第9話 貫通

「地下世界に湖や水路の穴掘り工事をガゴーンちゃんに頼みに行ってきたよ。」

 ガロンの元にどん兵衛が突然やってきて言いました。

「え!本当ですか!ありがとうございます!!!後5年ほどでトンネルは完成する予定なので、もうそろそろお願いしようと思っていたところです。

 よく考えると貯水池や水路が無いと、水がどこに流れていくか見当もつきません。さっそく街の設計図を持ってきます。」

「ほーっほっほっ、でももう地下世界の街は完成したんだって。」

「えー!!…」

「昨年からあっという間に造ったみたいだよ。」

「…あ、ありがとうございます。…さすがガゴーン様だ。… でも私たちが考えた街を造りたかった。」

「ガロンちゃんの頭の中のイメージで地下世界に街と言うよりはナマズ王国全体の入れ物を造ったって言っていたよ。すごいね。」

「え!私はイメージをアーリーンと話し合っただけで街づくりについては誰にも話したことは無いのです。」

「おっほっほ、ガゴーンは自在に人の考えがわかるって前言ったよね。小学校で習ったとおり“ガゴーンは無限の存在。あまねく世界を知っている”。ってさ。

 でも、ガロンちゃんは少しデザインのセンスが無いので変更したってさ。」

「え!そうなんですか。私の設計はセンスが無いのですか。…あまり他人からけなされたことがないので、…かなりショックです。」

「おーっほっほっほ、欠点を指摘されることは良い事だよ。楽しいねえ。」

「欠点 …そうですよね。良く考えると、私はナマズ。地上の建物なんかよく知らない。王のプライドで勝手に素晴らしいと思いたかっただけですね。

 私のへたなデザインよりは、ガゴーン様が描きなおしたデザインの方が良いに決まっている。

 街がすでに完成されているなんて、とても考えられない奇跡だ。もう後はひたすらトンネルを掘るだけだ。川の主のどん兵衛様、ありがとうございます。」

「どんちゃんでいいよ。おーほっほっほ♪」

 楽しそうに笑いながらどん兵衛は帰って行きました。

 もうひたすら何も考えずにトンネルを掘り続けるだけで、遠い星のような淡い夢物語が、いつの間にか、本当に地下世界にすでに存在しているのです。もっと素敵な形になって …

「夢のナマズ国がすでに地下で私たちを待っている …50年前に夢見たことが、なんとあのちっごランドの偉大な守護神ガゴーン様が支えてくれて、そしてチッゴリバーの主(ぬし)どん兵衛様、暗黒魔界の皇太子エドワード様、そして多くのナマズ国の民衆の支援によってついに実現するのだ。」


 さらに3年ほど経った頃、その日が突然訪れました。

「ワー!!!!」ドドーン!!

 地下世界に巨大な水柱が吹き上がりました。

 ゴゴゴゴー!! …ものすごい量の水が濁流となって地下世界にあふれ出てきました。

 そしてその濁流の中にガロンと多くのナマズたちが居ました。 

「やったぞー!!」「突き抜けたぞー!!」「地下世界だー!!」

 渦巻く濁流の中でもナマズ達はみんな笑顔でした。

 実はトンネルの貫通はもう少し先になる予定でした。

 ガロン達が掘るより早くチッゴリバーの大きな水圧が地下世界への最後の壁を突き破ったのです。

 ゴゴゴ!! ナマズコロニーにあるトンネルの入り口は渦を巻き、周囲のあらゆるものを吸い込んでいきました。チッゴリバーの水位が10mも下がりました。

 しかし、ガゴーンが地下王国の水路や湖にあらかじめ水を3/4程度入れていたので、数日すると地下世界の湖や水路に水が行き渡って水の勢いも弱くなり、チッゴリバーの水位も徐々に回復しました。また大ナマズのコロニーと境界を接して争って来たサメ族やアリゲーター族なども吸い込まずにすみました。


 トンネル貫通とともに地下に流れ込んだガロンと100人ほどの穴掘り隊は、バラバラになって水路をすごい勢いで流されていきました。そして数日後にようやく水の勢いがおとろえた頃、自分たちのまわりを確認し始めました。

