第4話 世話係アーリーン
ある日突然、ガロンが一人で視察に出かけるようになりました。
「アーリーン、当分の間、コロニーの視察は一人で行くよ」
「え!そうなんですか!?」
ガロンが猛スピードで泳ぐと誰も付いて行けません。
だから一人で行くと言ったら誰も随行なんかできないのです。
それからは、少しでも時間が空けばガロンは一人で視察に出かけました。
時には会議や公務を後回しにして、何か取りつかれたように必死で何日も視察に出かけることもありました。
「血の匂いがするぞ!!」「血の匂いだ!!」
宮殿の中は騒然となりました。血の匂いは水中にすぐに伝わるのです。
「ハアハア、ただいま」
その日帰って来たガロンは血まみれで、体に深い傷を何ヶ所も負っていました。
「まあ!」
おどろいたアーリーンは慌ててガロンの傷の様子を観察しました。大きな傷が背中と腹に何ヶ所もありました。ワニ族にかまれたような。
水中では血がすぐに流れ出てしまいます。
アーリーンは何も言わず部屋から飛び出して行きました。
そしてすぐに戻って来た時、大きな針と糸を胸びれに抱えていました。
「あ!アーリーン!!その太い針と糸で傷を縫うんじゃないだろうな!!」
「ばい菌が傷から入ったら大変ですよ。だから逃げてはダメです。」
「だ!大丈夫だって、傷は自然に治るから!」
「あら、フフフ」
返事もしないでアーリーンは背中の大きな傷の側にいきなり針を刺して、器用に傷を縫い始めました。
「ウウウウ!!…イイイイ!!!…」
「我慢して下さいね。ガロン様はナマズ王。 …痛がっていたのは秘密にします。フフフ」
突然、ドアの外から参謀たちの大声が聞こえました。
「ガロン様は大丈夫ですか!!」
参謀が血の匂いを追って行くと、ガロンの部屋に行きついたのです。
「大丈夫ですよ。ガロン様は少し傷を負って休んでいます。部屋には入れませんよ」
アーリーンが扉の入り口でみんなを中に入れないように説明しました。
…
その夜からガロンは高熱を発して寝込んでしまいました。
アーリーンから呼ばれた医者は医療的な傷の手当を施し、アーリーンにたくさんの薬を託しました。
「アーリーン様、ガロン様を噛んだのはおそらくワニ族のクロコダイゴンと言うもっとも大型の者たちです。彼らの歯はとても鋭く、恐ろしい病気の菌も持っているのです。」
「まあ、バイ菌による感染症の可能性があるのですね。」
「はい、その通りでございます。アーリーン様がただちに傷の縫合をして血止め草をたくさん塗っていただいたので、ガロン様は一命を取り留めたのです。
大変ありがとうございます。しかし大事なのはこれからです。
命の危険がある予断を許さない状態がまだ続きます。毎日朝と夕に渡した塗り薬を必ず塗って下さい。二週間分あります。
それから服薬は朝、昼、夕の食後にお願いします。傷の炎症を抑える薬とバイ菌による腐敗を止める抗菌薬です。 …そしてこれは睡眠薬、傷が治りかけるともう治ったかのようにガロン様はやたら動きたがるのです。普通は夜眠る前に、それから昼間もやたら興奮する時は、秘密で食事に混ぜて下さい。
くれぐれもご本人には内緒にして下さい。」
「先生はよくご存じなんですね。」
「はい、ガロン様を子供のころから見ております。ガロン様の性格は静かで真面目だったお父様よりは、私が父から聞いたお爺様にそっくりです。だから傷が治りかけた頃に強がって無謀な事をするかも知れません。
ところでアーリーン様は医学の知識があるようですが、どちらで学ばれましたか?」
「はい、シティの大学でポポン教授から救急医療を学びました。」
「おお、ポポン教授は私の先生です。どうりでアーリーン様の処置がとても適切だったのですな。これは奇遇、はははは♪」
ひとしきり恩師の話をして医者は帰って行きました。
…
アーリーンは一晩中、熱で苦しそうにうなっているガロンの看病をしました。
「死んではいけませんよ。 …ガロン様は国の宝…」
看病しながらアーリーンの目から涙が流れて、水中を漂い、消えていきました。
2週間ほどで、ガロンはベッドから起き上がれるようになりました。
主治医が心配したような強気で興奮したような態度をガロンはとりませんでした。毎日、アーリーンから食事を食べさせてもらい、おとなしく傷の回復を待ちました。
今まで何も聞かなかったアーリーンがガロンにたずねました。
「ガロン様、探し物は見つかりましたか?」
「……??? 僕が何を探しているのかわかるかい?」
「地上の土地? ですか。フフ」
「アーリーン、その通りだよ。 …コロニーの周囲で洪水に強い地上の土地を探していたのさ。
