第2話 いにしえの民の末裔
メクリンの民は、いにしえの大国・月氏の最後の生き残りである。
金髪碧眼で、ラテン語に近い言語を話していた月氏は、もともと南シベリアに住んでいたとされる。彼らは徐々に南下し、紀元前1世紀頃には天山山脈の東麓にいて、中央アジアの広域を支配した。例えば、甘粛の敦煌という町の名は、月氏語だとされる。
その後、匈奴が南下してくると、多くの月氏は匈奴に組み入れられ、一部の者は西方へ移り、大月氏国を建てた。3世紀、三国志で有名な魏王朝が、西の大国に親魏大月氏王、東の大国に親魏倭王の称号を与えたのは、よく知られている。
大月氏はさらにインドへ侵入し、クシャナ朝を建て、仏教を世界宗教にしていったのだった。
世界史に重要な貢献をした月氏だったが、時代が下るにつれ、地元民と交じり合っていき、月氏のことは忘れ去られていった。
月氏の故地である天山の東の端に、その伝統を守りつつ、400戸だけ残ったのが、メクリンだった。
メクリンが住んでいる場所は、険阻すぎて容易には近寄れないが、ハミル、トルファン、ビシュバリクといったオアシス都市から生活必需品を買わねばならず、また北西にある塩池から塩を得る必要があった。さらに、メクリンは鷹匠や狩人として有名で、出稼ぎに行く男たちもいて、完全に外界と遮断されているわけではなかった。
チンギス・カンにさし出す美女を求めて、ウイグルの使者はやってきたが、すでに美女は旅の支度をして待っていた。
まだ、12歳ほどで、少女と言っていいだろう。とはいえ、身長は高く、日焼けしているものの、肌の白いことはわかる。胸も尻も膨らみつつある。ただ美少女だというだけでなく、血筋のよさが顔や立ち居振る舞いからあふれ出ている。使者は、この娘と同衾するであろうチンギス・カンに嫉妬した。
少女の父親は、使者に言った。
「娘を無事、チンギス・カンの下に送り届けてください」
使者は容儀を改めて答えた。
「バルチュク王も一緒に参ります。ご心配はいりません」
父親と、その横にいたハッサンは、ウイグル王が予定通りチンギス・カンに入朝することを知り、少し安堵した。ただし、会見の場が、結果的に、漠南の魚児灤になることまでは、この時点では誰にも分からなかった。
谷とその周辺の山地しか知らない少女は、何千里もの旅をすることになる。まず、山地の北東に向かってバルクル草原に行き、ここでバルチュク王と合流する。そして、北上して建設途上のチンカイ城、カラコルムを経由して、モンゴルの首都ヘルレン大オルドに向かうこととなっている。道中は、ハッサンが一行の面倒をみることになる。ハッサンが付いていれば、モンゴル内ではさまざまな優遇措置が受けられる。
ハッサンは、商人であると同時に、チンギス・カンの最側近「バルジュナト」の一人であった。
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