第5話 ムーン・ライト・ディナー

「アーリーン、気晴らしに今夜、シティに食事でも行こう♪。」

「え!今夜の食事はもう準備中ですよ。食材が来てますから。すっぽかすと係の皆ががっかりします。今度の満月の日はいかがですか?」

「アーリーンがそう言うなら、でもなんで満月の日がいいんだい?」

「ウフフ、素敵ですもの。満月の月明りで食事なんて。」


 ガロンはもう単独視察に行くこともなく毎日たんたんと日課をこなしました。

 そして満月の日になりました。

 ガロンは実は数日前からワクワクしていました。

 シティで食事をするのも久しぶりですし、何よりアーリーンと二人っきりでくつろぎたかったのです。

「今夜はスタジアム・レストランの“ムーン・ライト”を予約しておきました。

 ここはスタジアムの照明塔を全部消して、月明りで食事ができるんですよ。

 だから満月の日が一番人気なのです。」

「お、そうなの。すてきだね。」

 ガロンは青いタキシードをアーリーンに着せてもらいました。

 それからボスの証(あかし)大きなエメラルドを襟に付けました。

「しばらくお待ち下さい。準備してきます。」

 …


 しばらくしてアーリーンが水色のきれいなドレスを着て入って来ました。

 手にはハンドバッグではなく書類入れのカバンを持っています。

 あくまで随行という感じのアーリーンでした。

「ガロン様、準備ができました。皆さんもお待ちかねですよ。」

「お…アーリーン、きれいだね。じゃあ」

「まあ、フフフ、ありがとうございます。お供します。」

 アーリーンてなんて真面目なんだ。んん。皆さん??

 そんなに見送りなんかいらないのにと思いながらガロンは少しわくわくしてドアを出ました。

 宮殿広場にはたくさんの着飾ったナマズ達が集まっていました。

 そして口ぐちに言いました。

「ガロン様、今日はありがとうございます。」

「お、そうか…」

 どう見ても、みんなでどこかへ出かける風です。

 ガロンはそっとアーリーンに訪ねました。

「アーリーン、みんな着飾って僕にお礼を言っているけど…??」

「あら今日は外で宮殿勤務の皆様とお食事ですよ。ガロン様がおっしゃりました、フフ♪

 ムーンライト・スタジアムでのお食事を皆さんとっても楽しみにしていますよ。それからこの話を参謀の皆さんにしたら、皆さん行きたいって言われて、だから今日はこんなにたくさん。ありがとうございます。フフフ」

「そ、…そうなんだ。」

 よく見ると、食事や世話係だけでなく、司令部の参謀たちもカップルや家族まで連れて集まっていました。

「ありがとうございます。我々の家族まで呼んでいただいて、こんな事は今までなかったことです。なにやらガロン様が一人でたびたび出かけて、あの人気のスタジアム・レストラン“ムーン・ライト”まで押さえていただいたそうで。

