第2話 恋について

 俺は恋とかいうものに興味はない。

 なのに周りはよく、あの子が可愛いとかあの子は良かった、元恋人の話は騎士団宿舎では夜な夜なつまみを片手に語られる。

 全然興味なし。女は貢がせるものだという自論な俺には不思議で、皆揃いも揃って女が誕生日になるとどんなものがいいか相談になる。


「そう言えば…クラースもついに見合いしたらしいじゃん!どうだった!?」


「うん…したよ?怖い顔のソーニャ嬢と」


「えっ!まさかあのソーニャ・クリングバル伯爵令嬢かよ!?」

 信じらんねえ!と言う顔をする同僚たち。やはりあの顔は有名らしいぞ。


「婚約すんの?」


「ん?まぁ…団長の勧めだし俺からは断らないよ。向こうから断るならまだしも」


「でもあれじゃ向こうも断らないだろう?何てったって見合い相手は皆逃げ出したというぜ?」


「どうすんだよクラース?」


「んー?好きな女でも見つかればねえ」


「何だよツナギかよwさすが軽薄な男だな?何人の女騙してんだよ」


「人聞きの悪い!俺は童貞だから弄んでいないよ!貰うのはお金とか貢物!1人じゃなくて皆に可愛がってもらうの!その方がお金いっぱい貯まるんだもの!」


「悪い男の子だな!」

 と口々に言う同僚。なんとでも言え。


「でもお前に入れ込んでる女もいるだろうよ?特に年上受けかね?」


「ご婦人方かな?よく奢ってもらうね。旦那様がいるのにね。前に血相変えて殺しに来られたけど他の女の子達が皆のクラース様だからそれはないって庇ってくれたよ。可愛いって得だよね」

 と俺が言うと同僚達は半目になり


「よし、行こうぜ訓練。ああ、今日は全員でクラースをボコろう」


「さーんせーい!!」

 と声が上がり俺は調子にのり過ぎたと反省したがその後は皆からボコられた。


 その後、宿舎に戻るとなんとソーニャ嬢が来ていた。


 *


 婚約者を間近でよく見るとまだ若い少年のような気がした。私より年下?

 ちなみに私、ソーニャ・クリングバル伯爵令嬢は昔からかなり目が悪い。

 近寄らないとぼやけて何が何だか解らなくて自然に眉間にはいつも皺で酷い目つきになるから皆私を怖がり避けて通ったのがわかった。声から感じる震えで何度お見合いしても、ああ…ダメね。

 と思い、その通り見合いでは全員逃げた。


 私は20歳になっていた。18の成人で結婚する男女が多い中私は未だ恋人もいなかった。

 当たり前でしょうね。

 目が見えにくいから常に周りに気をつけて歩くからずっと睨み顔になる。

 たまにすっ転ぶから怪我が多い。

 赤毛を編み込んで後ろで纏めた頭と碧の目つきの悪い私は大層意地の悪い令嬢に見えるのだろう。

 お父様からは


「ソーニャ!今度こそ相手を逃すんじゃないぞ!?いいな!?お前からは絶対に断るな!」

 と言われた。見合い相手は先日夜会でぶつかった少年に似ているなと思って近づいたらやはりあの時の少年のようだ。


 年下かと思っていたら23という。嘘でしょ!?その顔で!?と言う疑問で近づく。やはり少年にしか見えない。からかってるのか?とちょっと睨む。


 私が席を戻ろうとして裾を踏んづけ顔から床に落ちた。額を豪快に打ち付け鼻血まで出て仕方ないから布を鼻の穴に入れたら相手は爆笑した。


 今思い出しても失礼な男だと思った。転んだことはこちらが悪いが恥ずかったしそんなに笑わなくともいいではないか!


