第6話 夢に向かうトンネル
それからまたガロンは一人で秘密の現地視察に出かけるようになりました。
そしてコロニーの最も深い光もあまり届かない川底で地下に向かってひたすら穴を掘り始めました。
アーリーンは楽しそうにガロンのために弁当を作って持っていきました。
秘密だと言ったのにアーリーンがやって来たのでガロンはとても驚いて、少し怒っていいました。
「アーリーン、だめじゃないか。秘密って言ったのに。」
「あら、フフフ。今度はもうここがばれていますよ。みんな見ていますから、ガロン様がどちらに向かっているか。だって前回と違ってまっすぐ川底の深みに向かってますもの。」
「え!そうなのか!…ばれているのか。 …当たり前だよな。」
「はい、フフフフ。ガロン様はまっしぐらですから。私は皆さんに聞きながらここにやって来ましたもの。
でも何のためのトンネルか誰もわかりません。それに誰も何にも言いませんよ。ガロン様はボス、ナマズ王ですから。」
…
それから10年の年月が過ぎました。
ガロンの穴掘りはとても困難を極めました。まっすぐ掘り進むということが難しいのです。
何年もかかってようやく地下世界に出たと思ったら、同じチッゴ・リバーの100kmも離れた場所だったり、豊穣大地の中だったり。
「お!ついに出たぞ!水もあるぞ! でもなんだか見慣れた光景だな。コロニーの中じゃないか!!…」
「今度は陸地だ!成功だ!…やあ、レイバーピープルさん、ここは地下世界ですか?え!豊穣大地…そ、そうなんですか。」
重力逆転層で上下がはっきりわからなくなり、いつのまにか大きくカーブを描いて掘り進んでしまうのです。
…
「アーリーン、どうしても話に聞いた重力逆転層を通過できないんだ。
下に下に進んで重力逆転層を通過したら上に上に進むと聞いていたんだけど、いつの間にか大きくカーブして、上に進むと元に戻ってしまうんだ。」
「兵士の皆さんに並んでもらって、まっすぐを確認しながら進んだらいかがですか?」
「どこに向かっているか全然わからない事に大事な兵は使えないよ。それは作戦といえない。」
「じゃあ私が光るコケや生き物をたくさん集めますから、それを確認しながらまっすぐ進んでください。」
「んん…そうだね。躊躇している場合じゃないな。やってみようか。」
それからはガロンがまっしぐらに穴を掘り続けながら、後ろを振り向くともうもうとした土煙の中で30mおき位に天井に明かりが点々とつながって見えました。
アーリーンは子供たちに頼んで、光るコケや生き物を集めてきてもらいました。お礼にお小遣いをあげながら。
そして、光る苔や水草をトンネルの天井に植えていき、そこに小さな微生物や虫を付着して、さらにそれを食べる夜光虫や小魚を放して、最後にひょろひょろとした深海の光る魚たちを誘導しました。
食物連鎖がある方がこの生きているランプが長持ちするからです。
水中トンネルの中の二人だけの作業は公務の合間にさらに10年間も行われました。そしてトンネルの中のぼんやり明るい生きたランプの下で、仲良く昼食や夕食を食べることが大きな楽しみになりました。
ある日、ガロンは直線的に掘っていることを確認しながら、突然上下の逆転を感じました。何度も後ろを見てどこまでも続くアーリーンが作った天井の明かりを確認しました。そして自分が突然上に向かっていることを認識したのです。
ガロンは叫びました。
「アーリーン!!僕は上に向かっているぞ!!重力逆転層を通過したぞ!」
「ガロン様!!おめでとうございます!!」
もうもうとした土煙の遠くでアーリーンの声がしました。
そしてもう一度「ガロン様、…本当におめでとうございます。」と小さな声でアーリーンが言いました。目から涙が出て、水中に消えて行きました。
ガロンは感傷にふけることもなく、また前(上)に向かってトンネルを掘り始めました。
20年間掘り続けて、まだトンネルは半分を過ぎたところです。
宮殿の住人や周囲に住んでいる人たちは毎日公務の合間に別々に出ていく二人を見て、てっきり秘密のデートをしてると思っていました。でもアーリーンがとてもいい女性なので悪く言う者は誰もなく、皆ほほえましく思っていました。
「アーリーン様、今日もデートですか?」
ある日、突然にトンネルに向かって泳ぎ始めたアーリーンに向かって中年女性のナマズたちが話しかけました。
「え!こ、こんにちは、皆さん。違いますよ。私は散歩しているのです。」
日頃冷静なアーリーンがあわててすぐばれる嘘をつきました。
どよどよどよと女性たちが水の中で笑いました。
いつかアーリーンを近くで見たいと思っていたナマズの住民たちが次々に集まってきました。
しょうがないのでアーリーンは本当の事を言いました。
「実は、ガロン様は地下世界に行くためのトンネルを掘っているのです。」
「地下世界って、あの暗黒魔界の王子の居城がある怖いところですか?」
「はい。でも暗黒魔界の人たちは悪い人たちではありませんよ。」
「トンネルを掘ったらそこから骸骨兵士が攻めてくるのでは・・・」
「大丈夫ですよ。ガロン様と暗黒魔界の王子様は仲良しなのですよ。」
「え“-!!」
周囲の住民はデートの話を聞きたかったのに、どんどん話がとんでもない方向にいくので、だんだん引いていきました。
「何故、そんな怖いところにトンネルを掘るのですか??」
「地下世界は太陽が輝き、森や草原があって、きれいな花がたくさん咲いているとってもすてきな世界なんですよ。」
「アーちゃん、その話はおかしいべ。地下の暗黒魔界に太陽はないべ。」
アーリーンを小さい頃から知っているおじさんまで来ていました。
「地核が太陽のように輝いて、とっても明るくすてきな世界なんですよ。」
「わたしらは水中の生き物だんべ。地上のきれいな景色っていわれてもなあ。」
「おらたちは暗黒魔界の骸骨兵士の居る世界なんか怖くて行きたくないんじゃがの。ガロン様はトンネルでみんなを連れて行くつもりじゃないじゃろうの??」
住民の皆はだんだん不安そうな顔になって行きました。
アーリーンはガロンが一人で誰にも言わずに穴を掘る理由がわかってきました。
そしてこのままでは良くないと判断して一計を案じました。
アーリーンは思いっきり楽しそうな顔で少し違う話をしました。
「地下世界には、生き物はまだ昆虫やミミズのような虫だけだそうです。ガロン様が暗黒魔界の王子エドワード様から聞いたところによると、そこのコオロギとトンボがとても美味しいそうですよ。フフフ」
「え!ほんとけー!おらはコオロギが大好物だんべ!」
「アーリーン様、そのコオロギやトンボはたくさん飛んでいるんべか??」
「はい!そこには大型のワニ族もサメ族も、陸上の獣もいないので、食べ放題!!♪」
たしかにナマズ族にとって水面に落ちた昆虫はめったに食べられない最高のご馳走なのです。
「地下世界はちっごランドと同じくらいとても広いので、まだ湖や川は見つかってないらしいです。暗黒魔界の骸骨兵士の方たちには必要ないものですから。
でももし湖や川があれば、アリゲーター族やサメ族などの大型の生き物がいないので、いろいろな魚が食べ放題!!♪」
「信じらんねー!!魚がほんとに食べ放題だったら、俺たちもぜひ地下世界に行ってみたいよー!!♪」
「私も皆さんと同じようにコオロギも魚も大好きです。フフフ、だからガロン様はナマズ族が美味しい物を独り占めするためにトンネルを掘っているのです。
もうアリゲーターやサメ族と争わなくても美味しい物が食べ放題!!」
「ヤッホー!!」「すっげー!!」「さすがガロン様だ!!」
食べ物の話にしたら途端に地下世界に行ってみたくなる単純で善良なナマズ族の住民たちでした。
そして半分作り話をしたアーリーンも、おいしい食べ物を期待して地下世界へぜひ行ってみたいと思うのでした。
次の日の朝、ガロンが公務を午前中に終わり、宮殿の出入口からいつも通りトンネル掘りに出かけようとすると、宮殿の前に大勢のナマズの住民が土工具や土袋を持って集まっていました。
「や…やあ、皆さん。今日はどこかへ工事に出かけるんですか??