でもこの広大なチッゴリバーの両岸で洪水に強い土地なんか無いんだよ。
チッゴリバーの両岸から数十キロ離れた外側に百メートル以上の崖のような土手がずっと続いている。その土手から河川敷までは洪水が起こればすべて流されてしまうよ。僕らは川底の穴の中だから平気だけどね。
そして土手の上には肥沃な大地が広がっているけど、その土地はみんな誰かの物さ。街に近い土地なんか余っているわけないよ。第一、完全な陸地は乾燥しすぎて、ナマズの長期間の暮らしには適してない。」
「お疲れ様でした。コロニーをすべて回って確かめたのですね。」
「うん、コロニーの中だけでなくどうしても外にも出たくなってしまったんだ。
毎日、僕がやってくるのを見て、ワニ族とサメ族が協力して待ち構えていたのさ。
彼らにとっては川を追われたむかしの恨みもあるし、取り決めに違反して境界を越えた僕が悪いのさ。
突然飛び出して来た僕の2倍もあるクロコダイゴンに背中を噛みつかれて、その後は次々にサメやワニ族から襲われて …さすがに必死で火を噴いて衝撃波を出しながら戦ったよ。」
「まあ!」
……
その時、巨大なワニ族のクロコダイゴンに噛みつかれたガロンはあっという間に血煙で包まれました。そして血の匂いに気付いたワニ族やサメ族が次々に集まって来たのです。
『ナマズ野郎のボスのガロンだ!!』『一族の恨みをはらすぞ!!』
『そうだ!故郷を帰せ!!』『ガロンは生きて帰すな!!』
あまりに憎まれているので驚きながらもガロンは言い返しました。
『コロニーの場所は正々堂々と戦って勝ち取ったのだ!住む場所もなかった我々大ナマズをお前たちが拒否したからだ!』
『何を勝手なことを言うな!馬鹿野郎!お前たちのような大群がやってきたら食料が無くなるじゃないか!お前たち大ナマズは無法者の侵略者だ!』
『そうだそうだ!!おかげで急流に追いやられた種族は洪水のたびに子供が流され!餌はいつも不足して滅びる寸前だ!』
『お前たち大ナマズは地獄の悪魔だ!お前たちが大群でやって来る前は、ここはいろいろな種族が暮していたのだ!!』
『悪魔は出ていけ!』『子供たちを返せ!』
女、子供までやって来てガロンを罵るのでした。
そして一斉にワニ族やサメ族が牙を向いてガロンに襲い掛かりました。
… アーリーンはガロンの話をジッと聞いていました。
そんなに大ナマズがまわりの種族から憎まれているとは知らなかったのです。
多くの大ナマズと同じように、戦いに勝利してコロニーを守っているガロンと大ナマズの軍隊を誇りに思っていました。
アーリーンはシテイの夜の街でアリゲーターや古代両生類と大ナマズが争っているのを思い出しました。でも酒場の喧嘩程度にしか思っていませんでした。
シティにはとても強大な力を持った住人たちがいるので、大きな戦い事などはできないのです。
ガロンは水中で襲われた話を続けました。
「多勢に無勢で、このままではここで死んでしまうと思ったよ。でも火炎と衝撃波を一気に発射して、敵が怯んだ隙に一直線にコロニーの方向に泳いだのさ。
頭突き攻撃の連続でようやく逃げたんだよ。」
「まあ! …ガロン様の体はガロン様一人のものではありません。」
めずらしくアーリーンが真剣な顔でガロンを見つめました。
「そうだね。ありがとう、アーリーン。そんなに僕の体を心配してくれて… アーリーンの看病のおかげで生きることができたよ。」
「ガロン様はこの国の宝です。国のみんなの物 …
でも周りの種族は大ナマズをそんなに憎んでいるのですね?」
「うん、アーリーンは僕たちの戦いを見ていないからね。勝利は残酷な一面を持っているのさ。敗者は追いやられて、一族は衰退する。だから負けてはいけないんだ。」
…
「やはり、どこか遠くの大きな湖や沼しかないな。 …でもそんなところに陸上から歩いて渡ることもできないし、支流を昇って山奥に大きな湖を見つけたとしても、そんな田舎の山奥は誰も行きたがらないだろうな。
結局、振り出しに戻ったのか…」
「いいえ、ガロン様がたくさん考えて、コロニー中を視察して、とてもいろいろな事がわかりました。 ワクワクしますね、フフフフ
背びれや尻尾に薬を塗りますね。」
そう言いながらアーリーンはガロンの背びれの付け根の大きな傷に薬を塗り始めました。
「痛ててて」
「とても傷が良くなってますよ。もう少しの辛抱ですね。フフ…♪」
ガロンは一ヶ月程で傷も癒えて公務に復帰しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます