第3話 若きナマズ王の悩み

 一族の若きボスガロンは悩んでいました。

“自分は誰よりも体が大きく体力に恵まれていたので一族のボスになった。

 でもボスになってわかったのは力だけでは一族全員の信頼は得られない。

 それに一族の繁栄を得る方法もわからない。

 力が強いだけのボスなんて、あちこちで暴れているチンピラモンスターと少しも違わないじゃないか。

 これで一族の真のリーダーと言えるのか。…

 毎日毎日ガロンが不機嫌に大きな口をへの字に曲げて周りを睨みつけるので、ますます周囲の大ナマズたちはガロンに近づきにくくなりました。

 … ボスは孤独だ。


 大型モンスターや太古の怪物がたくさん住んでいるチッゴリバーの流域では、大ナマズのボスに限らず、どの種族のボスもだいたい他の種族の脅威から一族を守るために戦うのが仕事みたいなもんです。

 ボス自ら侵入者を追い払ったり、若い血気盛んな連中を率いて戦ったりして一族の平和を守ってきました。

 それ以上の役目なんか最初から無いのですが、でもそんなんじゃガロンのモヤモヤは増すばかりでした。


 ガロンの立場はナマズ王なので住んでいるところは王宮とよばれています。

 ただし地上の王宮は立派な城や建物などですが、大ナマズの王宮は川底に掘った単なる巨大な迷路のような穴です。

「ガロン様、なにを悩んでいらっしゃるの?」

 ボスになると身の回りの世話をしてくれる6人の女性(ナマズですけど)が付くことになっていました。でも初めてボスになった時、ガロンは若く純情だったので、毎日6人の女性(ナマズです。)にウジャウジャ囲まれて生活するのは面倒だと思いました。

 “一人で十分です。それも静かな人が …”と言いました。

 女性の名はアーリーンといい、濃い青と空色の美しいまだら模様をした珍しい肌の若い女性(ナマズですけど)でした。

 年配の女性が来ると思っていたガロンは内心驚いてしまいました。

「むむむ……ああー…リーンさん」

「あら、ほほほほ、さんは要りませんよ、ガロン様。」

「ぼ、ぼくも“様”は要りません。」

「それはダメですよ。ふふふ」

 そう言いながらアーリーンはガロンの髭(ひげ)の手入れを始めました。

「僕は小さい頃から力が強く体も大きかったので、ずっと仲間のボスだった。

 そのまま大きくなって、一族の力比べ大会でも3度優勝して、当たり前のようにボスに選ばれた。」

「ふふふ、そうですね。ガロン様の身の回りの世話ができてとても光栄です。」

「このナマズ・コロニーは、僕の曽祖父(そうそふ)がみんなと協力して造ったものだ。」

「曾(ひい)お爺様は伝説の英雄ですものね。フフ」

 …


 ガロンは小さい頃からずーっと仲間のボスだったので、これまで頼られることはあっても、自分からは誰にも頼ることなくいろいろな問題を力で解決してきました。

 でも一族のボスの座が近づくにつれて大きな悩みに囚われるようになりました。それは誰にも相談できず、言ってもわからない大きな悩みでした。

 そして悩みを抱えたままついにボスの座に座ってしまいました。

 歴代のボスは一族の政治や他種族との争い事はそれぞれの役職に選ばれた部下と協力して行ってきました。

 ガロンも同じようにいろいろな事をいろいろな役職の部下と話し合い、毎日を過ごしました。時に仲間を率いてアリゲーター族や大型両生類のサラマンダー族などと争いに大きな戦い勝利しました。

 ガロンは自分一人の戦いだけでなく、大勢の仲間を指揮しての大規模な戦いにも天才的な能力を発揮しました。

 またガロンは単なる集団だったナマズ族を少しずつ組織化し、コロニーの中に行政担当や軍隊を造って、コロニーを国と呼べるようにしました。

 そして民衆の中にはガロンの事をボスではなく王と呼ぶ者も出てきました。


 ある日、役職ナマズを全員集めて川底総合会議が開かれました。

 ガロンが全員に問いかけました。

「あー…諸君、君たちに今日考えてもらいたいのは、我々大ナマズ一族の将来についてだ。」 

 戦いの参謀が答えました。

「はい!ガロン様の天才的な采配によって、サラマンダー族、アリゲーターやサメ族など脅威となる種族はすべて打ち負かしました。この後1000年、我々のコロニーは安泰でござります。」

「うむ。」

 内政の参謀が答えました。

「ガロン様の曽祖父ガリバルドン様が長い旅の果てにこの地に我々のコロニーを造りました。

 川幅100km、深さ5kmの川の流れが500kmほど続くこの地域は、流れが穏やかで、我々の貴重な食料となる魚やエビや水生穀物がチッゴリバーで最も多く捕れる地域であります。