「泥で全然見えんな…」「何日経ったか全然わかんないよ。」「オーイ!誰かいるかー!」「はあ、疲れた…」周囲はまだ轟々と水が動いていました。

 水面から顔を出すと、ある者はだだっ広い水面を、またある者は遠くに岸を見ました。中には目の前にきれいな建物を見た者もいました。「なんてきれいな街並みだ…」「あちゃー、こりゃシティに間違って出てしまったぞー??」


 ガロンは穴掘りの先頭にいたので、最も遠くに流されていました。

「随分流されたな… 丸二日以上流されたから数百キロは離れているな。」

 水上に顔を出して確認するとごうごうと流れる広大な川の真ん中で、左も右もはるか数十キロ遠くに川岸のような崖が真っすぐ伸びているのが見えました。

 上を見ると青空でした。嵐のように水は流れているのに空は晴れていて、それはとても不思議な感覚でした。 「…さっぱり、わからん」

 そう思いながら、濁流の上流に向かってまっしぐらに泳ぎ始めました。

『地下世界に入ったならば、泥で周囲が見えない。初めての場所なので自分の位置もわからない。濁流に逆らわず淀みを探して体力を温存せよ。水の流れが弱まったら水流がある内に上流に向かって進め。水が流れてくる方向に必ず水中トンネルの出入口がある。』

 本当は事前に徹底しなければいけなかった命令も、突然のトンネル貫通で全員に徹底できていませんでした。

 …まあ、いいか。死ぬことはないだろ、ナマズだもんな …

 ガロンは体力を温存することも無く、ひたすら上流に向かって泳ぎました。

 ずーっと昼なので、時間の感覚もわからないまま、ガロンは疲労困憊してトンネルの出入口に着きました。水流はかなり弱くなり、透き通ってきていましたが、まだゴウゴウとトンネルから出て来ていました。

 そして、すでに戻ったナマズ達が大きな岩陰の水流のよどみに集まっていました。

「ガロン様だ!」「おー!ガロン様が帰って来られたぞー!」

 一番後ろに居た後方支援隊のナマズ達が近いところに流されたので、すでに出口付近に集まっていました。

「ガロン様、よくぞご無事で。お待ち申しておりました。現在員20人ほどです。指揮は私が取っております。」

 後方支援隊長グリルが報告しました。

「お、ご苦労、グリルか。喜んだのは初めだけだったな。あの水の勢いでは、帰って来れない者も多いだろう。」

「は、我々後方に居たものがようやく集まってきております。先頭に居たガロン様が最も遠くに流されたはず。このように早く戻られるとは、さすがで御座います。」

「うん、でもかなり疲れたな。きっと地下世界に来ることができたので、気が緩んでいるのかもしれない。」

「お帰りなさいませ。お食事の用意ができております。」

 その時、後ろからやさしい女性の声がしました。

 えー!食事だってー!!ガロンは振り向いて言葉がでませんでした。

 いつものように、にっこり笑ったアーリーンがそこに居ました。

「ガロン様、まずはお食事をして、疲れた体をお休めください。皆さんもガロン様と一緒に食事をしたいと、お腹を空かして待っていますよ、フフフ」

「あ、アーリーン、君が居るのもびっくりだけど、こんな所でお食事って…」

 少し離れた場所に壊れかけたテーブルが2台と確かにサンドイッチや野菜が並んでいました。そして5人の女性ナマズが給仕の準備をしていました。

 本当はアーリーンを抱きしめたいと思いながら、ガロンは言いました。

「アーリーン、いつも君には驚かされるね。まずは無事で良かった。不思議なことに目の前にサンドイッチやサラダが見えるので、お腹を空かしている皆に配っておくれ。… みんな!!ご苦労!まずは食事だ!」

