第8話 まだ何も始まっちゃいないけど

 こうして2人で結構な至近距離で話していると俺はさっきからドキドキして堪らない。

 いつからこんなにソーニャ嬢のことを考えてしまうのかとかもうどうでもいいくらいに好きだ!


 人は好きな女ができるとその子で頭がいっぱいになるんだ!目が悪いソーニャ嬢が近くで俺にだけ見せる笑ったり、不思議がったりする顔も怯えた顔も全部好きだ。


 至近距離なのを良いことにめちゃくちゃキスしたくなる。告白が先だろうが!!

 い、今のいい雰囲気を利用してなんとかならんのか!!頑張れ俺!!


 と俺が考えていた所で何故かスッとソーニャ嬢は俺から距離を取った。そんでしかめっ面…、いや、凝視か。をした。

 ええ!?


「ごめんなさい!さっきから馴れ馴れしく…お嫌だったでしょ?」

 ええ!?何で嫌だと思われてんの?むしろ歓迎なんですけど!?何で離れるの?むしろショックです!


 ええと、ここから距離を再び詰めるにはどうしたらいいんだ?


「い、いやその…怖い目に遭ったんだから当然です!誰かに頼りたくなるでしょう?お、俺はその…別にソーニャ嬢なら大丈夫ですから!」


「………でも他の女の子が同じような目に遭ってもクラース様は助けますよね。別に私が特別ではないのだから…おモテになるのですから」

 と彼女は少ししょんぼりした。

 いや、騎士だから目の前で誰か襲われていたら流石に見て見ぬフリはできないけど、ソーニャ嬢は特別だよ!?

 ああ、くそどうしてどうすれば伝わる?


「そっ!そんな!そんな事はないです!近くにいないとソーニャ嬢は俺の顔が見えないでしょ?それとも見たくありませんか?こんなチャラ男の顔なんか!」


「そんな事…クラース様はとても綺麗なお顔ですわ…童顔でとても23歳には見えませんけど…。私は目つきも悪いし美しくもなくて人を怖がらせてばかりであの…とにかくクラース様は悪くありませんわ…」

 ううむ、今度は赤くなっている。これは…俺のことを少しは意識してくれているのだろうか?いやそうだろう!?だって俺は美少年なんだから!!


 というかいい加減に可愛い!ソーニャ嬢めっちゃ可愛くない?俺にはソーニャ嬢は笑うと心を持ってかれるくらい綺麗だと思うしドキドキする。やばい、変な汗出てきて臭いとか思われたらどうしよ!距離とって良かった??


 いや、それだと最終的にキスできない!!

 いや、キスより告白とかのが先じゃね?その後抱きしめたりすんだろ?んで最後がキス!順序合ってるよな?ダメだ!男ってのはどうしてこうなんだ!!


 最終的には好きな女とイチャイチャしたい!!

 で脳が支配される。動物だな。

 いや、人間は動物だから仕方ないが、そこに憚るのが理性というものだ!!

 落ち着こう!一旦落ち着こう俺!

 あの腹黒のライナルト様みたいになっちゃだめだ!


「ソーニャ嬢も…そそその…可愛いと思います。笑顔とか…」

 よし!言った!!


「まぁ…いろいろ言い慣れてらっしゃるのね…気を使わせてごめんなさいね」

 ちげーーーー!!完全にお世辞とか社交辞令とか思ってない?ソーニャ嬢!!

 あああ…普段の俺のお姉様方へのチャラさが!!悔やまれる!可愛いって言ったの本心ですから!!


「そそ、そんな自分を卑下なさらなくとも!ちゃんとすればソーニャ嬢は可愛いんですって!笑顔も俺が独り占めしたいほどです!」

 どうだ!こんにゃろーー!

 俺は決めた!ハッキリ言って決めたね!

 この後好きだって言えば…。


「まぁー…お上手ですこと!ほほほほ」

 …交わされましたか。

 手強い!

 というか鈍いのかもしれん!!

 怖い顔だから自分が好かれるはずないとソーニャ嬢は根本的に思い込んで何年も生きてきたんだ!!


 そう、全ては合う眼鏡がないせいだ!!!

 眼鏡がありさえすれば…俺の告白も受け止めてくれるかもしれないし、キスもそそそれ以上も可能性はあるかもしれないが…今は眼鏡がないからっ!!?


 眼鏡こんにゃろう!!!!


 するとそこでノック音がして団長とマティアス王子が咳払いしながら


「あー…いい雰囲気の所申し訳ないがいいか?」

「すまんな、クラース邪魔するつもりは…」

 と2人とも入ってきといて俺達の距離と俺の少し青ざめた顔とソーニャ嬢の困ったようなしかめっ面を見てヒソヒソしだした。


(…ヴァイダル団長…あれはー…どうなんですかね?振られた?え?何で?いい雰囲気だと思って遠慮しがちに入ったのになんか空気悪くないですか?)