 なんというありがたいこと。参謀のみんなも感謝感激雨あられです。ガハハハ」「ガロン様ありがとうございます。」「今宵は家族とゆっくり楽しませていただきます。」…

「ま、まあ、日頃の疲れをとって、ディナーを楽しもう。ハハハハ」

 みんなから喜ばれて、ガロンはただにっこり笑うばかりでした。


 チッゴリバーから陸に上がってポタポタと水を流しながら、みんなでスタジアム・レストラン“ムーン・ライト”に歩いて行きました。

「ガロン様、今夜はお客様をご招待していますわ。」

「え!二人席で食事じゃなかったのかい?」 

「いえ、外で食事と言われましたもの、フフフ。せっかくの外食です。ガロン様にとって、とっても大事なゲストを招待していますよ。」

 仕事のいろいろなスケジュール調整の中で誰と会うとかは確かにアーリーンに任せっきりでしたから、ガロンは子供のように拗ねるわけにはいかなくなりました。

「はぁ… アーリーン、こんな時までいろいろとありがとう。

 本当は少しゆっくりアーリーンと食事をしたかったんだけど、ハア…

 それでお客様はいったい誰なんだい?? …はあ」

「だめですよ。元気を出して下さい。お客様は川の主の“どん兵衛”教授です。

 満月の日が教授の大学の特別授業の日だったから、一緒に食事をお願いしました。何でも知っている有名な教授です。いいアドバイスがいただけるかも知れませんね。フフフ」

 どん兵衛はチッゴリバーの上流に住む有名な甲殻類の爺ちゃんでした。最初は小さなエビだったのですが、数千年も経つうちに立派なハサミを持ち10m以上のピンク色の大きなエビガニになりました。そしてチッゴリバーや周辺に住む住人たちの相談を受けていろいろなアドバイスをしたりいっしょに解決をしてあげたりしているうちに“川の主”のどん兵衛爺ちゃんとして尊敬されるようになったのです。ちなみに数千年というのはちっごランドでは全然若くて爺ちゃんではないのですが、口の周りや眉毛が白髪の立派な髭でいかにも爺ちゃん風なのでみんなからそう呼ばれるようになりました。


「そ、そうなんだ。… だから満月の日だったんだね。アーリーン、ありがとう。」

 満月の夜に二人だけの素敵な食事を期待していたガロンは、ますます元気がなくなりました。

「だから大事な日の大事なお客様です。本当に元気を出して下さい。♪」

 ニッコリ笑って、あいかわらずしっかり仕事をするアーリーンでした。


 レストランに入ると直径5kmの円形屋外レストランに50mほどのテーブルと大きな椅子がたくさん並んでました。

 中はすでにモンスターやアリゲーター族、大型恐竜たちでいっぱいでしたが、いつものような大騒ぎではなく、月の明かりの中で比較的静かに食事を楽しんでいました。

 そして大ナマズたちのために、50席ほどのテーブルがチャージされていました。

 ここには高さ500mほどの巨大な柱が3本立っていてそれぞれの上に円形の特別席が設けられています。

「ガロン様、こちらです。」

 アーリーンに導かれて長い螺旋(らせん)階段のエスカレーターを登ると、空中に浮いた円形の大きな床の中央に立派なテーブルとイスが四つ、それから豪勢な料理がすでに盛ってありました。

 そしてそこにはすでに“どん兵衛爺さん”と端正な顔立ちのとても大きな人間の男が座っていました。

 アーリーンが教授に挨拶をして、ガロンを紹介しました。

「教授、今日は本当にありがとうございます。こちらがお話をしたナマズ王のガロン様です。」

「やあやあ、どん兵衛です。今日はご招待いただきありがとうございます。

 まあ座りましょう。」

「こちらこそわざわざ来ていただきありがとうございます。ガロンです。

 どん兵衛様のお噂はかねがね伺っていました。大学教授までしているとは、すごいですね。」

「いやいや、はははは、今回は優等生のアーリーンちゃんからとても興味深い話を聞いたのでやってきました。」

「あら、まあ、優等生じゃありませんよ。先生、成績は秘密ですからね、ふふふ。では私は下で故郷の一族が来てますので、ここで遠慮させていただきます。失礼します。」

 そう言うと、アーリーンはにっこり会釈してさっさと螺旋エスカレーターを下りて行きました。

 え!ええー!っとガロンは思いましたが、なにも言えずせっかくアーリーンがセットしてくれたこの宴席はきっと自分のためなんだろうなと自分を納得させました。

 そしてどん兵衛の横にいる15mくらいある男の客人の方に向いて言いました。

「こちらのお方は人間にしては随分大きい方ですね。さぞやどちらかの名士の方ですか?」

「ははははは」男とどん兵衛がいっしょに楽しそうに笑いました。

 どん兵衛が男の紹介を始めました。

「ナマズ王のガロンさん、あなたの話をアーリーンから聞いて、お役にたてるかもしれないと思い来てもらったんだよ。

 こちらは暗黒魔界のプリンス、スカル・エドワード51世だよ。」

「えー!!あの暗黒魔界の王子様ですか! …クルメシティに住んでいるとは聞いていましたが、人間の好青年とはとは知りませんでした。大きいんですね。…驚きです。失礼しました。」

