第17話 Spring has come(17)

「え、この部屋を?」



萌香は彼に食事の仕度をしながら驚いたように言った。




「うん。 思い切って、となりをぶち抜いて。 リフォームしようかなって・・」


斯波は萌香を見た。



「リフォーム・・」



「・・子供も生まれるし。 ここじゃあ、少し手狭だしね。 隣はもう貸す予定もないから。」



彼が


『子ども』のことを意識してそう言ってくれたことが


すごく嬉しかった。



幸せに


幸せな気持ちで


この子を迎えてあげたい。



あたしたちの


望みを一身に受けて


幸せしか知らない子になって欲しい。




萌香はそっとおなかを撫でた。





「え~~?? リフォームですかァ?」


夏希の大きな声がことさら響いた。



「ええんちゃうのん? ここも十分広いけど。 やっぱ子供いるとさあ。 少しでも広いほうがいいって。」


南は頷いた。




二人は会社帰りに萌香の様子を見にやって来た。



「それじゃあ、あたしが帰るトコがなくなっちゃうじゃないですか!」


夏希の憤慨ぶりに萌香はクスっと笑って



「・・部屋が広くなれば。 加瀬さんが帰ってきても泊まれるし。」


と言った。



「え~~? それはちょっと遠慮しちゃうなァ~、」


「アホか。 ここは加瀬の実家??」


南は呆れて笑ってしまった。



「ホラ、隆ちゃんとケンカした時とか。 『実家に帰らせてもらいます!』ってのもなかなかできないじゃないですかあ、」


夏希は頭をかきながら言った。



「もう、これから結婚しようって言ってる人が。 そんなこと言っちゃって、」


萌香はまた笑ってしまった。



「まあまあ。 きっと斯波ちゃんならフツーに泊めてくれるよ。」


南は夏希の背中を叩いた。




「でも。 楽しみですね。 男の子かなあ、女の子かなあ、」


夏希は何となく萌香のおなかを見てしまった。



「女の子でさあ、斯波ちゃんに似ちゃったら、ちょっと気の毒やしな、」


南はアハハと笑った。



「あ~~、あんなに怖い顔の女の子じゃあねえ・・」


夏希も頷く。



「・・あたしは男の子が欲しいです、」


萌香はおなかを撫でながら言った。



「え、そうなん?」


「ええ。 子供が欲しいって思うようになってから、ずっと男の子しか想像できなくて・・、」



「でも。 娘のが大きくなってから楽しそうじゃないですかあ、」


夏希も言った。


「そうかもしれへんけど。 あたしは、彼にソックリな男の子が欲しくて。 彼みたいな、才能溢れて、優しくて思いやりのある男の子がいいかなあって。 彼のDNAをそっくり受け継いだような子を産みたいなあって・・」


幸せそうに微笑む萌香に



なんか


神々しいなあ・・。



二人の方が恥ずかしくなるほど


萌香は頬を赤らめて斯波への熱烈な思いを滲ませた。



「斯波ちゃんにウリふたつの男がこの世に、もう一人生まれるんかいな・・」



南のつぶやきに夏希も



「全然聞こえちゃいませんよ・・」



萌香の幸せそうな笑顔に


何も言えずに。





斯波は真尋の家の練習場に来ていた。



5月に日本一のオケ、


東京シンフォニックとの競演が決まった。



そこは


斯波の父が音楽監督を務めているオケで。


最初にそのオファーが来たときは信じられなかった。



演目は久しぶりの


『ラフマニノフピアノ協奏曲第2番』


であった。



腕組をしながら、真尋のピアノを壁にもたれて聴いていた。




志藤が事業部を離れることになって


初めての大きな仕事で


斯波は少しだけ不安に思ったが



真尋のピアノはそれを払拭するほどの


素晴らしさだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る