 何とも軽薄そうな印象だったしこんな方が旦那様になると浮気して終わりだろうなと思った。よくある仮面夫婦状態になるだろうな。


 でもそれでもいいかと思った。私と彼の間に恋が芽生えることはないと感じた。

 形だけ妻の座にいればいいし、いつか相手が愛人と逃げたりしても私は特に悲しくならないと思う。冷めていると自分でも思う。


 趣味で小説と応えたが嘘であった。目が見えにくいのに文字など追わない。私は日常生活において全てがぼやけて見えていて近づいてようやく確認できるくらい目は悪く常にイラつくことすらもあった。


 そんな私が恋などできようか?どんなにかっこよくてもこの目ではそれを堂々と捉えることはできない。


 次第に私は恋をするということ自体すっかり諦めた。

 そして私は着替えを始めた。


 *


「団長?これは一体?男ばかりの宿舎に女性を入れるとは…」


「彼女はお前に話があると言うのでな。俺は席を外すからここで話し合え!」

 と団長は怒り部屋を出た。

 これは…ああ、


『婚約のことですがなかったことに』

 の断りの返事か?わざわざ来なくとも手紙で知らせればいいものの。案外律儀なのかもしれないな。


「ソーニャ嬢…紅茶でもいかがですか?」


「……もしかして怪我をされているのですか?血と土の匂いがします」

 は?見れば判るだろう?

 あ…そう言えば目が悪いのか…この人。今も眉間にシワ寄せている。


「訓練で少し。こんなのは日常茶飯事のかすり傷程度ですよ。騎士ならば皆負うものです」


「そうですか、お疲れ様です」

 事務的に何の感情もない声で言われる。


「はぁ…」

 と俺は紅茶を入れて彼女の前に置いた、

 彼女は紅茶を少し指で探りようやく手に取った。


「そんなに…目が悪いのですね」


「…………はい、目にするもの全てボヤけていて…凝視してようやく…おかげで怖い顔でしょうね」

 と言った。

 …………。

 俺はもしやとんでもない失礼な勘違いをしていたのかも…。この前見合いの席で爆笑してしまったことを思い出して青くなった。

 そういえば、側の侍女は俺を睨んでた。

 事情を知っていたのだろう。


「あの…なんかすみません…この前笑ってしまい…」


「お気になさらず」

 彼女はとても淡々としている。少し怒っているような顔。


「あの…所で何のお話でしょうか?」


「はい…クラース様が連絡をよこさないので私参りましたの。婚約はそちらから無かったことにとお父様にお伝えください。私からは言えないのです。お父様の目が光ってますからね。お見合い失敗はいつものことですが、今回もとなると私も厳しい目で見られます」