「人間ではないんですがね。たまにこういう格好で遊びに出かけるんです。

 こっちの方が、女の子にもてるんでね。はははは、ガールフレンドのシンシアには言えないジョークですけど。」 

 にっこり笑ったかと思うとボボン!といきなり煙に包まれて、中から赤いローブを着た30m位ある骸骨男が現れました。頭には恐ろしい角が生えていました。

「これが私の本当の姿です。ここは下から見えないので、このままくつろがしてもらいますね。はははは」

 目の前の人間がいきなり怖い骸骨男になったのでさすがのガロンも椅子からずり落ちそうになりました。

「はははは、まずは乾杯しましょう。」どん兵衛が言いました。

「かんぱーい!!」

 そして楽しい宴席が始まりました。どん兵衛爺さんが何故チッゴリバーの主(ぬし)になったのかや人間世界を征服するためにやってきた皇太子エドワードの話など興味深い話ばかりで、ガロンは笑ったり聞き入ってしまいました。

 大ナマズのコロニーではボスとして君臨するガロンもここでは一番若い青年です。

「そうそうところでガロンちゃん、君がナマズ族のために水辺に街を造る話だけどチッゴリバーの近くにはコロニーが作れるような巨大な湖や池はあるにはあるんだが …カッパポンドとか、サラマンダーたちの赤い湖とか、すでにたいがい住人がいるんだよな。」

「やっぱり、ありませんか …」

「そこでこのエドワード君に来てもらったわけなんだよ。」

「???」

「僕の城は地下世界にあるのさ。地下世界は聞いたことがあるかい。」

「はい、あの失礼ですけど、暗黒魔界のプリンスの居城がある地下の暗く怖い世界とうわさで聞いています。」

「ところが全然違うんだな、これが。空には太陽が照って、巨大な植物の森が生い茂って花がたくさん咲いているとてもきれいな世界なんだよ。」

「え!そうなんですか!」

「僕も魔界王の父の命令で人間世界を征服するための基地としてちっごランドに城を作る場所をいろいろ探したんだよ。最初、山奥の秘境を切り開けばいくらでも場所はあったんだ。

 でもそれこそ暗黒の魔界から明るいちっごランドにやって来て、クルメシティやハカタシティで活動と言うか遊んでいるうちに、今さら山奥はなあーって考えるようになったんだ。

 主だった部下たちを連れてきていたんだけど、シティで遊んでいるうちにみんな街が気に入って、今さら山奥だとか秘境だとかの話をすると露骨にがっかりした顔をするんだよ。

 で、どこか良さそうな土地を戦って切り取るしかないかなあ-って父にテレパシーで相談したら、戦争だけは止めてくれって、珍しく暗黒魔界の王である父が言うんだよ。破壊王とか戦争王とか言われて百の民族をこの世から消滅させたのに、あんまり真剣に止めるんで思わず笑ったんだけどね。」

「そ、そうなんですか。」

 暗黒魔界の恐ろしい一族の親子の会話は、恐ろしい内容をけっこう普通に会話していました。

「何故かと言うとちっごランドはガゴーンとエリザベスという強力な兄妹が守っているんだって言うんだよ。どのくらい強いんだい?って聞いたら、暗黒魔界の百万の軍団が攻めてもガゴーン一人で全部ぶっ飛ばすくらいだって言うから、うーん… 考えてもわからないのでとりあえずガゴーンと言う人に会いに行ってみようって思ったんだ。父は驚いたけどね。」

「え、ガゴーン様って会えるんですか。へー…。私達ナマズ族から見たらガゴーン様は雲の上の伝説の人です。小学校の教科書にのってるぐらいですから。」

 エドワードが笑ったように見えましたが、表情が無い骸骨なので全然わかりません。


 ガゴーンとエリザベスの兄妹は生命の樹がちっごランドを守るために生みだした特別の存在と言われています。

 太古の昔、ちっごランドを邪悪な神の軍団が襲った時、まだ少年と少女だった兄妹が邪神を打ち破り、ちっごランドを守りました。

 そしてちっごランドでは創成期の英雄の話としてみんな小学校で学ぶのです。

 その兄妹はその後どうなったかというと、大人になった今でも普通にちっごランドで暮らしています。何十億年も経った今でも。…なんせ特別性なので、特別長生きなんです。


 昔、ちっごランドの生き物たちは、遊ぶことに熱心で努力する種がいませんでした。本来真面目な人間種はとても弱小種族で、まだどこにいるかわからない存在でした。

 普通の種族はどの種も死の恐怖があんまりなく、必死に努力する必要性を感じなかったのです。ただお腹がすいて隣の種とケンカをするくらいです。 …いきあたりばったりだったわけですね。

 ある日、その事に気付いた生命の樹は働くことが大好きな種を生み出しました。レイバーピープル(働き人)と言います。

 そして生命の樹々はガゴーンにお願いをしてレイバーピープル達と広大なチッゴ平原に作物を作る畑の大地、豊穣大地を造りました。

 今では多くのレイバーピープルの勤勉な労働のおかげで、ちっごランド中の食物が豊穣大地でとれる様になり、ガゴーンは労働と収穫を司る神となりました。


 ということで、暗黒魔界の皇太子エドワードがそのガゴーンに会いに豊穣大地に向かった話からですね。

「豊穣大地に行ってみたら、草原のど真ん中に頭や体が角だらけで恐ろしげなでっかい男がたくさんのレイバーピープル(働き人)に囲まれて座っているんだ。ガゴーンさんが皆と食事中だったのさ。近づくだけで何かすごい迫力さ。

 赤茶色のたくましい体で真ん中にでんと座って、ポリポリ5m位の胡瓜(きゅうり)を食べていたよ。言葉なんか発しなくても、周りのレイバーピープルが突然ドヨヨヨって笑うんだよ。そしたらガゴーンさんもニンマリするんだ。

 テレパシーでしゃべっているんだろうけど、だれも言葉を喋らないでいきなり笑うもんだから驚きだよ。

 『ガゴーンさん、初めてお会いします。暗黒魔界のエドワードです。』

 『地下世界だったらいいよ。行けるだろ?』

 って、いきなり教えてくれたのさ。なんにも言わない内にね。すごいね。

 だいたい僕が異次元トンネルを勝手に作って、ちっごランドにやって来ていることもお見通しなんだよ。だから地下世界にも勝手に行けるだろってことらしかったんだ。

 僕も何にも言わずに『ありがとうございます。サンキュー・サー!!』ってにっこり笑ったらガゴーンさんも笑ったんだよ。

 あの兄妹は心が自由に読めるって聞いていたから、最初は警戒心もあったんだけど、まあ心を読まれることが全然防ぎようがないんだから、あきらめて正直に何でも話すしかないんだよなー。って思った瞬間にすでに読まれているからかガゴーンさんがニンマリ笑うんだよ。だから話が速いのなんのって」

「アハハハ♪ほんとほんと、ガゴーンちゃんは話が速すぎて、こっちがしゃべる前にいきなり答えなんだから、こっちの頭がついていけないよ。まあギロッて見ながらこちらの考えるのを待ってくれるけどね。」

 ドン兵衛教授が楽しそうに相槌をうちました。

「その…地下世界はいかがだったんですか?」

 ガロンが一番知りたいことをたずねました。

「薄暗い地獄のような場所かと思ったら全然違っていたんだよ。

 なんと太陽が照って、一日中昼で、こことは違う種類の植物が生い茂って、花がたくさん咲いていて、住んでいるのは大きな昆虫ばかりだったんだ。こことは進化が違うんだと思うけど、しゃべる生き物なんかはいないね。ただ気温は安定していて乾燥した空気がとても過ごしやすいので、城を建てたのさ。今では快適に住んでいるよ。」

