第3話 1体1のデート
俺は1人の女とこれまでデートしていない。
複数人と同時にお店を周るのが今までだ。
ソーニャ嬢と行くのが初めてだ。
あり得ない状況だが、これも貴重な体験としておこう。後は運命の人を待てばいい。
馬車を降りる時も手を貸してやる。目が見えにくい女とは不便。
それでも俺は営業スマイルで
「お手をどうぞ!ソーニャ嬢!」
とにこやかにエスコートした。
しかし目付きが悪いのでギロリと睨まれる。
ほんとに目が悪いだけなの?めっちゃ怖い顔なんだけど!?
「………どうも」
それだけ言うとソーニャ嬢は手を離した。
「あっ…危ないから捕まって歩いた方が…」
と言ったが
「いいえ、結構です。今日は足元はブーツを履きましたし、裾は踏まない長さのスカートですわ。景色はボヤけてますが何とかなります」
と言う。
景色がボヤけていたら何も意味ないよな?
後さりげなく俺の親切を断りやがって!
「そうだ、眼鏡は?眼鏡はどうしたのです?」
「はぁ…あれをかけると酔ってしまい気持ち悪くなって吐くのです…」
と言った。何と言うことだ。
つまりこの女の度数に合う眼鏡がないということだ。
眼鏡の技術は特に発展している訳ではなく、最近発明されたものだった。一人一人に合うモノは中々なく、持っているのは上流貴族が多い。
ソーニャ嬢ですら酔って気持ち悪くなり吐くというのなら眼鏡を掛けることさえトラウマだろう。
「でも…転びそうになったら俺に捕まっていいですよ?」
と言い、俺たちはデートらしきものを再開した。
と言ってもソーニャ嬢は周りから見ると常に不機嫌なお嬢さんに見えるから俺たちは喧嘩しているように見えるだろうな。
「ソーニャ嬢…手前のお店に可愛い女もののアクセサリーが売っているので見てみますか?」
と俺は手前の店を指す。やはり見えないのか顔をしかめていた。
「判りました。入りましょう」
と素っ気ない。
いつもならお姉様方は紳士モノを奢ってくれたりするのになぁ。この俺が女物のアクセサリー屋に入るとはね。ま、諦めるか。最初から有って無いような見合いだし、お互い破談を望んでるんだ。この女からは何も貰えないだろうし、付き合ってやる時間も無駄でしかない。
そして俺は扉を開けて彼女を中へと通すと、俺を可愛がるお姉様たちと遭遇した。
「あらあら!クラースちゃん?」
「クラース様だわ」
「こんな所でお会いできるなんて!どうしたの?私に会いに?」
「あら、やだ!私に会いたかったのよね?」
とあっという間に俺はお姉様たちに囲まれた。
「あはは…いや、今日はちょっと違うんですよ、ごめんなさい」
と彼女を見るとめちゃくちゃ睨んでいる!いや凝視か!慣れんな!!あの顔!
「やだわ、怖い顔!怒ってるの?まさか彼女と?」
「どう言う関係なの?クラースちゃん!」
「んんと…」
「あたしと言うものがありながら!!」
「ちょっと!いつクラース様があなたみたいな女を相手にするのよ?クラース様はあたしのことが好きなの!」
「好き?はっ!クラースちゃんは誰のものでもないわ!自惚れんじゃないわよ!ブス!」
と喧嘩が始まった隙にソーニャ嬢の手を掴み店を出た。
「ああ、ビックリした…」
「……随分とおモテになられるのね?クラース様…」
「えっ!?んと…まぁそうですね。モテますよ」
と言うと
「まぁ…自分で言うんですの…」
「はぁ…何か問題でも?」
と言う。どの道見合い話は無くなるのだから関係ないのだ。俺のことに口出ししないでほしい。
「いいえ、ないです…」
と歩きだした彼女はブニっと側で座っていた猫の尻尾を踏んでしまい、猫は驚いて飛び上がりソーニャ嬢の足目掛けて牙をむいた!
「フギャアア!!」
「危ない!」
咄嗟に前に出てしまい俺はガブリと猫に深く噛まれた!
「いっっ!」
いってえええ!!たかが猫と言えど牙は鋭く興奮して噛み付いて中々離れないから何とか猫をゆっくりと宥めようやく口を離したら血が滴る!
「あ…クラース様…怪我をされましたね?血の匂い」
「猫に噛みつかれただけですよ」
「猫…」
ハッとしてソーニャ嬢は猫を探した。そして猫を見つけると睨んだ。猫は怯えて逃げて行った。
「私が踏んだのは猫の尻尾だったのですね。私が噛まれる予定でしたのに何故庇ったりしたのです?放っておけば私が噛まれてあなたに悪いイメージを作れたものを」
「いやいや、流石に騎士として守らねばと…咄嗟にですから」
「騎士としてですか…」
「そうです、仕事柄市民の安全くらい守らねば」
と言うとソーニャ嬢は鞄を探り綺麗なハンカチを取り出した。
「どうぞ、使ってください」
「でも…」
「お返ししなくていいです。それとも血だらけのままでいる気でしょうか?」
「判りました…ありがとうございます…」
ソーニャ嬢は相変わらず怖い顔で凝視している。ソーニャ嬢は
「私が…」
と言い、目を手に集中してハンカチを結び出した。
「…………」
怖い顔をしながら一生懸命格闘してようやく結ぶとホッとして一瞬怖い顔が取れて優しい顔になったのを俺は見てまた胸がドクンと鳴った。
?
直ぐに離れて彼女は周りを見て怖い顔になった。
「ありがとうございます…ソーニャ嬢」
「いいえ…お気になさらず」
それからクウっと音がした。
ん、何の音だと思うと怒りながら真っ赤になっているソーニャ嬢。これはまさか腹の音か?
と気付いてそろそろ正午だなと思った。
「ご飯でも食べに行きましょうか」
特にレストランやカフェを調べてはいない。いつもお姉様方に連れてってもらうからうろ覚えだけど、美味しかったお店を見つけた。
「ここは確か美味しいお店ですよ。女性達にも人気らしいので」
「その様子だと以前来ていらっしゃったのね」
「あ…」
鋭いな!目つきも鋭い!
「まぁよろしいですよ。こう言うところも嫌いだと報告しておけばいいでしょう。食べ物に罪はないので入りましょう。女ったらしの騎士様」
とソーニャ嬢が嫌味を言うので何故かムカついた。
俺はにこにこ顔を崩さず我慢して店に入る。
ムカついていたから誘導を忘れて段差があることに気付かずそこにソーニャ嬢はつまづいて転んだ。
皆はクスクス笑い、ウェイターのイケメンが助けおこし
「お客様大丈夫ですか?」
と手を取る。
「すみません…」
ギロリと彼女はウェイターを睨んだ。しかし彼は動じずに
「もしかして目がお悪いのですか?」
と見抜いた!なっ、何いいい!?俺でさえ最初から見抜けはしなかったのに一目で!?
「まぁ…そうです。よく判りましたね」
「私の妹もそうなのです。合う眼鏡がなくて。眼鏡は高いので私も働いて合うものを探しているんですよ」
「妹さんの為に?立派ですこと。合うものが見つかるといいですね」
「はい!お客様も」
と彼等は談笑していて、いつの間にかソーニャ嬢は顔の皺を解いていて…俺は完全に除け者でした。ウェイターのイケメンといい雰囲気だし!
何か胸くそ悪い。
「あ…ごめんなさい。クラース様」
とソーニャ嬢はまたキッと俺をにら…凝視した。
ウェイターは手引きして椅子に座らせていた。
「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」
と言い去る。
「クラース様どれが美味しいのか判りませんからかわりに注文なさってくださる?」
俺はムカムカして
「ああ…そうですね…判りました」
と俺は注文を選びウェイターを呼ぶとまたイケメンが来る。
…………。
注文を簡潔に伝えるとウェイターは直ぐに下がった。チラリと俺の方を見たウェイターはどこか勝ち誇っているような気がして腹が立つ。
「?クラース様?先程から何か怒っていませんか?」
「どうしてそう思うのでしょう?」
「声が少し違います」
「は?」
「私は目が悪い分耳はいいのです。普段なら特にちゃらけている貴方ですが、今は少し怒気を含んでいます」
「さぁ?何のことやら判りませんよ」
と俺が言うとソーニャ嬢は黙った。チラリと顔を見ると驚いたことに悲しげな顔をしていた。
…………。
何故だ。俺にはそんな顔してあいつには嬉しい顔。たかが顔。
直ぐに遠くを見るソーニャ嬢は険しい顔になった。
それからご飯を凝視し、険しい顔で
「あら、美味しい」
と言いつつも顔は怖いままだ。
それから店を出て違うお店を周った。お目当てのアクセサリーを選んで渡すとジッと目を凝視して
「碧色で私の瞳色!」
と言いそのブローチを着けてもらい店を出る。
俺は初めて女の子に贈り物をしてしまった。いつも貰う側の俺が…。財布から金を出すなんてことに抵抗すら感じた。いつもと真逆だから。
「普通は婚約者となればお相手の色を貰うものですけどこれも低評価として報告しておきましょう」
と彼女はすっかり破談に向けて言っていた。
苛立ちと虚しさが俺の心を刺激する。
なんだこいつ?人が折角贈り物してやったのに婚約者の瞳の色?知らねーよ!
そもそも破談にするだろうが!!贈り物の色がどうとか関係ないだろう!?
「………………」
すっかり何も言えなくなった。言った所で声色で感情を読み取られるのだろうし。
「?クラース様?どうかなさいましたか?」
「………………」
俺は声の変わりに手を繋ぎ誘導する事にした。
何だこのデートは。もう夕方近いので馬車を呼び、近くに待機させる。
「どういうことですか?何故何も喋ってくださらないのです??」
今度は彼女は本当に怒っている。当たり前だ。
デート中に喋らないなどと言う態度を俺は取り続け、手だけで誘導した。
「何か気に障ったのですね?理由は何でしょうか?」
自分で考えろボケが!
馬車に乗り込ませ御者に伯爵邸まで送らせることにした。俺はここでようやく口を開いた。
「ソーニャ嬢。俺のことを悪くご両親にお伝えください。禄にエスコートしない男だと。それで破談になるでしょう。さようなら。もう貴方と会うこともありません」
自分でも驚くほど低く冷たい声音が出ていた。
ソーニャ嬢の顔は怒っているだろうな…。
最後にチラリと見ると…なんと彼女は泣いていた。その白い頰から滴が伝い慌てて手で拭う。
「え…?」
「さ…さようなら!クラース様!!」
俺が困惑したまま馬車はそのまま走り出した。
呆然と見送る男がその場に残った。
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