第13話 Spring has come(13)

「な、何を言うてんねん・・」


志藤はそんなことを言い出したゆうこに目を丸くした。



「・・心配ですけど。 あたしはやっぱり社長のことを同じように思っていたので。」


ゆうこは驚く志藤は無視して、斯波に言った。



「社長に?」



「尊敬してますし、社長のために何でもして差し上げたいって思っていました。 もちろん奥さまがいらっしゃるので、出すぎたマネはできませんでしたが。 あたしは社長がお好きな食べ物や、コーヒーの銘柄、車の移動中に聴かれる音楽もわかっていましたし、靴を磨いて、スーツの埃をはらって。 クリーニングに出したりするのもあたしの役目でしたし。 もう、愛情としかいいようのない気持ちで全てをサポートさせていただいていました。」



ゆうこの話に


志藤は今さらながらムッとする。



「それは主人に向ける気持ちとは同じようでも全く違うもので。 尊敬の上に成り立つ愛情であったと思います。 だから、仕事をやめるって決めた時はなによりも社長のお世話ができなくなるのが寂しくてたまりませんでした。 栗栖さんはあたしと違って仕事上でもこの人のサポートをしてくださって。 ・・彼女がそこまで主人を尊敬してくださっているかはわかりませんが。もし、そうならこんなにありがたく幸せなことはないと思っています。」



「・・・」



斯波はゆうこをジッと見た。



「全ては斯波さんのお気持ちひとつですから。 栗栖さんだって自分がいなくなったら事業部が困ることはわかってらっしゃるはずです。 それをわかっていて敢えてそのことを斯波さんに話をしたのは、自分の決意を表しているんだと思います。」




おれが心配していたことを


全部言ってくれた・・



志藤は何だかホッとしてしまった。




斯波は何度も頭を下げて帰って行った。





「斯波さんの気持ちは、わからなかったですね。」


ゆうこはポツリと言う。



「ん~~~。 複雑やと思うけど。 でも。 ゆうこの話を聞いてな、ゆうこが社長と一緒にずっと仕事をしていきたいから、会社を辞めたくないって言われたら、おれはめっちゃショックやったかなあって。」


志藤は腕組みをして言った。



「え?」


「やっぱ自分を一番に思って欲しいし。 社長のことは、ゆうこやなくてもええやんて思ってしまう、」



「それは・・」


ちょっと恥ずかしそうにうつむいた。



「栗栖がおれとの仕事を選んでくれたのは嬉しいけど。 そう思うと、ちょっと複雑やな。」


志藤はふっと微笑んだ。




翌朝早く


斯波は萌香の病室を訪ねた。



「・・どうしたの?」


萌香は少し身体を起こした。



「あ、寝てていいから。」


斯波は彼女を寝かせた。



「・・少し良くなってきたから。 このくらいは大丈夫って先生も言うてはったし、」


萌香は上着を羽織って、ニッコリ笑った。



「ゆうべ。 あのあと志藤さんの家に行ってきた。」


斯波はゆっくりと話し始める。



「え・・」


萌香は小さな声をあげた。



「志藤さんの奥さんがね。 萌の気持ちをわかってやってほしいって。 志藤さんに相談しに行ったのに、奥さんに全部アドバイスしてもらったみたいで、」


斯波はふっと笑う。



「奥さまが・・」



「あの人は社長の秘書をしていた人だから。 萌の気持ちがわかるって。 だけど、家庭が一番大事だからって、言ってくれて。 いろいろ考えて、昨日は眠れなかった。」



「清四郎さん、」


萌香は彼の気持ちを思う。



「なんで、萌はおれじゃなくて志藤さんを選ぶんだって。 正直、そう思った。 どうして今、それをおれに言うんだって、萌の気持ちが全然わからなかった・・」


斯波は素直な気持ちを彼女にぶつけた。



「志藤さんが、十和田会長のスポンサーの話を断った時のことを思い出してしまった。」


斯波は萌香の目を見た。



「え・・」



萌香も一瞬にして



『あの時』


を思い出してしまった。



「あの時。 おれの力ではもう・・どうすることもできなかった。 志藤さんに全てを話し、あの人に全てを解決してもらって。」



『まだまだ人生はやり直せる。』



優しい目でそう言ってくれた志藤のことを、昨日のことのように思い出した。



あの時


私は


ずっとこの人について仕事をしようって


決めた。


こんなにも


自分のことを必要としてくれる人には初めて出会って。


震えるほど感動した。


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