 そのために先ほど戦いの参謀が言った通り、周辺の多くの種族が狙っておる肥沃な流域であります。

 ガロン様のおかげで一族は平和の時代になった事をみんな喜んでおります。

 飢えることもないため治安は良くなり、ガロン様の強力な治世のおかげで盗人や乱暴者は影を潜めました。

 内政は安定し、コロニーの家族は皆幸せの中にあります。

 今は長い大ナマズ一族の歴史の中でも最良の時かと思います。

 すべてガロン様のおかげでございます。」

「むむ …それで皆は満足しているのか?」

 参加者全員が大きな声で答えました。

「その通りでございます!!」

「コロニーの住民は皆このような平和な時代が長く続くこと、ガロン様の治世がいつまでも続くことを願っております。」

 ガロンは言いました。

「皆も知っているとおり川から上がればすぐ向こうにはクルメシティという街があって、たいそうな繁栄をしている。高い建物が立ち並び、きらめくようだ。

 どう思うか?」

 文化担当の参謀が答えました。

「はは、もちろんクルメシティで遊ぶことは皆大好きでございます。

 あのような便利で楽しい街がすぐ近くにあることもこのコロニーの素晴らしいところですな。」

 もどかしそうにガロンはまたたずねました。

「我々は暗い川底の泥の穴の中に住んでいる。皆はそれで満足なのか?」

「はははは、ガロン様。我々は皆ナマズでございます。ぬるぬるドロドロの泥の中は最も安らげる場所。」

「そうでございます。クルメシティでいくら楽しく遊んでも、皮膚が乾くので昼間は3時間程度、夜も一晩が限度でございます。

 若い者はクルメシティの学校で学んだり、職場で働いたりしている者もいますが、帰って寝る場所はこのコロニーの泥の中でございます。」

「…うむ。 …わかった。」

 ガロンはコロニーをもっと素晴らしい世界にしたいと思いながら、それが皆にとって良い事か、自分一人のわがままな願望かわからなくなりました。


 大ナマズのコロニー

 ちっごランドには広大なチッゴ平原が中央にあります。そして平原を横断するようにチッゴリバーが流れています。

 長さ数万キロ、川幅数十~百キロほどもある大河の中にはたくさんの水中の住人達が住んでいました。

 大ナマズは主に川底に住む体調30~40mの一族です。体の色は青又は青緑でつるつると光って、水中生物の中ではとてもきれいな色をしています。

 大ナマズは川底のあちらこちらに深い穴を掘って生活しています。

 中には地下1000メートルも掘ってそこに家族でいくつも部屋を作って暮すものもいました。

 そして大ナマズはチッゴリバーの一番肥沃な場所に巨大なコロニーを造っています。

 チッゴリバーにはアリゲーター族などの大型爬虫類や巨大なサンショウウオなどの古代両生類、サメなどの凶暴な大型魚類などが多く住んでいて、それぞれが餌の豊富な住み良い場所を求めて争いが絶えません。

 そんな中で一番暮らしやすい場所に大ナマズ族が大きなコロニーを造ることができたのは、理由があります。

 彼らはアリゲーター族のように大きな牙や頑丈な皮膚を持っていません。

 だから戦う時は集団で戦います。集団というのは群れで戦うというだけでなく、軍隊の様に役割を決めて戦術を立て組織的に戦う種族なのです。

 ただそれだけでは他の種族に勝つことはできません。

 彼らは水性生物には珍しくゴボーっといきなり火炎を噴くことができます。

 地上のモンスター種が火炎を吐くと数百メートルにもなりますが、水中でのナマズの火炎は30mほどが限度です。でも接近戦ではかなり効果的で、どんな生物も火や熱い水(熱湯)は火傷をするのでとてもいやがります。また敵をいきなり驚かす効果もあります。

 それから大きな振動波を起こすことができます。地中で振動波を起こせば地上では地震が起き、水中で振動波を出せば、小さな魚類は気絶し、水上では津波が起きます。

 振動波はほとんどの水性生物が苦手としていてとても嫌がるものです。

 またまれに電気を出す電気ナマズもいますが、攻撃に使うというより近くの敵も味方も痺れてしまうのでみんなから嫌がられます。

 直接牙や爪で戦う他の種族にとっては、大ナマズとの戦いは振動やら火炎やら時に電気やら、気持ちが悪い物ばかりです。

 だから大ナマズと争うのはなんとなく気乗りがしないのです。

 でも大ナマズの最後の武器は相手に直接打撃を与えるものです。それは頭突き攻撃です。大ナマズの丸い大きな頭はとても固いので、相手にまっしぐらに突っ込んでいくのです。

 集団で突っ込んでいく戦法はなかなか他の種族には無い有益な戦法です。

 ガロンは大ナマズの軍団を組織して、これらの能力を効果的に組み合わせ、集団戦法で勝利してきました。

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