第10話 やって来た川の主どん兵衛とレイバーピープル
トンネルが貫通して数ヶ月が過ぎて、まだ建物の入り方さえわからなかったので、ガロンはアーリーンと湖から顔を出して美しい建物を眺めていました。
「きれいだなあ… よく見るとナマズの顔みたいでとっても面白いデザインなんだね。
…ガゴーン様はすごいなあ。僕たちが必死で穴掘りをしている頃、あっという間にこの国、巨大な湖や水路、あちこちにある建物を造ったんだ。それも僕たちナマズ族のために…」
「はい。とても信じられません。」アーリーンがニッコリ返事をしました。
実はアーリーンは今目の前に建っている巨大な建物が、自分が思い描いていた宮殿のデザインにとても似ているのに驚いていました。
でも決して口に出しませんでした。ガロンがあまりデザインのセンスが無かったので、言うと傷つくからです。
「ガゴーン様はちっごランド全体を守るための存在で一種族の些細な事なんかには関心が無いと聞いていたのに、何故なんだろう?」
「偉大ですべてを見透すガゴーン様が、なにかナマズ族に期待しているかも知れませんね。
…きっとナマズ王ガロン様になにかを期待しているのです、ふふふ」
アーリーンが微笑みながら言った鋭い言葉がまたガロンに何かを気付かせました。
「ム… アーリーン、君の言う通りかも知れない。ただトンネルを掘らせるためだけでなく、ガゴーン様は僕たちに何かの使命を与えたのかもしれない。
… ガゴーン様は突然、僕たちナマズ族のためだけにこのような立派な国を造ってくれた。… いくら感謝しても感謝しきれません。ありがとうございます。
ガゴーン様 いつかその使命に気付き、その使命を必ず果たします。」
ガロンとアーリーンが宮殿になる建物を眺(なが)めていると、ふと建物の地上の門の前で動くものが見えました。
地下世界に大きな動物はいないと聞いていたのに、と思いながらガロンたちは水中から建物に近づいて行きました。
そしてゴボゴボっとガロンが水面に顔を出すと…
「ど!どん兵衛様、どん兵衛様ではありませんか!なんでこんなところに!??」
建物の前の草地の上でテーブルと椅子を並べて川の主のどん兵衛爺さんとレイバーピープルがのんびり紅茶を飲んでいました。
「やあやあ、お久しー!ガロンちゃんと優等生のアーちゃん!ところで僕を呼ぶ時はどんちゃんでいいよ。」
「そ!そんな失礼な呼び方は私には言えません、どん兵衛様」
ガロンが真剣に答えるので、どん兵衛は大笑いして今度はアーリーンに言いました。
「はははは、君の素敵なご主人はあいかわらず真面目だね。」
アーリーンはニッコリ微笑んで「はい」とだけ答えました。そして頬(ほお)が少し赤くなりました。どん兵衛の言った意味が少し意味深に聞こえたのです。
ザザーっとガロン達は水から上がって勧められた椅子に座りました。
大きなテーブルを囲んで、10mくらいの甲殻類のどん兵衛と2mのレイバーピープル、30mの大ナマズが2匹の不思議なお茶会が突然始まりました。
「どうぞ」そう言って、レイバーピープルがティーカップに紅茶を入れて出しました。
「ドン兵衛様、今日は視察に見えられたのですか?」
「オッホッホッ視察とかそんな偉そうな話じゃないよ。まずはトンネルが貫通したお祝いを言いに来たのさ。… おめでとう♪みんなよく頑張ったね。この地はガロンちゃんの夢だったからね。」
「ありがとうございます。皆様のおかげで ……」
少し下を向いてガロンは沈黙しました。そして日頃、涙なんか見せたことが無いガロンの目から少し涙が流れました。
アーリーンはそっとガロンの背に手を添えました。
「もうすぐナマズ達の大群がこの地下湖にやってくるはずだから、今日はこの国全体の設計図やそれから建物の出入りの仕方などいろいろ説明に来たのさ。
こちらはガゴンちゃんの指示で水路や建物の工事を担当指揮したレイバーピープルのジョンジョン君だよ。」
「ジョンジョンです。実際の水をたたえたナマズ王国を見たのは今日が初めてです。水路や池の巨大な穴だけだったので。
いやー、自分で言うのもなんですがなんと広大で、美しい!
