第8話 Spring has come(8)

「ごめんなさい、ごめんなさい、」



萌香は溢れてくる涙を手で拭いながら斯波に言った。



「おれは、萌と家族になろうって・・心から思ったんだ。 確かに自分の子どもなんて、実感沸かないけど。 不思議な気持ちだけど、でも、それだっておれと萌が家族として一生一緒に暮らしていく上の全てだと思う。 おれはオヤジのようになりたくないってずっと思ってた。 自分がどういう父親になれるのかも想像もつかないけど、萌がいてくれたら・・おれは・・」



斯波はうつむいて小さな声で、



「きっと・・何でもできるから。 怖いことだとか、つらいことだとか。 全部、乗り越えていけると思う。」



恥ずかしそうにそう言った。



「妊娠してるってわかったとき、ほんまに、嬉しかった。 あなたの赤ちゃんが産めるってそう思って。 でも、だんだん不安が大きくなってしまって。 もっともっとあなたを信じなくちゃいけなかったのに、」


萌香は自分の行動を後悔した。



「萌・・」



斯波は彼女の額に自分の額をくっつけて、




「よかった・・・。 無事で。」


本当に安心したようにそう言った。



「二人で、生まれてくる子供と一緒に・・家族になろう、」



彼の言葉が嬉しくて


萌香はそっと彼の頬に片手をあてて、唇を重ねた。




「栗栖さんが・・?」




志藤は帰宅して、萌香のことをゆうこに話をした。



「ウン・・」



「えー・・ほんと大事にならなくてよかったですね。」


ゆうこは自分のことのように心配した。



「まあ、斯波の気持ちがわかれば、少しは落ち着くと思うけど。 お互いの親のことも落ち着いて、一件落着したんやなあって思ってたけど。 まだまだ拭えない不安と戦ってたんかなあって。 簡単には解決でけへんことなんやなあって。」



「でも。 斯波さんは実のある人ですから。 栗栖さんの気持ちだってきちんとわかってくれます、」


ゆうこは食後のお茶を湯のみに注いだ。




「でもな、それだけやなくて・・」


志藤はため息をついて上目遣いに宙を見た。



「え?」



「栗栖・・事業部をやめて、おれの秘書として仕事したいって言うねん、」


そのお茶に少しだけ口をつけた。



「事業部を・・やめる?」


ゆうこの顔は曇った。



「そのことは、たぶんまだ斯波には言うてへんと思うけど。 それでな、おれがタイミング悪く事業部から退くことを言うてしまって、あいつ妊娠してることを言う機会を逸しちゃったんやないかって。 妊娠してたら、やっぱり今までどおり秘書として仕事することは難しいやろ? 秘書だって外に出ることが多い仕事やし、」



ゆうこは自分のことを思い出していた。



「あたしも妊娠してからは、ほとんど外の仕事は真太郎さんやあなたにしてもらっていましたから。 仕事も定時で帰らせてもらってましたし。 恵まれてたんですよね。 でも、栗栖さんは、そうやってフォローしてくれる人もいないでしょうし。 それに、あたしと違って彼女は仕事のできる人ですから。 妥協もできないでしょうし、」



「おれだって。 栗栖が秘書をしてくれるようになってから、どんだけ助かったか。 彼女とはずっと仕事をしていきたいと思うけど。 事業部だって栗栖がいなくなったら困るやろ。」



「今までどおりに両方ってわけにはいかないんですよね、」



「いっそがしいもん。 子育てと両方できるようなもんちゃうわ、・・・斯波だって、栗栖がおれについて事業部を抜けるやなんて・・いい気持ちせえへんやろし、」



「あたしは、実家もすぐそばにあって親に甘えながら子育てをしてきて。 何とかやってこれましたけど、栗栖さんはそういうわけにもいかないし。 子供が生まれても、預けて子育てをしないといけないし。 ほんと女性が仕事をしながら子育てをするって大変なことです。 とにかくあなたは栗栖さんの身になって考えてあげてください。」


ゆうこは気持ちを込めてそう言った。



「それにな~。 とりあえずバイトでも入れないと、栗栖がいないと仕事も大変やし。 おれが抜けたあとも人入れてくれるように社長にも頼んでるんやけど、」



もう頭が痛かった。



「バイトですかあ・・」


ゆうこも一緒になってため息をついた。



「ゆうこ、バイトする?」


と、大真面目に言われて



「は? あたし? 専業主婦になってどんだけたつと思ってるんですか。 社会復帰するまでに時間かかるだろうし。 無理ですってば。 もっと現実的なことを考えて下さい、」



「わかってるけどさあ、」


さらにため息をついた。




「栗栖さん、赤ちゃんできたんですって? も~、ぜんっぜん知らなかった~。」


翌朝、真緒が暢気に志藤に声をかけてきた。



「おれだってびっくりだよ、もう・・」


面倒くさそうにタバコに火をつけた。



「美男美女カップルだもんね。 きっとかわいい赤ちゃんなんだろうなあ・・」



真緒は、夢見るように宙を見た。


その時



「おるやん・・」



志藤はボソっと言った。



「え?」



真緒をガバっと見て、



「ここに、ちょうどいいのが!」



嬉しそうに指を指した。

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