「乾燥気味なんですか …でもなんで地下に太陽があるんですか?」

「ん…あれは太陽みたいに見えるけど地核のマグマが見えているんだね。」

「近くのマグマグ???」

「まあ星の中心だよ。あらゆるものが高熱で溶けているんだって、このドン兵衛教授に教わったよ、ははは」

「それは熱くないんですか?」

 ガロンは乾燥や熱に強い関心がありました。ナマズですから日射にも乾燥にも弱いのです。住みにくそうだなあーって思うガロンでしたが、砂漠や荒れ地ではなく植物がたくさん生えている世界だったらなんとか住めないか考えていました。そして昆虫も大ナマズの食料になります。

「真っ赤に燃えているマグマでも本物の太陽と同じくらい天高いところにあるから、暑いわけじゃないよ。まあポカポカちょうどいいね。」

「どうやったらそこに行けるのですか」

「最初はやっぱり異次元トンネルで行くのがてっとりばやいね。ガロン君はナマズの王だろ。まず君が行ってみればいいじゃないか。」

「え!私は異次元のなんとかで行くことなんかできません。」

「ふーん、空は飛べるのかい?」

「え!飛べません。…」

「じゃあ、変身は??」

「私は単なるナマズなので、そんな夢のような能力は持ってません。」

「ふーん。そっか… 超能力の素質があれば、異次元トンネルの作り方を教えてあげてもいいんだけどね。」

「あ、ありがとうございます。でも私には無理だと思います。」

「はははは」聞いていたドン兵衛爺さんが笑いながら説明をしてくれました。

「最初、このエドワード君が異次元トンネルのでかいのを造って、暗黒魔界から一万人くらい部下を連れて来て、地上と地下を往来していたんだけど、ガゴーンちゃんが勝手に異次元トンネルを造らないようにってエドワード君に言ったんだ。その代り、地下までの通路を造ってあげようって言って、たくさんのレイバーピープルがやって来て大工事をして、立派なハイウェイまで造ってくれたんだよ。」

 エドワードがまたしゃべり始めました。

「そうなんだよね。それまで大きな異次元トンネルを維持するには結構エネルギーが必要だったので、それを見てガゴーンさんが本物のでっかい地下通路を造ってくれたんだろなーって、とても感謝してるんだよ。僕自身が一番助かっているのさ。」

「その地下通路って、どのくらいの長さあるんですか。」

「ん…500km位かな。ハイウェイだから斜めにらせん状に掘っているからね。」

「ご!!500キロ …とても歩けないですね。」

「はははは、歩いて行くのは無理だね。魔界軍団はフライ・カーを使っているよ。それから高速エレベーターも使っているけどね。エレベーターだと垂直距離は200km位だよ。」

 エドワードとガロンの会話を聞いていたドン兵衛教授が言いました。

「ガロンちゃん、君が今たとえ異次元トンネルや高速エレベーターで地下世界に行ったところで、太陽が輝いて緑が多くてきれいだなあって思うだけで、それ以上どうすればいいか、解決できないだろ。根本的な問題は地下世界に湖や大きな池は存在しないか、発見されてないことなんだよ。」

「…確かに、そうなんです。水が必要なんです。…エドワードさん、大ナマズ族のためにその異次元トンネルと言うものを造っていただけないでしょうか?」

「うーん…一時的に造ることはできても維持することがなあ…

 ずーっとナマズ族のために大きなエネルギーを使い続けることは難しいよね。

 君が考えているのは、水といっしょに自由に大ナマズたちが移動したいんだろ。大量の水が必要なんだよね。…うーん…ガゴーンさんだったら、簡単なんだろうけどね。」

「そ!そのガゴーン様に頼むことはできませんでしょうか?」

 どん兵衛が言いました。

「無理だよ。そんな些細なことはガゴーンはやらないんだよ。」

「え!些細な事!些細ではありません。大ナマズ族やチッゴ・リバー全体に関わる事だと思います!」

 どん兵衛が答えました。

「うーん…なんというか、このエドワード君の場合は、暗黒魔界から1万の兵を率いて、“夜の塔”も通過せずにちっごランドに勝手に侵入してきたわけだから、それを平和に解決するために地下世界に住まわせたんだと思うよ。