ここに王国を築くガロン様がとてもうらやましいです。」
「あなたが高名な建築家のジョンジョン様、このような国を造っていただいて心からお礼を申し上げます。」
「高名だなんて、ハハハハ、お恥ずかしい。私達レイバーピープルは働くことを使命に“生命の樹”が創ったのです。
だから我々は働いてばっかり♪ハハハハ
皆さんはわれわれが収穫した食べ物を食べて、我々が造った街で生活し、そして遊ぶ!毎日毎日楽しそうに!その間、われわれは別のところでずーーーっと働く、ハハハハハ!♪」
ガロンはジョンジョンが楽しそうにしゃべる内容を聞いて、この世界はレイバーピープルが支えていることに改めて気づきました。
そして、ついにそのレイバーピープルがナマズ族のところにやって来て、新たな国の器を創ってくれたのです。
ガロンは今起こっていることが、自分一人の夢だけではない何か大きな力が働いているような気がしました。
ジョンジョンが話を続けました。
「労働と収穫は私たちの生まれ持った価値観です。そして建築土木は農業とともに我々の仕事の2本柱なのです。
今回の地下都市建設は過去2000年くらいの中で一番楽しかったです。
なんせ土地は使い放題、アーティステックな全体の設計、美しい自然の中に創るのはいくつもの湖や水路、そして奇抜でオリジナリティあふれるデザインの建物!このナマズの顔の建物は、ナマズ王ガロン様へのプレゼント、王国の宮殿です。
そしてこの周りの景色を見て下さい! オウ!ビューティフル!!!ハハハハ!」
小さなジョンジョンは思わず立ち上がって両手を広げました。
「皆さんはいいなあ。ぼくも20m位あったら遠くの景色まで見えるのに・・」
ジョンジョンは2m位しかないので、座っても10m~30mの3人と宮殿の建物に囲まれて立ち上がってもあまり周囲を見渡せませんでした。
「ということで、最初は建物の出入りの仕方から説明しましょう。」
最初にジョンジョンは建物の大きな断面図をテーブルに広げました。
「中が水に満たされた建物と言うのは私たちレイバーピープルも初めて造りました。まず、外の景色が見えないと単なるつまらない水を入れた箱になるために、窓を透明の強化ガラスというものでふさぎました。
それから出入りは水中の地下からになりますけど、扉は2重です。まず水中から入って第1扉を閉めます。
それから完全に密閉された事を確認して階段を登り第2扉を開けて建物の中に入ります。特に第1扉は確実に閉めて下さい。
多くの建物の最上階のテラスはプール形式で上空に開放されています。だから地下の扉がふたつとも開いていると水が流れ出てしまうのです。
一応緊急時のために各建物には手動ポンプが付いています。ナマズ族の皆さんは力持ちですから、建物の水が抜けた時には下の扉を閉めて、このポンプで頑張って下さい。ホースは屋上テラスにつながっています。ここからジャバジャバ水を入れて下さい。
何故、完全密閉にしないかと言うと、建物の修理や改築などの時にはとりあえず私たちレイバーピープルが呼ばれますから、中の水を完全に抜いて工事を行います。
いつかナマズ族の皆さんが勉強して水中工事のやり方を開発したら、皆さんが工事をして下さい。それまでは私たちの仕事ですね。
それから … 」
ジョンジョンの説明といろいろな質疑が一段落してしばしの談笑が始まりました。
ガロンはこの前から疑問に思っていることをどん兵衛にたずねました。
「どん兵衛様、実は疑問に思っていることがございます。
ガゴーン様はこのちっごランド全体を守るための偉大な存在。単なる川の魚、ナマズ族のためになぜここまでやっていただけるのでしょうか?
ちっごランドの危機でもなんでもないのです。この王国など奇跡としかいいようがない。トンネルが初めて貫通して私たち一族が地下世界に出た時、すでにここにはこのような素晴らしい王国が出来上がっていたのです。」
ジョンジョンが今度はテーブルに王国全体の地図を広げました。
おおー…、まあ… 思わずガロンとアーリーンは小さく叫びました。
どん兵衛は楽しそうにテーブル上に広げられた王国全体の設計図の中央あたりを指さしました。
「ここが何かわかるかい?」
アーリーンがニッコリして言いました。
「どん兵衛様、どん兵衛様のハサミが大きすぎてよく見えませんが???」
「はて??」どん兵衛があわててハサミをひっこめました。
「フフフ。ここですか?」
今度はアーリーンが少し楽しそうにどん兵衛が指したあたりの建物の図を指しました。
「ほっほっほっさすがアーちゃん、そこそこ、そこはなんだと思うかね?」
「 …宮殿の近くなので、食糧庁? 皆さんの宿舎ですね。きっと♪」
「軍の司令部、参謀本部ですか?それとも兵舎?」ガロンも言いました。
「ほっほっほ!結局、何に使ってもいいんだけどね。逆に何に使ってもいい建物だったら何に使いたいかい、アーちゃん、どうだい?」
「あら、どん兵衛先生 …何でもいいんですか??
