世界征服者の寵姫

土屋和成

第1話 メクリンの美女

 中央アジアの大山脈・天山の東の端、カルリク山脈のある谷に、メクリンの民が住んでいた。

 そこには急峻な山地が広がっている。夏は山の上で羊や山羊に草を与え、下の方では干し草を作ったり、雑穀を育てたりする。冬になると山を下りて、家畜とともに越冬する。時間があれば、鷹を使って狩りをする。馬にはあまり乗らず、山登りがとても上手い。

 メクリンは一応、ビシュバリクを首都とするウイグル国に従っていたが、交通の要衝であるオアシス都市ハミルと、軍事・遊牧の拠点バルクルを結ぶ道からかなり離れており、また、あまりにも険阻すぎて、ほとんど独立状態だった。

 それにもかかわらず、突然、ウイグル王の使者が、メクリン族長の下へやってきた。要求は、「美女を一人さしだすこと」だった。

 メクリンの特産物は、まさに人だった。鷹狩に不可欠な鷹司や狩人としての腕前は群を抜いていた。狩猟では、わずかな情報しかない条件で、正確な意思決定をするということが重要であり、メクリンの民は「空気を読む」ことにたけていた。

そして、メクリンは美女が多いと評判だったのである。

 ウイグル国は長年、イリ河流域を拠点とする西遼に支配されてきた。ウイグル王ヨスン・テムルが亡くなると、まだ若いバルチュク・アルト・テギンが後を継いだが、王が年少であることをいいことに、西遼は少監という総督を送り込み、ウイグル国への内政干渉を強めてきた。これに反発した宰相ビルゲ・ベクは少監を殺し、モンゴルのチンギス・カンに同盟を申し込んだ。モンゴルは、メルキトやナイマンといった西遼派への攻勢を強めていたからだった。

 チンギス・カンは、ウイグルの使者に対し、王自らの入朝を求め、自身の娘を嫁がせると言った。この条件をのめば、ウイグル王はチンギス・カンの義理の子となり、対等な立場ではなくなる。ビルゲ・ベクは条件を受け入れた。モンゴルに従うことに、国運をかけたのだった。

 この使節団の中に、ムスリム商人がいて、チンギス・カンの近臣に余計なことを言った。

「ウイグルの東端にいるメクリンには、美女がたくさんいます」

チンギス・カン自身、モンゴロイドと白人の両方の血が混じり、高身長で、ほりの深い顔立ちの、ペルシャ人風の美男子だった。後年、孫のクビライが生まれた時、この子はどうして中国人みたいな顔をしているのだろうと、不思議がった。

 美女が嫌いな男はいないだろう。しかもチンギス・カンは巨乳好きだった。メクリンの美女は顔も体つきも最高だと、商人が言ったことを、近臣はチンギス・カンに報告した。

 ウイグルの使者は、メクリンの美女を連れてくることを、厳命された。

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