第5話 草原へ
ハッサンがメクリンの谷に着いた夜、族長とその長男、そして谷のおもだった者たちが、族長の屋敷に集まった。
ハッサンは、慙愧に耐えない表情で説明し始めた。
「先日、ウイグル王の使節とともに、手前どもはチンギス・カンの下に至りました。その時、手前の部下が、チンギス・カンの近臣に、メクリンには素晴らしい、巨乳の美女がいると吹聴したのです。それゆえ、ウイグル王とビルゲ・ベク殿は、メクリンの美女をどうしても連れて行かなければならないことになりました。」
族長はうめいた。こんな時に谷の者を守るのが、族長の役目である。さしだすのが族長の娘でなければ、谷の者も、チンギス・カンも納得しないであろう。
ハッサンは話しつづけた。
「もし姫様がチンギス・カンの寵愛を受ければ、メクリンはウイグルから離れ、独立した千人隊として認められ、牧地や農地を与えられるかもしれません」
モンゴル帝国において、千人長とは上級貴族である。一族の栄達は約束されたものとなる。
「姫様がチンギス・カンの目に留まるよう、このハッサン、死力を尽くします」
族長はハッサンに尋ねた。
「チンギス・カンは、娘をどう思うだろう」
ハッサンは即座に答えた。
「端的に言って、チンギス・カンは教養のある名家の子女が好みです。チンギス・カンは普段は寡黙ですが、自分の考えていることを妻妾にはよく話します。そこで帝国の方針が決まると言っていいほどです。姫様はとても聡明でいらっしゃるので、あとは姫様の存在に気付くよう、もっていくだけです」
娘を出さないという選択肢はなかった。あとは、誰を侍女や付人として同行させるかを決めるだけだった。
1212年春、ウイグルの使者にともなわれ、メクリンの姫は、チンギス・カンのいる所へ旅立つことになった。もう2度と故郷には戻れないであろう。父母兄弟総出で峠まで見送ってくれた。
見なれた峠を越えて、細い山道を下ると、そこは平原だった。ウイグル王の差し向けた馬車・騎兵と合流し、メクリンの姫は、大きな馬車に3人の侍女とともに乗り込んだ。
馬車は、バルクル草原へと進んでいった。
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