土木部に言ってくれれば支援を出しますよ。」
「はい!ガロン様、ありがとうございます!私たちも今日からガロン様とともに地下世界に行くお手伝いをします!!」
住民のナマズたちがみんなで声を合わせて言いました。
「え!そ!そうなんですか!…こ、こんなにたくさんの皆さんが…ありがとうございます。これから一致協力して新しい理想のナマズ国建設のために頑張りましょう!!」
ガロンも思わず民衆の指導者としての立場に戻ってしまいました。
「ガロン様とともに!!」「ガロン様とともに!!」
ワアーっと言う歓声が響いて、宮殿の役人や参謀が次々に出てきました。
「ガロン様、これはいかなる出来事??こんな民衆の声援はガロン様の王の戴冠式以来の事」
「ムム…実はその、…長い地下トンネルを掘っているのだが、 その…」
「いやーまずいですな。地下トンネルの件を民衆が本気で信じてしまったのですな。いやー、宮殿の皆は、ガロン様が地下トンネルを掘るふりをしてアーリーン様とデートしているのを知っていて黙っていたのですが。」
「な!なにを言っているんだ。デ!デートなどではないぞ!!」
ドッと参謀や世話係がみんなで笑いました。
「ハハハハ、我々は本当の事を知っておりますぞ。この際、少しトンネルを掘る真似をして民衆をごまかしましょう。はははは。」
「え!そうではない!…ど!どう言えばいいんだ!」
大勢の民衆と宮殿の人々の前でガロンは絶句しました。
そして困ったときのクセで、アーリーンがどこかに居ないかあわてて目で探しました。
その時、アーリーンが宮殿からニッコリ笑いながら遅れて出てきました。
「ガロン様、王たる者はいつでも民衆とともにと常日頃から申されていました。
あの通り大勢の民衆は待っています。どうぞ民衆とともにトンネル掘りに出かけて下さい。フフフ
ガロン様は今までたった一人で困難を乗り越えて基礎となるトンネルを造って来られました。今日からはガロン様が民衆ととも行動する記念すべき日です。
地下トンネルをより広くより深くすることができますよ。フフフ
後の事は、夕刻またお考えになられたらいかがですか?
偉大な王、ガロン様 宮殿の皆さんには私から説明をしておきます。
さあ、民衆とともに。」アーリーンが深々と頭を下げました。
「そ、そうだな、アーリーン。では言ってくるぞ!」
ゆるぎない信念の顔のガロンに戻りました。
「皆の者!!私に続け!」「オー!!!」
ガロンがコロニーの深みに向かってまっしぐらに泳ぎだすと、大勢の民衆が次々に付いて行きました。
見送った参謀達が笑いながら言いました。
「ホッホッホッ!ガロン様もその気でなかなかの演技でございますな。」
「いえ、ガロン様は本気ですよ。本気で巨大な地下トンネルを掘っているんです。フフフ」楽しそうにアーリーンが言いました。
「???そ、それはどういう意味ですか?? アーリーン様」
「ここではなんですから私が皆様にこれから会議室で説明をいたしますわ。
フフフ ご希望の方はお越しくださいね。」
30分後、会議室からは次々に大きな驚きの声が聞こえました。
「えー!!!本気で地下トンネルを掘っているー!!」
「あの怖い地下世界までトンネルを掘ってるのですかー!!!」
「暗黒魔界のエドワードですと!!」「ちっご川の主のどん兵衛爺さんまで!」
「もう20年も掘ってるって??!!」「地下世界が本当は素敵な世界???」
「デ!デートじゃなかったんですか!!アーリーン様!!」
最後に参謀長がもう一度アーリーンに念押しで尋ねました。
「そ、その話はすべて真実でござるか!アーリーン殿」
「ハイ!♪これからはよろしくお願いします。フフ」「えー!!!!」
夕刻、ガロンが疲れて帰ってきました。
「ただいまー…はあ、ハチャメチャで大変だった。とても疲れたよ。
ところでアーリーン、今日は来なかったね。」
「はい、すみません。王宮や司令部の皆さんに地下トンネルの本当の目的について説明していました。皆さんとても驚いていましたけど、今後は全力でガロン様の地下トンネルを完成させたいそうです。フフフ」
「皆が突然今日地下トンネルの事を知っていたよ。アーリーン、君が皆にしゃべったんだろ。」
「ハイ、申し訳ありません。ガロン様と私が毎日デートに出かけていると思われれたんです。でも、そろそろ皆さんが知るべきだと思いました。」
「デートでもいいじゃないか。僕はアーリーンと毎日いっしょにトンネルを掘ったり、昼食を食べたり、とても楽しかったよ。」
「まあ、それはありがとうございます、フフフ。でもそろそろトンネルが完成した後の街のデザインを考えて、どん兵衛教授にお願いする時期ですね。」
「そ、そうか。」
相変わらずニッコリとしながらさらりと話題を変えるアーリーンでした。
そしてガロンは楽しい思い出だった二人だけのトンネル掘りが突然終わってしまいがっかりしました。
「ふうー…」ガロンはソファーに座って、アーリーンから出された20個ほどのキャベツをポリポリ食べました。