 ガロンが大きな声で言ったので、思わず全員から歓声が上がりました。

「おー!!」「ありがとう御座います!!」「メシだー!」

 流れのゆるい場所で、30人程に増えたナマズたちの食事が始まりました。

 そしてガロンは壊れかけたテーブルの上にアーリーンが並べた野菜やサンドイッチをガツガツと食べ始めました。

「はい、いただきます♪」

 いつもの様に向かいに座ったアーリーンがにっこり笑っていただきますといったので、ガロンもあわてて胸びれを前にあわせました。

「ガロン様、本日はおめでとうございます。」

「お、そうか、そうだね。今日は僕たちの悲願が達成された日だね。」

 ガロンが久しぶりにニッコリしました。

「はい、国民みんなの幸せがやって来る日です。ありがとうございます。」

 ガロンは、アーリーンの前でようやく少しくつろいできました。

 そして1mもあるニンジンをポリポリ食べながら、アーリーンに言いました。

「ところで、アーリーン。あの濁流の中を帰って来たばかりの僕の最大の疑問があるんだけど?」

「あら、なんですか?ガロン様、フフフ。」

「何故君がいつもの様に僕の目の前に居て、そして食べ物なんか無いはずのここにサンドイッチがあるんだい?」

「フフフ、もちろん濁流に乗って来たんですよ。だってガロン様が濁流と共に地下世界に入ったのに、世話係の私がコロニーにいたんじゃ、役目が果たせませんもの。」

「え!君も濁流に飛び込んだのかい?サンドイッチを持って? …前から思っていたんだけど、君は本当は魔法使いじゃないのかい??」

 君はもう世話係なんかじゃないよって言葉がガロンの頭の中で浮かびましたが、疲れていて周囲に部下もいるので言い出せませんでした。

「フフフ、実は、吸い込まれたんです。トンネルの穴から百メートルくらい離れた場所で、いつもの様に10人くらいの女性たちと食事の準備を始めようとした時、ガバー!ゴー!ってすごい音で水の吸い込みが始まったのです。それはもうびっくり、フフフ。

 一緒に食事の準備をしている皆さんに『食料袋を離さないで下さいねー!』って言ったら、皆さんびっくりした顔をしていましたけど、意味が通じたみたいで、片方のひれで岩にしがみつきながら、片方のひれで必死に食材やパンの入った食料袋を抱えていました。それはもう皆さん必死なんですもの。とってもおかしかったんです、フフフ

 食事の材料をまだ袋からテーブルに出してなくて本当に良かった♪」

 ガロンは今度はサンドイッチを食べながら楽しそうにアーリーンの話を聞きました。

「私はガロン様の食事テーブルを何とか離さない様にしていたのですが、支える物がないので一番最初に吸い込まれていったんです。ゴオーって、アレー!って。フフフ」

「ハハハ」本当は命がけの危険な場面なのに、思わずガロンも笑ってしまいました。 

「そして食事係の皆さんは、私が自らガロン様の後を追うために飛びこんでいったと思って、次々に掴んでいた岩からむなびれを離して、後を追って激流の中に入ったのです。

『あれー!』とか『エイ!』とか言いながら、フフフ。もちろん後から聞いた話です。そして穴掘り隊の皆さんの後ろからこの地下世界に飛び出したんです。

 その後は皆さんと同じです。少しずつ食事担当の女性の皆さんが戻って来て、残っている食料袋と壊れかけたテーブルで食事の準備を始めました。『すごかったわねー』とか『あなた泣き叫んでいたわ』『何言っているの。あなたの顔なんか歪んでいたわ』とかワイワイ楽しく食事の準備をしました。フフフ」

「ガハハハ」


 しばらくして、昼間なのに大ナマズ達は、穴掘り隊の男も食事担当の女性たちも疲れて深い眠りに落ちていました。

 ゴーっと本当はまだ大きな水流の音が聞こえる静寂の中で、ガロンもアーリーンの尾びれに頭を乗せてぐっすりと寝ていました。

 アーリーンだけが起きて、ガロンの顔を優しく見ていました。そして、ガロン様、おめでとうございます…と、また心の中でつぶやきました。

 アーリーンの目から一瞬涙が出て水の中に消えました。

 そしてアーリーンもいつの間にか眠ってしまいました。

 水はまだゴウゴウと流れていました。


 ガロンは支援隊長のグリルに命じました。

「グリル、新しい国での最初の命令だ!」

「は!」グリルは緊張して命令を受けました。

 グリルは太った大ナマズです。別に軍人でもなく最初普通の料理人でしたが、才覚を発揮して本部の調達課長や金庫番などを務め、今回、ナマズ族の一大事業である地下トンネル穴掘り工事の後方支援隊長に抜擢されたのです。

