第6話 神より得たる吉祥
ウイグル王バルチュクは、まだ15歳ぐらいである。一応、成人してはいるが、とても政務がとれる歳ではなかった。
1211年に西遼でクーデターが起き、ナイマン部族のクチュルクが義父グルカンを幽閉し、みずから帝位についた。こうした混乱を見逃さなかったウイグルの宰相ビルゲ・ベクは、西遼からの出頭命令を拒否、王をチンギス・カンの下に向かわせたのだった。
モンゴル側は、ウイグル王に、バルクルから、北に伸びる街道をつたってチンカイ城に行くよう命じた。チンカイ城なるものはこれまで聞いたことがなかったので、ウイグル王の家臣は、ハッサンに質問した。
ハッサンは、次のように答えた。
「チンカイ城は、モンゴル帝国の大宰相チンカイ殿の指揮下で建設が進められている、生産・軍事拠点です。伐金戦で得た漢人を入植させ、農業、石炭採掘、鉄生産などを行わせています」
現在、高原の各地に漢人を定住させているが、西方遠征の最大の拠点として、チンカイ城が作られていた。ウイグル側は、チンギス・カンによる西遼遠征がそう遠くないことを、完全に理解したのだった。
バルチュクは、バルクル草原の天幕で、はるばるやってきたメクリンの姫と会見を持った。一応、バルチュクはメクリンの主筋にあたるが、家臣から、メクリンはチンギス・カンの後宮に入れられるので、丁寧に対応するよう言われていた。
バルチュクは、自分と歳のあまり違わない異国の姫君に言った。
「このたびはご苦労ですが、私と一緒に旅をすることになります。よろしく」
そして、少ないですがと言いつつ、金銀や玉のついた衣服を贈った。
メクリンはお礼を言った。
「吉祥をいただきましたこと、感謝申し上げます」
ウイグル王の称号イディクトは、神より得たる吉祥、の意である。神から祝福されたウイグル王から贈り物をもらったのであるから、この贈り物は吉祥の具現化した物だと、メクリンは言ったのである。
ウイグル王はまだ、メクリンの美しさに驚嘆し、のどの渇きを覚えるほどの年頃ではなかったが、賢い女だとは思った。
バルクル草原を北上し、ウイグル王一行はチンカイ城に入った。城内ではあちこちで家や工房が建設中で、今後も人口が増えることが予想されるため、整地が行われていた。石炭からコークスが作られ、製鉄がさかんに行われ、ウイグル産の鉄のインゴットも運ばれていた。
ウイグル王は、チンカイ城にある仏教寺院を参詣し、寄進をおこなった。メクリンも同行し、旅の安全を仏に祈った。寺院にいた僧侶や漢人の信者たちは、メクリンが観音のように見え、故郷を遠く離れて移住させられた辛さを、少し忘れることができた。
先行していたハッサンの使いが、ウイグル王一行の隊列に戻ってきた。予定通り、チンカイ城からカラコルムに進み、東へ、ヘルレン大オルドに向かえとのことだった。
カラコルムでも、漢人の農民や職人が多数働いていた。ここからもう少し行けば、いにしえのウイグル帝国の首都カラ・バルガスン(黒城)が見えるはずだが、ウイグル王にそんなわがままは許されなかった。
モンゴル帝国の首都ヘルレン大オルドで、チンギス・カンの末弟テムゲ・オッチギンの出迎えがあった。オッチギンは留守の長である。
好色なオッチギンは、メクリンを一目見て欲しいと思ったが、ハッサンは、メクリン姫はチンギス・カンの下に届けるよう厳命されている旨を強調した。オッチギンは、だまって引き下がるしかなかった。
首都に到着した時点で、一行の最終目的地がわかった。界濠を越えたところにある魚児灤に、チンギス・カンの冬営地があるという。
メクリンは、移動中、馬車に閉じこもっているせいで、少し太ったと思っていた。一方、侍女たちは、メクリンの体がますます女らしい丸みを帯びたものに変わってきたことに気付いていた。
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