第14話 Spring has come(14)

「萌が、志藤さんについて仕事したいって気持ちも。 わかるなあって。」


斯波は所在無いように自分の指を触っていた。



「おれだって。 まだまだ志藤さんと一緒に仕事したいって思うし。 だけど、もうそれも許されない。 萌がその気持ちでいるのなら・・おれはいいと思う。」


斯波は落ち着いた表情で彼女を見た。



「清四郎さん、」


萌香は涙ぐんでしまった。



「事業部の方はなんとかなる。 それに、萌はしばらく仕事を休むことになるだろうから、どっちにしろ誰か人を入れないとならないし。 それは志藤さんにも頼んでおくから。 今は、身体とおなかの子供のことだけを考えて欲しい。 それだけは、おれのためにして欲しい、」



無口で


感情をうまく言葉にできない彼が


一生懸命に


ぽつりぽつりとくれる言葉が


萌香の心に染み入った。



「・・うん、」



萌香は涙を拭いてそっと斯波に抱きついた。


斯波も優しく彼女の背中を抱きしめた。




「そっか。」



昼間、志藤が萌香の様子を見にやって来た時にその話を聞いた。



「あたしのわがままを聞いてくれて。 本当にありがたいと思っています、」


萌香はその話になるとまた泣いてしまいそうだった。



「・・おまえは。 斯波と出会えたことが人生の一番の幸せやな、」



志藤はふっと笑った。



「え、」



「あいつはほんまにいつもいつも気持ちを広く持っていて。 栗栖のことも全てをわかっていてその全部を自分の腕に抱きしめてやれたし。 男として頭が下がるくらい、すっごいヤツやなあって思う。」


志藤の言葉は実感が篭っていた。



「きっとな。 あいつは栗栖がどんだけの気持ちでここまでやってきたかってことも考えたんやと思うよ。自立したくて、自分の仕事を見つけたくてどんな気持ちで頑張ってきたか。 すべてはおまえのために考えて出した結論や、」



萌香は黙って頷いて、はらりと涙をこぼした。



「しばらくは、本部長にもご迷惑をおかけしますが。 今は・・彼と彼との赤ちゃんのことを考えて過ごします。」




そんな彼女に


志藤は優しく微笑んで


「ようやく手に入れた幸せを。 離したらあかん。 いや・・斯波が離さないやろけどな。」


と言った。



彼女のことで


どんだけ悩んだり迷ったりしただろうか。



管理職になってずっと順調にやってきた自分にとって


初めて人を使うことの難しさを教えられた。



「泣くなって、」


志藤は優しく自分のハンカチで彼女の涙を拭いてやった。



いつもは隙がなく


きちんと化粧をしている彼女だが


今は少しやつれてはいるが


その素顔は本当に美しかった。




「って・・! マジっすかァ???」


八神の大きな声が響き渡る。



「30過ぎてそのリアクションやめてよ~。 鬱陶しい。」


南はジロっと彼を睨んだ。


「だって! え?? 栗栖さんが? 妊娠してんの?」



斯波は事業部に戻り、全員を集めてコトを説明し始めた。



「みんなに迷惑かけるけど・・」


斯波は恥ずかしそうにうつむいて言った。



「なに言うてんの。 おめでたいことやもん。 みんなで喜びたいやん、」


南は明るく言った。



「おめでとうございます、何もなくてよかったですね、」


玉田も微笑んだ。



「・・で。 ちょっとしばらく仕事を休むことになるけど。 そのあとは、彼女はここを辞めて、たぶん秘書課の方に異動になると思う。」


斯波は意を決して言った。



これには


夏希も南も驚いて、顔を見合わせた。



「・・異動?」



「彼女の希望でもあるし。 志藤さんの秘書として今後は仕事をすることになると思う。 まだ決まってはいないけど、」



「・・そんな、」


八神も不安そうな顔をした。



「人、入れてもらうように頼んであるから。 しばらく忙しいけど。 お嬢にも頑張ってもらって。」


斯波は真緒を見た。



「え? や~、あたしは栗栖さんみたくそんな仕事とかできない・・かもしんない・・」


思わず後ずさりしてしまった。



「別に。 そんなにも期待はしてないから。」


斯波は笑った。



「それも傷つくんですが、」


二人のやり取りにみんなは思わず笑ってしまった。

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