「これから戻ってくるナマズたちの受け入れや手当、周囲の偵察、食料の捜索、前進基地建設の準備をやってもらいたい。基地のアウトラインはすべてお前に任せる。頼むぞ。」

「ハイ!お任せを! してガロン様はもう地下世界の探索に行かれるのですか?」

「いや、コロニーが先だ。ここにいるのはあくまで穴掘り部隊だ。次の任務に必要な連中を連れてこよう。二日みておけ。後は任せたぞ、グリル!」

「はは!」

 ガロンはグリルがいて良かったと思いました。状況不明の中で必要な支援を行いながら、すみやかに活動基盤を構築するという複雑な任務には力自慢の穴掘り隊や勇猛な戦士ではなく、沈着で実務に長けたグリルが適任でした。


 ガロンはたった一人でトンネルを通ってコロニーに向かいました。トンネル内はまだかなりの強さの水流があり、それに逆らってトンネルを進む力がある者は、ガロンの他わずかな者だけです。

… かなり、きついな… でも逆に地下に戻るときは楽だな。猛烈な濁流は収まっているからな。 …非力な学者や民間人でも大丈夫だな。それから、食料や必要な物資も運べるな。…

 ガロンは特に食料を急がなければならないと思っていました。濁流とともに流れ込んだ魚などはわずかしかいないはずです。本当は食料や物資は計画的に運ぶ予定でした。

 ガロンがコロニーに到着すると、トンネルの出口は巨大なすりばち状に数キロに渡ってえぐれていました。そして、すりばちの端には兵士が囲むように配置されていました。

「おー!!ガロン様だー!」「ガロン様が帰ってこられたぞー!」

 報告を聞いて第1作戦参謀のキャリバーが慌ててやってきました。

「ガ!ガロン様!よくぞご無事で!!」

 キャリバーはガロンの幼馴染で、長年他種族との争いにガロンとともに戦ってきた信頼できる軍事参謀です。


「お、キャリか。軍が展開しているのか?」

「はい。コロニーは今、緊急事態です。」

「む?」

「ここの兵は、住民や子供が近づいて吸い込まれないように配置しました。いきなり落盤を起こしたような大きな爆発が起こり、直後に猛烈な水の吸い込みが始まりました。もしやトンネルが貫通したのかもと思いましたが、濁流の中に飛び込んで犠牲を増やすこともできず、水流が収まるのを待ったのでございます。

 穴掘り隊や支援隊の者共はいかがしましたでしょうか? おー! 一番最後に吸い込まれたのが離れた場所で食事の準備をしていた、アーリーン様や女性たちでした。アーリーン様たちはいったいいかがしたでしょうか!?」

「うん。爆発でも落盤でもなく、いきなりだったがトンネルが貫通したんだよ。

 だが、濁流の中でみんな流されてバラバラになってしまった。地下にすごい街ができていて、大きな水路が縦横に走っているのであちこちに流されて自分がどこにいるかさえわからない状況だったんだ。

 まあ、まっすぐな工事がされた水路だったから、水の勢いでぶつかっても傷ついたりしないだろう。まさか大ナマズが溺れたりも無いから、水流が弱まればいずれ戻ってくると思う。」

「地下に大きな街??…ですか おおきな水路… 遺跡か何かで??」

「うん、ガゴーン様が造ってくれた。それからトンネルの入り口に帰ってきた者たちがいたので、アーリーンたちがサンドイッチを作ってくれて、それから昼寝をしたところだ。」

「…守護神のガゴーン様ですか? サンドイッチ? それから昼寝… 工事の件は関わって無かったのでさっぱり私には理解できませんが、心配するほどのことではないということですな。」

「そうだ。説明している暇はないがトンネルは無事貫通したのだ。コロニーの緊急事態と言うことではない。」

「ガロン様、緊急事態と言うのはもう一つございます。」

「む? 外の敵か?」

「はい。トンネルの大量の水の吸い込みによって、サメ族やアリゲーター、大型両生類のサラマンダー達が国境を越えてナマズ領内に流れ込んできたのです。

 それも女子供まで、国境付近はそりゃーもうごちゃごちゃの大混乱!!」

「ム… ムムム」

「サメやアリゲーターは、仲間を守るためにまもなく本格的な軍隊が国境を越えて侵入してくると思います。」

 ガロンにとって、以前から解決すべき悩みの種だったのです。


「戦ってないだろうな。」

「はい。もし争いになれば、悲惨な状況になるのは明らか。まず、各種族の子供たちが混じっております。むしろ子供のおかげで我ら大ナマズとサメとワニなどが三すくみの状態で争いにならずに済んでいます。しかしこのままでは一触即発、いつ血みどろの争いが起こってもおかしくない状態です。」

「お菓子だな。」

「え、オカシ…ですか?」

「そうだ。子供が要(かなめ)だ。そして次にその親。すみやかに大量のお菓子を配るのだ。とにかく恐れず、各種族の所に行きお菓子を配って、子供を喜ばすのだ。」

「わかりました!妙案でございます。さーすがガロン様! 軍人の頭にはとても思いつきませぬ …」

「キャリ!おべんちゃらはいい。それよりその後はわかるだろうな。」

「??」

「料理と飲み物だ。大至急、あるだけの料理や食べ物をふるまえ。そしてジュースやお茶、…酒は少しだ。酒を飲み過ぎると争いの元だ。やつらの軍がやってくる前に流れ込んだ住民を大事に扱っている光景を作れ。いいな!」

「はは!」

「運ぶのは冷静で我慢強く笑顔の者を選べ。サメやワニの中に平気で入っていける豪胆な者が良い。

 毒見の代わりにいっしょに飲み食いを求められるかもしれぬ。酒でトラブるような奴はダメだ。親子の相手は女の方がよいかもしれぬ。」

「すみやかに人選と準備に入ります。して、いつまで続ければよいのでしょうか。」

「水流が弱くなり、子供でもそれぞれの種族のコロニーに帰れるようになるまでだ。後1日くらいの辛抱だ。さあ、急ぐのだ!」


「ガロン様、緊急で時間の無い時こそ、気になる指示はすべて言ってください。」

「む!そうか、確かにそうだな。凶暴で理屈も情も通じないサメ族には最大限の注意が必要だ。ここは屈強で笑顔の兵士を行かせよ。」

「わかりました。」キャリバーが真剣な顔で答えました。キャリバーもサメ族の対応に危険を感じていたのです。


「トンネルの件はどの種にも他言無用だ。突然大穴が開いたと言っておけ。

 ナマズ族も女子供を含めて大勢の者が吸い込まれたと言えば、アリゲーターやサラマンダー達は同情はせずとも少しは気も収まるだろう。

 他人の不幸は蜜の味だ。ついでにガロンも吸い込まれて行方知れずと言っておけば、どの種族も大喜びだ。ナマズ族は今、大変な状況なんです。迷惑をかけて申し訳ないといえる者を選べ。」

「わかりました。」

「キャリ、特に大事な事を言っておくぞ。その内に激しくののしられるようになる。たとえ菓子を食べたとしても激しい恨みつらみを言い始めるからな。」

 ガロンは以前、ワニ族のコロニーに迷い込んで襲われた時の事を思い出していました。女子供までが失った家族の恨みを言い、ガロンを激しく責めました。

「承知の上ですが、このコロニーは堂々と戦って得たものです。正当性は私たちにあります。」 

「そうではない。キャリ。追われた種族は餌不足になったり、急流で子供が流されたり、悲惨な状況が今も続いているのだ。彼らの恨みは我々にはわからぬ。」

「‥‥そうなんですか。わかりました。」

「われらの正当性など言うな。笑顔で我慢できる者を選べというのは、そういう意味だ。」


「ガロン様、敵の軍隊が必ず入って来ます。見えない場所で戦いの準備は進めねばなりません。」

「うむ、その通りだ、キャリバー。ただし、わが軍は敵の軍が現れるまで姿を見せるな。流されて来た者の助けに集中するのだ。そして相手の軍が現れたら、こちらも軍隊を見せて対抗しながら相手と話し合うのだ。時間を稼げ。