 ガロンちゃんの考えていることは素晴らしい事だけど、ちっごランドを脅かす重大な問題じゃないんだよ。ガゴーンは単なる人助けはやらないし、やるべきじゃないと考えているんだ。自分に与えられた偉大な使命に忠実なんだね。」

「…そうですよね。自分は少し迷いすぎていました。自分の種族の問題は自分たちの力で解決すべきだということですね。それが王たる私の務め…」

 どん兵衛が言いました。

「もし、大ナマズ族が地下世界に行けたら、レイバーピープルたちに城を造る様に頼んであげよう。ガゴーンの許可をとってね。

 君のかわいい優等生から聞いていたよ。もし大ナマズが住めそうな広大な水辺が見つかったら、水の入った大きな建物を造って住みたいんだろ。」

「アーリーンがそう言っていたのですか。…その通りです。ありがとうございます。なんか希望が湧いてきました。」

 いろいろな話を聞きながらなんとなく希望がわいてきたガロンでした。

 その夜の宴はどん兵衛やエドワードが驚くような出来事や楽しい昔話をたくさん語りました。そしてガロンは偉大な曽祖父の話をしました。

 自分がとてもかなわない知恵と力を持った人達との出会いは、ナマズ王ガロンにとって、とても新鮮な体験でした。

 この広い世の中で自分の理想の国を造るには、少しの挫折で簡単にあきらめない不屈の信念が必要だということに気付かせてもらいました。

 そしてこの楽しい宴は大ナマズ族の新しい国造りの第一歩になりました。


「アーリーン、昨日はとても楽しかったよ。ありがとう。」

「はい、私も故郷の人たちと久しぶりに楽しい時間を過ごさせてもらいました。

 ありがとうございます。皆様もとてもくつろいで楽しそうでした。」

 アーリーンはもう何年も宮殿に住みこんでガロンのためにたった一人で働いていました。

 そのことに今頃になって気付いたガロンでした。

 今度休暇をたくさんあげるよ…と心の中で言ったのですが、どうしても今は口に出せませんでした。

「アーリーン、君がディナーに呼んだ故郷の人たちって君の家族かい?」

「いいえ、私には家族はいないんです。」

「え!お母さんとか兄弟とか…  そうか、知らなかったよ。ごめんね。」

「あら大丈夫ですよ。故郷に親戚がいますから、親切なおじさんとか、ふふふ。」

 アーリーンの家族は亡くなって、たった一人だったのです。

 そして珍しくアーリーンから話題を変えました。

「どん兵衛教授の授業はとても楽しかったんですよ。いつも面白いことばっかり言って。

 でもエドワード様ってもっと怖い骸骨みたいな人と聞いていたのですけど、やさしい人間のような方でしたね。」

「え!エドワードさんは自由に変身できるんだよ。宴会中は元の姿に戻っていたよ。角の生えたでっかい骸骨男なんだ。ちょっと驚いたけどね。顔だけ見てたら何を考えているか全然わからないのでかなり怖かったよ。」

「まあ!私も拝見したかったですわ。フフフ、怖い物は見たい物です。それで有意義な話が聞けましたか?」

「うん。自分がいかに小さいかってわかったよ。でも、勇気ももらったんだ。

 これから何百年かかっても地下世界に行くことにしたんだ。」

「え!地下世界ですか♪私もいつか行ってみたいと思っていました。フフフ 」

「え、そうなのかい?…アーリーンはなんでも嫌がらないんだね。」

「はい、どん兵衛教授の授業で習いましたよ。太陽がいつも明るく輝いて、緑の森が生い茂っていて、色とりどりの大きな花がたくさん咲いて、きれいな蝶々が飛んでいる世界ですもの。いつの日かガロン様に付いて行ってみたいです。

 でも、どうやって行くんですか?」

「僕らにできることはたった一つさ。これまでいろいろな事を考えて来たけど、それは僕の心の迷いだとわかったよ。明日からひたすら地下世界に向かって、穴を掘るよ。僕らが生きていくための道は水路しかなかったんだ。

 だから新しい世界に向かって、水中トンネルを掘り続けるよ。」

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