方と違うのではと僅かな期待を込めてしまい、浮かれてしまった自分が悪いのだ。
結果王女の訳の分からない怒りに触れたようだ。私は青ざめて膝をついた。
「お嬢様!!諦めてはなりません!!」
捕らえられたギーゼラが叫ぶ。ギーゼラも男たちに押さえられていた。
「くくく、王女様から大金を貰ったのでね?あんた死刑は免れる変わりに奴隷となるんだ。内密に生かされて良かったな?これからはただの商品だよ!…その綺麗なドレスを脱がせてやろう!ひひひ!」
とヤーコブは奴隷の印を作る為の焼きゴテと首輪を手に持っている。
私は思い切りこの男を殺さんばかりの思いで睨みつけた。
「ひっ!!」
と一瞬ヤーコブはビクリとしたが男に押さえられて抵抗できない私を見ると笑う。
「ふふん、そんな目をしてられるのも今の内だけさ!お嬢様…いや、ただの奴隷だな!名前はお前を買った主人がつけりゃいいんだ!」
とジュウジュウと熱を持つ焼きゴテが近付く。
クラース様!!
脳裏に彼が浮かぶ。ここにはいない。
今頃彼は王女に伴いヘヒト王国へと向かっているのだ!来るはずもないしこんなこと知らないだろう。もはや絶望しかなかった。
「これをつけた後は私が直々にお前の身体が健康かどうかチェックしてやる!ひひ、そっちの侍女さんもな!」
と下卑たイヤらしい笑いで私達を見る男達。これから奴隷となった私達に乱暴までする気でいるらしい。
私はヤーコブを睨み続けた。そして男に背中のボタンを外され肌が見えた所に焼きゴテが迫る。
も…もうダメだ…。
クラース様…さようなら…。
覚悟を決めかけた時…ドカンと音がして船が揺れた!
ヤーコブは
「何だ!?おい!見て来い!」
と1人の男に言い、男はギーゼラを柱に縛りつけ扉を出ようとしたら長い足に蹴られすっ転んだ。
扉から異様な仮面をつけた男達が入ってきて
「この船は我々が占領した!」
と聞き覚えのある声が聞こえた。
「なっ!?何だお前らは!?」
ヤーコブは驚いて反撃しようとしたが動きの悪いデブでしかないので仮面の人の剣撃であっさり気絶した。他の男達もあっさり仲間たちに制圧され捕まった。
仮面の男は
「我々は海賊だ。積荷を調べて頂戴しよう!」
と言い、仲間がそれに演技っぽい声で
「あいあいさー…」
と気のない声で言った。
そこへなんと隣国の王子マーティアス・シュテファン・ヴィリバルト・テオバルト・グルーバー様が憲兵団や騎士達を引き連れこれまたなんか演技っぽい声で
「ヤアー!悪い海賊め!成敗だ!」
と仮面の人の脇腹に剣を突き刺す動作をしたが、横から見ると脇に剣を挟んだだけの演劇かと思われるものでやられた仮面の人も
「うっ!やられたー!」
とか言いながら床にバタリと倒れブチュリとケッチャプをばらまいた。ケチャップ臭くなったからすぐ判った。
「お嬢様達大丈夫かな?」
と王子は私達の縄を解き、奴隷商人達や海賊達を連れて行く。仮面の人は倒れたままだ。ギーゼラも連れて行かれた。
扉を閉めると王子は
「はい、終了ー!」
とパンパンと手を叩いた合図でむくりと仮面の人も起き上がり被っていた仮面を捨てると薄桃の髪に蒼の瞳を持つ美少年が私に至近距離で近づいて
「怪我はないですか!?ソーニャ嬢!!」
と焦ったように手を取り見つめたので私はやっと会えたことの嬉しさやら先程までの恐怖やら海賊の演技がド下手な私の婚約者様であることやらでいろいろパニックで目の前のクラース様に抱きついた!!