単なる私の希望を言えば、ずーっと考えていたのは“学校”それも小学校♪ …いつも子供たちの元気でかわいい顔が見たいです。フフフ」
「ガゴーンの希望はそれさ。わかったかい、ガロンちゃん?」
「え!学校を造るんですか??ナマズの子供の学校??」
「ガゴーンはナマズ族の持っている才能を見透しているんだよ。ナマズ族は今後、勉強をして発展するんだ。そしてチッゴリバーに全体に安定をもたらすんだ。
それはアリゲーターやサメ族、古代両生類じゃないんだよ。」
「ナマズ族がそんな偉大な使命を …」
「そうだよ、ガロンちゃん。ナマズ王の君の使命だよ。だからさっきの建物はチッゴリバーの未来を担うため、多くのナマズ族の子供たちが学ぶ学校なのさ。」
「…」ガロンは最初ニコニコ楽しそうなアーリーンを見て、それからだまってジッとどん兵衛を見つめました。
どん兵衛が話を続けました。
「地上世界と違って、水中世界は古代から全然変わってないんだよ。大ナマズ族みたいに一部の種族は言葉を喋り、時々地上に上がってシティで遊んだりしているけどね。そのナマズ族にしても未だに泥の中で暮らしているだろ。
多くの水中種族は単に好きに生きているだけなんだ。時が止まったようにね。
本当はいろいろな問題があっても誰も関心が無いのさ。」
「私もそう思います!」ガロンが突然興奮して言いました。
「そうですね。本当はいろいろな問題があるのに知らん顔 …」
アーリーンも珍しく小さな声で答えました。
「それからもっと大きく考えた時に、辺境の地ではなくちっごランド中をあちこち流れる各河川の中が意外な弱点なんだ。悪者が水中世界を制圧したり、侵入者が異次元から水中にやってきたら、たちまち河川や海を使ってちっごランド中に悪がはびこってしまうのさ。
地上に住んでいる種族は水中が苦手だろ。ガゴーンの力は無限なほど強大だけれも、自分一人であっちこっちにいる水中の敵と戦うのは面倒くさいんだよ。
だからガゴーンはいつか水中世界にも高度な文明を持った種族が現れないかと、ずーっとずーっと待っていたんだ。
はるかな太古の昔からね。そしてようやく現れたんだよ。」
「 … ガゴーン様がずーっと待っていたんですか。単なる私やナマズ族の夢だと思っていた事が、ガゴーン様の期待する事でもあったんですね。
だからガゴーン様が助けてくれているんですね。…ああ、なんということだ。」
「ほっほっほっ」「ハハハハ」
来訪者たちは楽しそうに笑い、ガロンは身が引き締まる思いでした。
そしてアーリーンはうれしそうにガロンを見ていました。
…やっぱり偉大なナマズ王、ガロン様
「そろそろ帰ろうか。」
「そうですね。思わず長居しましたね。」ジョンジョンが答えました。
「ガロンちゃん、引き続き頑張ってね。まだまだこれからだからね。ほっほっほ、優等生のアーちゃんも、ガロンちゃんをしっかり支えてね。」
そう言うとどん兵衛はガバーっと椅子から立ち上がり、ピンク色の大きなハサミで空中に大きな円を描きました。
すると空間が切られたように白い光の輪となりました。
「ほんじゃ、バイバイ」「いつでも御呼びを♪さよなら御免でござる。」
ポイポイとイスやテーブルを投げ入れて、あっという間にどん兵衛たちは光の輪の中に入って消えてしまいました。
やがて多くの大ナマズの家族がチッゴリバーのコロニーから地下世界に移住してきました。
最初入り方すらわからなかったあちらこちらの立派な建物も、地下の水中入り口から出入りして、建物の部屋の強化ガラスの窓から地上の生き物と同じように遠くの景色を楽しむようになりました。
そして水底の穴の中もくつろげるけど、透明な水で満たされた建物の中でくらすのもなかなか快適だと思うようになりました。
その後、コロニーの中の川上側にもう一本の小さめの水中トンネルが掘られました。そのトンネルからきれいな水がガロン湖に流れ込み、最初に掘った大きなトンネルから水が排出される流れが出来上がりました。
これによりガロン湖を通してナマズ王国の水は継続的に緩い流れの中で浄化されました。
川上側の新しいトンネルは洪水の大規模な流入を防ぐために小さい径で掘られましたが、早い水流がガロン湖に向かっていて泳ぐのがとても楽なので、多くのナマズが小さいトンネルでガロン湖に向かい大きなトンネルでゆっくりコロニーに向かいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます