第4話 骨抜き

 私は最後の砦であったクラース様に振られたようだ。今まで、お見合いはすれど、デートまで漕ぎ着けた人はいなくて少々浮かれていたのだろう。

 でも相手は途中で女の人達に囲まれるわで私は置いてけぼりだった。


 見合いの時失礼にも私が転んだのを笑ったし。気遣いが足りない男だ。声の質からこの男がただのチャラ男ということは判っていたし、女から何か貢いでもらうのも当然と思っていることは容易に想像がついた。


 お互いにこのデートでは印象悪くして破談に持って行くことは前もって決めていたので上手く行きっこなかったのは認める。でも途中からクラース様の態度は明らかにおかしくなった。


 お昼の時辺りかしら?

 目が悪い妹がいるというウェイトレスさんの話を聞いて私の苦労を解る人がいたんだなって気が緩んでいた。


 私はクラース様のくれたブローチを見た。

 私が余計なことを言ったからか?これは自分の瞳の色だ。異性に贈り物をするのは自分の瞳か髪色のモノを相手に贈るとクラース様は知らなかったのかも?彼は下流騎士の家系でほとんど庶民の家出だ。出世したらどうかは知らないけど。

 だとしたら失言なのはこっちで、それで怒ったのだろうか?


 その後くらいからあまり喋ってくれなくなった。手を繋いで誘導はしてくれたけどあんな無言は初めてで不安に駆られた。相手の様子を耳で頼りすぎていたからかも。

 目が悪く無ければ…。


 ぼやけた目で表情を見ようと頑張るけど距離は離れているように思える。


 そして別れ際に低い声で喋られた時は、ああ、やはり私が悪かったんだと思った。心臓が痛いくらい怖くて…押し込めていたものが溢れ出て、


(仕方ないじゃない!目が見えないのだから!)

 と私は叫びそうになったが、いつも目のせいにしている気がして辞めた。心は虚しく冷えてしまい、私は途方に暮れ、家に1人戻った。


「ソーニャ!どうだったかな?デートは?楽しかったかね?」

 父はにこにこしていた。

 この顔をがっかりさせるのは忍びない。

 もう少し頃合いを見て破談の報告をしなければ。


「ええ、…それなりに楽しかったですよ」

 と嘘をつき、疲れたのでと部屋に帰った。侍女は心配そうに尋ねたが何も言えなかった。


 *


「おい、クラース!おいって!」

 訓練中肩を揺さぶられて気付く。


「ん?何?」


「何じゃねぇよ?どうした?なんかボーッとしてるし元気ないな」


「はぁ…すんません…」


「今日は第一王女のレーア様が練習試合を見学に来られるんだぜ?シャキッとしろよ!」

 と同僚に言われる。

 王女が観にくると聞き、同僚達は浮き足だっている。王女は18でとても美しいと評判だ。

 王女付きの護衛騎士を目指す者も多いるらく、今日の練習試合は気合に満ちていた。


 また、既に婚約者や恋人がいる騎士もいて、観覧席にいつも来ている令嬢達もいた。

 俺には関係ないか。


 もう破談になるだろうし、女を喜ばせることはあっても泣かせたことは無かったので俺は少なからずショックなのかもしれない。

 彼女のことは早く忘れなければ。


 そう思いながら剣を振り続けて気付いたら俺は勝ち残っていた。


 *


「まぁ…あの少年騎士中々やりますわね!」

 観戦していた王女レーアは輝く金の瞳にシルバーブロンドの髪色をサラリと垂らし勝ち残った騎士を見た。

 可愛いお顔。

 するとお付きのアスターという少年執事が耳打ちした。


「失礼ながら…レーア様…あの騎士様は23歳とのことです。先日お見合いをしたそうですので」

 と。


「あら…そうなの…。年上か…ちっ」

 と舌打ちする。そう、この王女様は少年が大好きだった。


「王女様…舌打ちはいけませんよ?」

 とアスターは言うが


「あら、でも…私の護衛騎士としてなら雇ってもいいのではないかしら?腕も立つしね」


「………また火遊びですか?レーア様…」


「あら?アスター妬いているの?貴方も可愛がっているじゃない?」

 アスターはぷくりとして横を向くから顎を撫でてやる。


「あ…」

 ふいにアスターは何かに気付いた。


「どうしたの?アスター…」

 アスター越しにその向こうの観覧席にポツンと一人の令嬢が座っている。


 帽子を被っていたが物凄い眼光の鋭さにビクっとした!!


「何かしら?あの令嬢は!あ、暗殺者か何か!!?」


 思わずアスターにしがみついた王女だった。


 *


 最終戦はよりによってヴァイダル団長。

 うーわ、完全にやる気無くす。適当に負けよう。そう思っていたら団長は合図と共にバカみたいに突っ込んできた!!


 ぎゃあ!!


 ガキィィンと火花が散る程の重い剣を受け止める。怪我したらどうすんだ!!


「おい、クラース!いいのか!みっともない所をソーニャ嬢に見せて!!」


「はっ!!?」

 何言ってんだ団長!!?