 そして、水流が弱くなったらゆっくり住民を連れて帰ってもらうのだ。」

「は、仰せの通りに。しかしわが領内です。敵の軍をいつまでも入れておくと、不測の事態が起こるかもしれません。」

 ガロンは少し考えて、キャリバーに今後の事をすべて話す事にしました。


「キャリ、信頼できるお前だけにこれからの事を話しておく。まず、俺はこれから食料を持って地下世界に戻らねばならぬ。多くの仲間を置いてきたのだ。

 濁流の中、俺は大きな水路の中を数百キロも流された。それ程巨大な水路が縦横に走っていたのだ。ガゴーン様が偉大な力ですでに我々のために巨大な国の器を造っていただいているのだ。」

「そ、そうなんですか… ガゴーン様など本当に存在しておられるのですか…」

「地下世界に食べ物はまだないだろう。しかし速やかに人材を送り込んで、移住の準備に入らねばならない。ナマズ国はこのコロニーから地下世界に移住するのだ。」

「えーー!!!それはまことでございますか!真っ暗な地下へナマズ族全部が移住でござるか!!」

「地下世界は太陽が輝き、温暖で洪水もない素晴らしい所だ。」

「な!何ゆえ地下に太陽が!!」

「キャリ、キャリ、時間がない。お前は周辺国に対する防衛任務に専念していたので、知らせなかったのだ。俺を信じろ!

 地下には魚はまだいないが、でっかい昆虫がたくさん居て運がよければ食えるぞ!」

「こ!昆虫。それもでっかい昆虫!私は大好きでござる。」

「キャリ、だからこれからの話をよく聞け。我々は素晴らしい地下世界に移住して、この裕福なコロニーを各種族に開放するのだ。そしてすべての種族が平和に共存するのだ。」

「…な、なんと…この住み慣れた裕福な土地… 偉大なガロン様の曽祖父ガリバルドン様が切り開いたこの地を、離れるのでございますか…」

「この地を捨てるのではない。開放するのだ。だから残りたい者は残れば良いのだ。キャリ、よく聞け!今、大きな争いはまずいのだ。なんとしても争いは避けよ! コロニー開放の話は、今は絶対秘密なのだ。

 この話で皆を説得することはできない。順番が違うのだ。先に移住して行くのだ。少しずつ地下世界の素晴らしさを民衆に理解してもらい、多くのナマズが移住するようになって、初めてコロニー開放の話は民意を問えるのだ。

 わかるなキャリ。それまでひたすら平和に国を守れ。最後までお前が残って任務を果たすのだ。腹心の部下で、幼い時から信頼してきたお前にしか任せられないのだ。」

「わかりました。理屈を考えるときりがありません。その時間もありません。

 私は軍人としてガロン様が言った言葉だけを信じます。」

「後は、キャリ、こちらの事はすべてお前にすべて任すぞ。俺が他種族の前に顔を出すと争いの元だからな。それから総務担当のピーチを呼んでくれ。ここの隠れた場所でピーチを通して地下に戻る準備をする。頼んだぞ。」

「すべてお任せを!安心して出発されて下さい。」

 短い返事を発してキャリバーはすごいスピードで去っていきました。


「あらー、ガロンちゃん、おひさー、いったいどこ行ってたのー?」

 総務担当の女性ナマズピーチがなんだかシナシナしながらやって来ました。

「むむ、ピーチ、ガロンちゃんと呼ぶのはやめろといったろ。俺は王だぞ。」

「いーじゃないのさー、誰もいないし。それより急いでるんでしょ。指示を出してちょうだい。」

 ピーチも幼馴染ですがガロンより年上で物おじしない性格でした。誰もいない時には未だにガロンに対して上から目線かため口の言葉を使うのです。

 ガロンは実力主義で役職を登用しているので、ピーチはガロンの幼馴染だから重用されているのではなく、あらゆる仕事に能力を発揮しました。そして行政府の中でアーリーンの大事な対面(といめん)の理解者でした。