少し気落ちして、今日の疲れもドッと出ました。そしてしばらくジッと休みながらアーリーンが言ったことを少し考えていました。
「アーリーン、確かに君の言う通り今日からたくさんの民衆がトンネル掘りを手伝ってくれることになったね。」
「はい、後3年もしない内に地下世界に貫通するかもしれません。とっても楽しみですね。フフフ」
「本当は二人だけでトンネルを最後まで掘るつもりでいたんだ。」
「あらガロン様、二人ではありません。トンネルはガロン様がお一人で掘ったものです。ガロン様はナマズ王ですもの。それに私の手伝いなど今日の民衆にとってはどうでもよい事。フフフ」
「…僕はまた自分だけの世界に閉じこもっていたようだ。アーリーン、いつもそれを気付かせてくれるのは君だね。」
「…」微笑みながら何も答えずアーリーンは黙っていました。
「明日は国軍も参加させよう。民衆の協力はありがたいが、ナマズ国として使うには巨大トンネルにしなければならない。アーリーン、夕食後に作戦会議を開くから主要な参謀と閣僚を集めてくれ。」
「はい。」いつもの厳しいガロンに戻りました。そしていつもの様に考えている事をひとつひとつアーリーンにしゃべるのでした。
「建物を建てる前に貯水できる巨大な湖用の窪地が必要だ。」
「ガロン様、もし可能なら窪地はたくさん作って用水路で結べませんか?」
「巨大なものが一つでは少ないのか?」
「はい、巨大な宮殿が中心ではいつも見下ろされて、民衆は息苦しいのです。
地下世界はとても広いと聞いていました。あちらこちらに湖がたくさんあっていろいろなところに行ける方が民衆の皆さんは喜びますわ。フフ
川がどこにあるかもわからないなら、水路をたくさん作りましょう。
街を造るときは最初に全体をデザインすることが重要じゃ、ほほほってどん兵衛教授がおっしゃっていました。フフフ」
「アーリーン、僕は新しい国を造ると言いながら、でっかい宮殿を造ること以外はあまり考えてなかったよ。シティのようにしたいと言いながら、宮殿と湖だけじゃ、住んでる皆はチッゴリバーと同じと思うだろうね。
アーリーン、本当はもっと考えていることを喋っておくれ。」
「はい、たくさんの水草と養殖業者を連れて行きましょう。」
「え、養殖業者??」
「人工的に造った湖にはトンネルを通ってチッゴリバーの水が流れ込むと思います。でも流れてくる魚はとても少ないのでは皆はがっかりすると思いますわ。
皆さんには美味しい昆虫や魚が食べ放題ですって言ってしまいましたもの、フフフ。」
「え!そうなのか?…だから、単なる穴掘りをあんなに楽しみにしているのか。 …それはそうだよな。地下世界と言っても、新しい街を造ろうと思っているのは僕だけだからな。…みんなは昆虫を食べたいだけなのか。」
「はい、私も地下世界の珍しい食べ物がとても楽しみです。フフフ」
「たしか、昆虫がたくさんいるってエドワードさんが言っていたな。
よし!水鉄砲をたくさん持っていこう。それで昆虫を撃ち落とすんだ!」
「はい!皆さん大喜び!その間に魚やエビを養殖しましょう。」
ガロンとアーリーンは楽しくいろいろな話をしました。
「ガロン様、実はお願いがあるのです。」
最後にアーリーンが珍しく真面目な顔でガロンに言いました。
「私は女性なので、ナマズ族が戦いに勝つことがとても誇らしく思うと同時にナマズ族に先祖代々生活していた場所を追われたアリゲーター族や周辺のいろいろな部族をとてもかわいそうに思うのです。」
「… 」ガロンは黙って聞いていました。
ガロンはあらゆる戦いに勝利してきましたが、実はこの前の襲撃で自分が深手を負わされた時の周囲の部族、特に女性や子供までやって来て浴びせられた言葉が気になっていたのです。
だからアーリーンが言ったことをあえてさえぎりませんでした。
アーリーンは続けて言いました。
「もし、地下世界にこのコロニーよりとても暮らしやすい楽しい国ができたなら、きっと多くのナマズ族の住人は地下世界に移住するでしょう。」
「そうだね。」
「そうしたら、偉大なガロン様の曽祖父が造られたこの素晴らしいコロニーも住む人がとても少なくなります。」
「うん、その通りだ。」
「そうなったら、コロニーの支配を無くして、周囲の部族もみんなこの暮らしやすい広大なエリアに住めるように、宣言していただけませんか?」
「…」
「素晴らしい地下世界の国を造ると同時に、このコロニーの場所がどの部族も仲良く平和に暮らせる地域にしていただきたいのです。」
「…アーリーン、わかったよ。もしかしたらそれが国の安全と本当の繁栄につながるかも知れない。その通り進むように努力してみよう。」
「ありがとうございます。偉大な王、ガロン様」
…君の心こそナマズ国の宝だよ。 ガロンは心の中で思いました。
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