 しかしそこで感じたことのある視線に気付いた!あの人殺しそうな程の眼光は!!

 観覧席に赤毛で碧の目つきの悪い女。そんな…!?帽子を被っていたけど直ぐに判った。


「なっ!何で彼女がここにっ!!」

 するとヴァイダル団長はニヤリと笑い、


「俺が呼んだんだよ!!お前の勇姿を見せてやろうとね!!」

 と剣撃で後方に弾き飛ばされ俺は壁に激突する前に身体を回転させ、壁に足を付けて体勢を立て直しギュンと弾力を付け団長に向かい剣撃を放つ。


 戦場で敵を一気に薙ぎ払う方法である。

 団長の前方周りの床がビシビシと音を立てヒビが入るが団長はそれを避けて俺の空中斬撃を斬り俺の攻撃は左右に分断されて横の床を削った!


 いつの間にか団長は俺の真横に移動してきたから剣でガードした。

 相変わらず早い!!

 そしてソーニャ嬢は俺を見ていた!!


「くっ!!」


「クラース!勝ってみるか!?」


「じょ、冗談ですか?団長なんかと本気で手合わせとかっ!!明日動けない!!」

 だが俺は団長の隙を探していた。


 な、何で!?何で勝とうとしているんだ俺!?


「勝っていいところを見せてやれよ?」

 団長も煽るし!!

 忘れようと思っていたソーニャ嬢は来るし!


「なぁ…何なんだよおおおお!!!」

 俺は団長に一歩踏み出して剣撃を繰り出し、僅かに反応が遅れた団長の手元から剣が落ちた。

 ピタリと団長の首に剣が突きつけられ俺はゼェハァと乱れる息で団長に勝った。


 仲間達から歓声が上がり、ヴァイダル団長も


「クラースやるじゃないか!」

 と笑う。


「俺は勝ちたくなんてなかったですよ!」

 仲間に暑苦しく抱きつかれ胴上げされつつも観覧席を見るともうソーニャ嬢の姿はなかった。そもそも…あんな遠くから俺の勇姿なんて見えるかよ!彼女は目が悪いんだ!!


 でも…見に来たんだ…泣かせたのに…。

 俺の心はズキリと痛んでいた。


「あー…クラース…今追いかければまだ間に合うんじゃないか?」

 と団長が言い俺は脱兎の如く反応して駆け出した!!



「あの…貴方…ねえ…」

 行手を誰かが声をかけたような気がしたが無視して追いかけた。


 なんと声を掛ければ??昨日あんな酷いこと言っておいて…!でも彼女の後ろ姿が見えて俺は叫んだ!!


「ソーニャ嬢!!」

 彼女は門から出ようとしていた。

 俺の声に反応し止まった。

 ゆっくり振り返り凝視している。


「…………」


 俺は息を整えてソーニャ嬢の近くに行く。


「……クラース様…ご、ごめんなさい。もう会わないと言われたのに…お…お断りしたのですがヴァイダル団長がどうしてもと仰ったので…」

 と彼女は言う。


「あ、あの…俺のこと見えなかったでしょう!?あんな遠くからじゃ」


「は、はい…ごめんなさい…でもクラース様が勝ったのは判りました。耳はいいので。おめでとうございます…」


「ソーニャ嬢…あの…昨日はいろいろと失礼を働き申し訳ありませんでした!!俺が悪かったんです!!」

 俺は頭を下げた。


「いいえ、クラース様…きっと私が悪いんです。こんな目付きでいたら誰もが怖がるし苛ついたりしますから…」


「いや、ソーニャ嬢は何も悪くないんです!!どうか!許されるなら勝手なことと知りつつもまた会ってくださいませんか!?」

 お、俺は何を言っているんだか??

 ソーニャ嬢とこの話は破談と決めたのにまた会いたいとか…。

 しかしソーニャ嬢はそれを聞いて安堵したのか花が咲くような綺麗な笑顔になり俺は見惚れた。


「ええ!喜んで!!」

 とソーニャ嬢は言い笑った!!

 俺に向けて笑った!!


 俺は全身が熱くなり心臓も早くなりおかしくなった。


「ほ…ほんとでふか??」

 と思い切り噛んでしまった。

 おおおい!!どうしたのクラース!!

 お姉様方を骨抜きにしちゃう美少年童顔のクラースくんが!!

 しかも俺のが実は年上なのにソーニャ嬢の笑顔一つで骨抜きにされた!!


 いやいやいやいや!!そんなことあっちゃならない!!


「クラース様?」


「はっ!あ、あの…その…そうだ!俺も…貴方に合う眼鏡を探します!!」


「え?…そんな…」


「絶対見つけますからっ!!」

 思わずギュッと手を握る。するとソーニャ嬢は赤くなり照れた。


 はっ…照れた顔も可愛いんだ。


「は、はい…よろしくお願いします…」

 とソーニャ嬢は言い、待たせていた侍女と一緒に馬車に乗って帰っていく。


 俺は馬車が遠くまで見えなくなるまで見送った。

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