 半日ほどで、トンネルの入り口からやや離れた岩陰の窪地に、たくさんの物資やナマズたちが集まって来ました。

「急に言って悪いはねー!重要な用事よ!急いで頂戴ー!」

 ピーチの甲高い声が響き渡っていました。

「ミスピーチ、いったいどこに向かうのですか?」

 学者や役人がピーチに聞いてきました。

「命がけであそこのトンネル通って、恐ろしい地下世界に行くのよ!言った通り家族に別れは告げて来たんでしょうね!」

「えー!!」「そ!そんないきなり!」「トンネルは無理です。」「暗黒世界も無理です!」「私たちは役人で、軍人じゃないんです。」「ひえー!」

「うるさいわね、全く!ガロン様の命令よ!」

 ピーチは動揺する学者たちの上からみんなに大きな声で叫びました。

「さあ、すぐに出発よー!!準備にかかれー!天にしっかり命乞いするのよー!!」 ヒエー…

 遠くから、てきぱきとした準備状況を感心して見ていたガロンの元にピーチが猛スピードで泳いで来ました。

「こんなとこよ。ガロンちゃん。十分じゃないけど、300人は集めたわ。

 時間が無いでしょ。出発するわよ。」

「え!さすが仕事が速いけど、ピーチは残ってくれよ。こっちで任せることができる人材が必要なんだよ。」

「なに言ってるのよ。そんな楽しそうなところ、行かない手はないわ。

 それに日常のガロンちゃんの指示の半分以上はアーリーンちゃんが出しているのよ。ガロンちゃんはいきなり言いたいことを言うだけでしょ。

 だからこれからアーリーンちゃんの指示を実行する私がいないと困るわよ。」

「え、そうなのか… 確かにそうかもしれない。」

「今頃わかったあー。だから私と二人だけの時はこれからピーチお姉さんと呼ぶのよ。」

「えー、無理無理!」

 あっという間にピーチは集合した場所に戻り、勝手に命令を出しました。

「さあ、出発よー!!あそこに見えるガロン様に付いていくのよー!」

 …ヒエー…地獄行きなのか


 ガロンは探検部隊の兵士、医者、学者、食料担当、養殖業者、そして役人など約300人の大ナマズたちを引き連れ、多くの食料や物資を携行して再び地下世界に向かいました。

 地下世界の小コロニーでは、グリルが迎えました。

「お帰りなさいませ、ガロン様。あの後、戻ってきたものがかなりいます。総員70名くらいです。食料が底をついたところでした。」

「うむ、ご苦労だったなグリル」

「それから不思議な話がございます。遅く帰って来た者たちは、あちこちで水草の群生や魚の群れを見ただけでなく食ったということです。その者たちは腹がいっぱいで、にっこりゆうゆうと帰ってきました。」

「む、それは本当か。あの濁流に吸い込まれた魚であればは散り散りになるはず、ましてや水草など… いずれにしても水がかなり澄んで見える様になったということだな。」

「あらー!グルリンちゃーん!元気―!! トンネル工事の後方支援をやっていたのに、自分が、地下世界に一番乗りなんて、ずるいわねえ、ギロギロ♪」

「ややや!ピーチさん!わ!わざとじゃありません!それに私の名前はグルリンじゃなくてグリルです。あなたこそ、監査業務の真っ最中なのに!こちらに来るなんて?」

「オーホホホ!いーのよ、そんな業務は向こうの石頭がやればいいの!こっちの方が断然楽しそうだわ。よろしくぴー、さぼっちゃだめよ!」

「ハハア…」

 学者や探検隊の連中は、次々に水上に上がり景色を見ていました。

「あ…青空だ。」「岸辺には草が見えるぞ。」「赤い太陽だ…」すごい… 


 ガロンはトンネルの出口付近にグリルが作った前進基地(穴ですけど)を起点に偵察・探索活動を始めました。大ナマズたちは水中の魚ですから、上空から全体を見ることができないのです。少しずつ探検をしながら深さや形を理解していきました。

