第9話 第2オルド

 1219年、チンギス・カンはイルティシュ河上流域にいた。クランを頭とする第2オルドを伴う遠征となった。メクリンもまた、第2オルド所属の妃として従軍した。

 出陣式の日、真夏だというのに大雪が降った。多くの将兵の心配するのを見た占い師の耶律楚材は、次のように叫んだ。

「真夏に雪が降るのは、この上ない吉兆だ。勝利は間違いない」

 その夜、チンギス・カンは、メクリンに言った。

「おまえも聞いていただろう。あの長いひげの占い師は、叫ぶことによって皆の動揺を静めた」

メクリンは、手であおぎながら、火照った体に冷たい空気を当てつつ、

「他人の考えを理解するのが早い方ですね」

と応えた。

「あの占い師は、おまえと同じく、役立ちそうだ」

といって、愛撫を再開した。

 チンギス・カンには何百人もの妻妾がいた。ところが、第2オルドではクラン皇后やメクリンとばかり過ごしていた。他の妻妾たちやその侍女は、皇后は怖いので、メクリンの悪口ばかり言っていた。自分の悪評に当然気づいていたメクリンは、なるべくクランの側にいることにしていた。

 クランとは異なり、メクリンは子宝に恵まれなかった。そんなメクリンの下に通い続けるチンギス・カンの目的は、性交だけではなかった。メクリンは、チンギス・カンの言ったことを、克明に覚えていたのである。チンギス・カンはメクリンを通して、自分と対話していたのだった。

 そろそろ遠征を終え、モンゴル高原に帰ろうかと考えた時、楚材は言った。

「神獣が現れました。帰国せよとの天の啓示です」

 その晩、メクリンは、

「そろそろ西夏が気になりますか」

と聞いてきた。ウイグルやカルルクは共同出兵に応じたのに、西夏は拒否したのであり、反抗の機会をうかがっていることは明らかだった。

 1223年、チンギス・カンとその軍団は、帰国の途に就いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る