「ふあっ!!?」
とか変な声がして彼は固まった。
それにゴホンと咳払いで王子が
「はいはい…良かった良かった一件落着ー」
と言ったのだった。
*
その後マティアス王子は部屋を出て行き俺とソーニャ嬢は2人きりになった。
ソーニャ嬢はまだ俺にしがみ付いていた。よほど怖かったのだろうな。そりゃ、押さえられてあのクソデブに焼きゴテと首輪持たれて迫られていたし!ソーニャ嬢の背中がはだけてたのを見た時は俺もキレかけて本気で殺してやろうと思ったが気絶で留めてやった。
「ソーニャ嬢…大丈夫ですか?怖い思いをしたでしょう?」
するとようやくソーニャ嬢は
「な、何故ここに?ヘヒトへ行ったのではないのですか?王女様は?」
と疑問をぶつけてくる。
「全ては王女様の企みでした。この機会にソーニャ嬢を売り払おうと画策していたみたいですね…。あの王女は気に入った男を自分のものにする為に手段を選ばない所があるから…怖い女だ…
俺がここへ来たのは執事のアスター・アウレール・クラネルトさんのおかげですかね。一応。ああ…あの執事さんはヘヒト王国のマティアス王子の弟君だったんですよ…。
変装して兄の婚約者のレーア王女の身辺調査をする為に潜り込み王女に見事に気に入られたのはいいけどその後王女に惚れてしまったバカですが…
王女様は俺みたいな美少年達に散々ちょっかい出して更には飽きたり、恋人のいる者とかにはその相手を今回みたいな手を使い内密に処理していたそうです」
「そ…そんな…」
俺は震える彼女の背中を撫で
「マーティアス王子は何というか…あの人はあの人でなんとかレーア王女との婚約を破棄したかったみたいでアスター様を…第二王子のアスター様改め、ライナルト様を王女の元へやったんです。今ではライナルト様もどうにかレーア王女と結婚したいらしくていろいろと兄弟で悪巧み…いや画策していて今回のソーニャ嬢の件をきっかけに王女を脅してでもライナルト様はレーア王女様と結婚に持ってくようです。
要するに俺たちはお二人の王子のダシですよ。はぁ…」
と俺はため息をつく。その為にアホな海賊とかに変装し、団長達騎士団達にも協力してもらったのだ。ヴァイダル団長も海賊に変装した時は演技とは言え妻には見せられんとか言ってたな。
「私…騙されてとても怖い目にあったのに…何ですかそのダシって!信じられない!で…では伯爵家取り潰しは?」
「それも大丈夫ですよ?伯爵家は安全に保護されておりますし今まで通りです。お父上は今回の騒ぎすら知らないよう手配しています」
「まぁ…良かった…」
「あの腹黒のライナルト様が今頃レーア王女様を脅しながら船の上で歪んだ愛を囁いてらっしゃるでしょうね…おお、怖い…このことは秘密にしときましょう?じゃないと俺たち殺されますよ?あの方に」
「はい…墓場まで持って行きましょう。王女様達のいざこざに巻き込まれるのは懲り懲りですわ…」
とようやくソーニャ嬢はほっとした。
「侍女さんも今頃別室で説明を受けています。………ソーニャ嬢…本当に無事で良かった!俺がこの話を聞いたのは今朝のことでして直ぐに知らせようと思いましたがライナルト様に止められました。マーティアス王子と現場を押さえる為の演技やらなんかで立て込んでて!
貴方に何かあったらそれこそ父上に申し訳が立ちません」
と俺は謝った。
するとソーニャ嬢は俺の頰に手を突き至近距離で見つめて微笑むから心臓が破裂するかと思った!!
「そそそソーニャ嬢!!?」
「いいのです…。クラース様。私貴方がヘヒトへ行っているから絶対に来るわけないとは思っていましたし…その…い、一瞬でも疑ってしまいましたの…貴方が王女様に陥落なさってしまったのかと」
と言われて俺はどんだけ信用ならないんだ!?いや、ならんか…チャラ男だったー!!みたいなのが浮かんで焦ったが
「はあぁ!?そんな訳ないでしょ!?あんな年下美少年好きのビッチ王女なんて!!お断りですよ!!俺が言うのも何ですけど品位がない!!最悪最低もいいとこ!ちょっと顔が子綺麗なだけの悪女ですよ!」
あれならお姉様方の方がまだマシだろうな。
するとソーニャ嬢は笑い
「まぁ…女好きの貴方がそんなに王女様を悪く言うとは不敬罪もいいところですわ!うふふ!」
「し、失礼な!俺は別に女好きと言う訳でなくモテるだけです!いい顔していればいろいろ貰えるので………俺の家は…下流騎士の家系だし、ほとんど庶民のようなものだから昔バカにされたこともあって…でも顔がいいからチヤホヤされるのに段々慣れてきたというか…」
「それでいろいろな方と火遊びを?」
「火遊び!?そんなものしてませんよ!女の人にいっぱい囲まれるのはありますけど、誰か1人とお付き合いしたこともないしお、俺…ど童貞なので…」
とわっと顔を隠すと
「えええっ!!?てっきり軽薄なチャラ男の遊び人かと…」
と意外そうな顔でソーニャ嬢は俺の心をへし折ってくる。どんだけぇー?まぁ俺がチャラいのは認める。
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