 やがて情報を集約すると放射状の巨大な水路になっているらしい事がわかりました。そして直線の水路が集まっている先に巨大な湖を発見しました。

 その湖から12本の大きな直線の水路が広がっているところを確認して、この湖がたぶん全体の中心だと判断しました。

 湖面に顔を出すと真ん中に島があり大きな建物がそびえていました。

「でっかい建物だ。」「なにかの顔みたいだな。」「すでに誰か住んでいるんじゃないか?」「そうだよな。」「他の場所でもたくさんの建物を見たものがいる。」

「きっとここは噂に聞いた暗黒魔界の不死族の街だぜ」

「不死族ってシティで見たことあるけど、骸骨なんだぜ。」「ゲー気味悪いな。」


 ガロンは今度はこの湖を起点に偵察活動を行いながら、ここに小さなコロニーを建設しました。と言っても、湖底に穴をたくさん掘っただけですが。

 やはり驚くのような偵察結果が次々にもたらされました。あちこちにすでに水草が繁茂して魚が泳いでいるということです。

 … そう言えば、水路に水が満たされる時間が随分早かった。濁流が澄んだ水になる時間も早かった。

 …もしや、ガゴーン様がすでに水を入れていたのではないだろうか。一番心配だったサメやアリゲーターを地底トンネルに吸い込む前に不思議な事に水の吸い込みは止まった。

 魚の繁殖地まで用意してくれて、ガゴーン様、本当にありがとうございます。ガロンは一人、心の中でお礼を言うのでした。 …フンフン… え?


 ガロンは全員を集めて、ここは偉大な守護神ガゴーンが大ナマズ族のために創った国の器であることを説明しました。オー!!と歓声があがりました。

 チッゴリバーの濁流とともにやってきた魚とあちらこちらで発見した繁殖地の魚で飢えをしのぎながら、ナマズ達はとても高揚した気持ちで探索を続けました。繁殖地の情報は確実に集約して、腹が減っていても食べ尽くさないように厳しく統制されました。


 水流はほとんど弱くなり、2週間に一度、屈強な者が選ばれて、チッゴリバーの大ナマズコロニーに帰って物資や食料を調達運搬しました。

「ガロン様、キャリバー様からの伝言です。ワニ族やサラマンダーは浅瀬のある自分たちのコロニーにほとんど帰ったとのこと。呼吸するには深いナマズコロニーは不便な事が理由とのことでした。時々餌を求めて入ってくることを、キャリバー様が許したそうです。

 ナマズ族が全く戦わず弱腰なのを見たサメ族は帰ろうとはせず、支配地域に居座るだけでなく、対峙している軍を徐々に押して範囲を広げているとのことでした。きっとガロン様が死んだという噂を信じているようだとのこと。」

「わかった。」

 … 頼むぞ、キャリ。戦うなと言われてナマズ軍も反発しているだろう。お前の力で馬鹿なサメだけでなく自軍も抑えて、開放共存の土台を築いてくれ。

 ワニやサラマンダーに餌場を開放するとは、共存の第一歩だ。素晴らしいお前は英雄だ。

 お前だけだ頼りだ。頼む… ガロンは伝令に伝言を渡せない内容を心の中で祈りました。


 地下世界を探検しながら、多くのナマズたちがうわさに聞いた通り水辺を求めてやって来るたくさんの昆虫をジャンプして食べたりしました。

 お腹も空いてるので美味しいのなんのって …


 チッゴ・リバーとガロン湖を結ぶ巨大な水中トンネルは200kmほどです。

 大ナマズたちはすごいスピードで泳ぐことができるので1日ほどで地下世界とチッゴリバーのコロニーを往復することができるようになりました。

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