第15話 Spring has come(15)

萌香の経過は順調で、予定よりも早く退院することができた。


しかし、仕事はとうぶんすることができそうもないので、しばらく休むことになった。



「こんばんわ~~!!」



夏希が元気にやって来た。



「加瀬さん、」


萌香はびっくりして目をぱちくりさせた。



「斯波さん、今日から大阪に出張でしょう? ほら、栗栖さんひとりじゃ心配じゃないですかあ。 だから。 あたし、泊まらせてもらおっかな~って。」



夏希は大きな鞄を持っていた。



「泊まらせてって・・」



ついこの間


涙、涙で出て行ったと言うのに・・



「で、でも、高宮さんが・・」



「あ、隆ちゃんもね。 いいよって。 栗栖さん大変だろうから泊まって手伝ってあげてって言うから。 ほら、外出とかできないでしょ? 買い物とかも大変じゃないですか。 あたし、今まで栗栖さんにお世話になってばっかりだったけど! 今こそ、お役にたてるんじゃないかなって!」


夏希は大はりきりだった。



「加瀬さん・・」



「ほんと。 赤ちゃんができたこと黙ってたのがいけなかったんじゃないかってずっと後悔してたんで。」


そしてポツリと言った。



「ごめんね。 加瀬さんにまで責任を感じさせちゃって、」


「ううん。 でも、何でもなくてよかったって。 ・・斯波さんから、栗栖さんが会社に出てこれるようになったら秘書課に異動になるって話もききました。」


夏希は買ってきたものを冷蔵庫にしまいながら言った。



「え・・」



「なんかね。 すごいなって感動しちゃって。」



夏希は萌香に向き直ってニッコリ笑った。



「きっと、斯波さん悩んだんだろーなって。 だって、栗栖さんは自分の奥さんである他にも事業部の大事な部下でもあるし。 本部長について行くって、そんなん言われたらちょっと複雑かなって思うし。」



夏希の言葉に萌香はうつむいた。



「でも。 斯波さんは栗栖さんのことを一番に考えてあげて。 人入れればなんとかなるからって。 斯波さんが言うと、やっぱり安心できるし。」



「・・ごめんね、」


萌香は夏希にもすまない気持ちでいっぱいだった。



「あ、いえ。 そんなつもりじゃなくって。 なんかね~。 栗栖さんのことが、大切で大切で、どうしようもないんだなあって。 ほんと斯波さんて男らしくて、あんましゃべんないですけど、ひとことひとことが重いし。 すっごく思いやりがあって。 そこに感動しちゃったんです、」


夏希はいたずらっぽく笑った。



「・・ありがと、」


萌香はちょっとしんみりとした。




「ね! 赤ちゃんのものとか! 買わなくていいんですか? あたし、ほんっとできれば赤ちゃんのお世話もしたいくらい!」


夏希はそんなことを言い出して、



「・・まだまだ、4ヶ月にもならないのに。 生まれるのは9月ごろやし。」


萌香は笑ってしまった。



「あ、そっかあ。 まだまだなんだあ。 あたし、赤ちゃん生まれたら、またとなりに戻ってこよーかな~~。」



「なに言ってるの。 それより、加瀬さんの結婚式だって9月なのよ、」


「え! あ、そっか。 そうだよね。 結婚式・・・」


まるで他人事の夏希に萌香は久しぶりに明るく笑った。



その後は一緒にゴハンの仕度をして、久しぶりに楽しい食事の時を過ごした。




「あ、栗栖ですけど。」


萌香は夏希が風呂に入っている時を見計らって高宮に電話をした。



「ああ。 どう? 身体の具合・・」



「おかげさまで。 普通の生活はできるようになってきたんで。 なんか、加瀬さんがウチに泊まるって言ってくれて、ごめんなさいね。」



「そんなの。 おれもそうしたらって言ったし。 夏希は栗栖さんのことが心配でどうしようもなかったみたいだから。」


「・・ありがとう、」


「仕事のこともきいたよ。 斯波さんはよく決心したね、」



「もう、ありがたくて言葉が出ないくらい。  みんなにも迷惑を掛けてしまって。」


「うん。 でもね。 おれは栗栖さんの気持ちはわかるよ、」


「え?」


「志藤さんと一緒に仕事していきたいって気持ち。 おれもずっと秘書課で仕事してて、あの人に触れていくうちに、色んな意味ですごいなあって思うし。 尊敬できる。 おれだって最初は秘書なんかジョーダンじゃないって思ったこともあったけど、今はすごく責任があって楽しい、やりがいがある仕事だって思うから。 思い上がりって言われたらそれまでだけど、社長の片腕って感じもしてくるしね。 一緒に仕事動かしてるって気持ちはある、」


高宮ならではの観点だった。


「今は身体を大事にして。 また、会社に復帰できたときは今度は同僚になるわけだから。 一緒に頑張ろう、」


「・・ありがとう、」


萌香は高宮の優しさにも心が温かくなった。





翌日の昼間に


母がやって来た。



「・・元気にしているの?」


萌香は逆に聞いてしまった。



志藤に紹介してもらった料亭で今も仕事をしている。



「まあね。 ちょっとキツいけど、」


母は苦笑いをした。


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