「いや、俺もそこは同じなんですよ、団長からの勧めで俺から断ることは禁止されていまして、そちらからでないと破綻話に持っていけないかと…」

 そう言うと彼女は顔を曇らせ不機嫌になる。

 いつもそんなような顔か。


「困りましたわ」


「はぁ…」


 彼女は紅茶を置くと


「クラース様…なら私とどこかお出かけしてくれませんか?そこで振られたことにしましょう。お互いに悪い点を報告して破談にしましょう」

 と彼女は提案する。


「ああ…そうですね。それなら流石に団長も許してくれるかもしれません」

 まぁこの子がダメでも団長は次の子を探してくるだけだろう。


「では次のクラース様の休日にお会いしましょう」

 彼女は立ち上がりソファーの足に蹴つまずいたので咄嗟に俺は助けた。

 また転ばれたら大変だ。

 彼女は俺の胸に倒れ込むと、


「す、すみません!目が…」


「悪いのは分かってますよ?…入り口までお連れしましょう。侍女さんが待ってるんでしょう?」


「ええ…」

 と顔を上げた彼女は一瞬ほんのり赤くなりその顔は皺もなく綺麗で…俺は何故か心がザワザワした。

 それはほんの一瞬で、すぐに彼女は険しい顔になって前方を睨んだ。


 宿舎には男の騎士や騎士見習いしかいないため女性がいるのは珍しく皆ジロジロとソーニャ嬢を見ていたが彼女の眼光の鋭さで皆恐怖で避けていくのが面白かった。

 いや失礼だな。これも。


「お嬢様!!」

 と侍女が駆け寄った。団長もそこにいて睨んだ。


「ありがとうございました。クラース様では休日にまた」

 と頭を下げて馬車に侍女の助けで乗り込んだ。

 今の言葉を聞き、団長が驚いて俺を問いただした。


「クラース!?どう言う事だ?休日に会う約束をしたのか!?」


「はぁ…まぁ」


「「「「なにぃーーー!?クラースが、デート!??」」」」

 どっから聞いてたのか同僚達が一斉に叫んだ!!うるせっ。


「まぁ俺たちあんまりお互いを知らないということで出かけることにしたんすよ。それでダメになる可能性はありますけど…」


「でもお前…1人の女と出かけるの初めてじゃ…?」

 ん?そうか、そう言えば…。いつもお姉様方に囲まれて一緒にゾロゾロ移動する皆のクラース君だからな俺。


「はぁ…まぁ何とかなるでしょ」

 と俺は特に興味なさげに部屋に戻った。


 *

「あのクラースが1人だけに絞った!?」


「あの怖い令嬢に脅されたのかな?」


「それだ!!きっと脅されたんだ!!」


「お前らいい加減にしとけ!本人達の問題だろ!?」

 とヴァイダル団長は団員達に睨みを利かせた。


 *

 俺の家は騎士の家系とは言え、特に秀でたものもなく、下流騎士と言った所で普通に街に家を構える程度の環境で育った。

 顔だけは可愛らしく可愛がられた。

 成長期ともなると街の女の子は俺を見てポウっとして告白もされたりしたけど断り、その代わりその子を泣かせないように友達として仲良くしようと言い、どんどんそれが積み重なり今では街には女の子の俺のファンが沢山できた。


 女ったらしって言わないでほしい。俺は童貞だし、ピュアなだけ。人から聞いたら童貞なんてバカにされるだろうけど、俺ならば許される。だって可愛いから!!


 街でお祭りがあれば必ず女の子達は誘いに来る。俺はここぞとばかり沢山食べ物を奢ってもらった。役得だわ。可愛い顔に産まれて良かった!


 そしてどこかにいるであろう運命の人と一緒になるまではと乙女チックと言われようがそこらの獣みたいな男とは一線引くようになった変わり者だ。もちろん小さい頃は俺の顔が気に食わないとボコボコにされそうになったが女の子達がやってきて一斉に庇ってくれたから男達は逃げた。役得だわ。


 *


「それにしてもソーニャ嬢遅いな」

 先程から彼女の家の応接間で待たされている。

 女は支度に時間がかかるらしい。


 すると侍女が扉を開けてソーニャ嬢が皺を寄せて鋭い目付きで現れた。

 グリーンのワンピースドレスである。

 侍女はつつつと耳打ちした。


「クラース様…ソーニャお嬢様は目が悪いのでサポートをお願いします!!くれぐれも転けないように!」

 と厳しく注意され、俺は


「はい!わ、解りました!」

 とつい応えた。


 それから俺はソーニャ嬢の手を取り誘導した。なんかまるで介護者だな。盲目というわけではないのに。


 馬車に乗り込んでもソーニャ嬢は険しい顔をしていた。こないだみたいに普通にしてればそこそこ可愛いのになぁ。まぁ、そんなことより欠点を探して婚約を破談方向へと持っていかないとならない。

 ソーニャ嬢と仲良くすることはないのだ。

 帰りの馬車では険悪になればいい。


「今日はお付き合いくださりありがとうございました。その服は清潔感があり素敵ですね。誰かからの贈り物でしょうか?」


「おや、よく解りますね。俺はよく貰い物をする方でして…」

 早くも嫌われ探し合いスタートか?

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