(ええと…まぁ何というかその…私も判りません…普通ならいい雰囲気なんですけどね?普通なら)

 とかボソボソ言ってる。

 俺も努力はしたんですけど。

 するとそこに侍女さんが飛び込んできた!


「お嬢様!!ソーニャお嬢様!!良かった!!」

 とソーニャ嬢に簡単に抱きついた!

 女の子同士はいいね。気軽に抱きつけて。


「ともかくこれでようやく私も愛しのハニーを正妻に迎えられるし、レーア王女とは婚約破棄できるし、弟のライナルトも幸せになるだろう!ハッピーエンドだ!」

 とマティアス王子は1人完結して拍手した。


 何も終わってない!

 俺たちはまだ何も始まっていない!!

 自分達だけハッピーエンドしてんじゃねぇよ!!


 チラリとソーニャ嬢の方を見るとパチンと目が合った。

 でも見えないのかやっぱりしかめっ面で睨みを利かされる。


(えっ!?あの子なんか睨んでない??何であんな嫌われてんの?護衛騎士くん!?もしや不埒な真似をしたの?)


(いやあの…王子…すみません…ソーニャ嬢は目が悪いそうなのであれは凝視かと…)


(えっ………(絶句))

 とかヒソヒソまたやってるし。

 何となく同情的な目でマティアス王子に見られた。


 *

 それからソーニャ嬢達は普通に家まで帰り、数ヶ月後執事を辞めたライナルト王子とレーア王女の婚約が決まったようだ。

 王子と言う身分を隠していたことやレーア王女のいろいろな秘密を握りしめ夫の座を獲得した腹黒ライナルト王子に軍牌が上がったのだ。


 王女も王女でもはやこの腹黒の王子からは逃げられないし弱みを握られてもはや抵抗など無意味のようだった。大人しく嫁に行きやがれ、このビッチ王女!!


 とあいつらの件は片付いたし、俺は王女…というかライナルト王子に言われたのか即刻王女の護衛騎士を解任された。早っ!!

 しかもライナルト王子は


「ふふふ、やっとレーア姫を惑わすその顔が消えてくれるね。大して役に立たなかったけど今までありがとう!君の婚約者とお幸せに!」

 と嫌味を言われてしまうが我慢だ。


 結局元の騎士団に戻ってきて同僚達からは王女につままれたのか?とか聞かれた。

 顔が美少年なだけの俺には辛い。


 ソーニャ嬢はあれから変わりないと俺に手紙を寄越してくれた。俺の字は汚いがなんて綺麗な字だ!しかもなんか手紙からいい匂いする気すらする!


 俺は…ついにペンを取り練習しても更に汚い字だが辿々しく返事を書いた。頑張った…と思う。


 *


 侍女のギーゼラがクラース様からのお返事の手紙が届いたと持ってきた。また団長の代筆かしら?と封を切るとこれまた本当に汚い字で私は目を手紙にくっつけながら読む羽目になる。


「代わりにお読みしましょうか?」

 とギーゼラが言ったけど


「いいのいいの!貴方もお疲れ様!もう下がっていいわよ!」

 と早々にギーゼラを部屋から追い出した。

 それからまた手紙を食い入るように見つめて読んだ。


『ソーニャ嬢。どこも何も怪我もなく本当にホッとしました。俺はあれからレーア王女様の護衛騎士を解任されたのでまた元のしがない騎士団員として毎日剣を振ってます。

 王女様の後任の護衛騎士は髭面のごついゴリラみたいな大男が就任したのでもう王女様も好き勝手にできないでしょう。怖い王子様が見張ってらっしゃるので』

 クスリと私は少し笑いを漏らした。


『いろいろと落ち着いてきたらまたお会いしたいです。俺の字は汚いから…会ってお話した方が早いのだと思います。ごめんなさい。汚い字で。読みづらいでしょう?練習を頑張っています。


 ソーニャ嬢もお元気で身体にいいものを食べてくださいね。今度よろしければソーニャ嬢の好きなものなどを教えてくだされば嬉しいです。遠征で何かお土産を持って来れますから。


 それではまたお会いできる日を楽しみに。


 追伸…


 見合いの時に小説を読むとおっしゃってたので押花のしおりを作りました。要らなかったら捨てといてくださいね。


 クラース・ルーテンバリより』


 と手紙と一緒にクラース様の瞳と同じくらい蒼い花びらの押花のしおりが挟まっていた。


「まぁ…どうしましょう!!小説を読むとか変な嘘つかなきゃ良かったわ!ろくに読みもしないのに!…でもあの嘘がないとしおりは私の手元に来なかったのよね?」

 そう考えると嬉しくなり私はしおりを大切に眺めた。


 ギーゼラに頼んで今流行りのロマンス小説でも取り寄せてもらおうかしら…。

 うふふ。

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