第7話 Spring has come(7)

「は・・」



志藤は社に戻り、さっそく斯波を呼び出し事の説明をした。




彼はとにかく驚いて


口が開きっぱなしになってしまった。




「おれもな。 ほんまにぜんっぜん気づかないで無理をさせてしまって。 申し訳なかったと思ってる、」




志藤の言葉も


半ば耳に入ってこなかった。




萌が


妊娠って




え?


どういうこと・・?



気づかなかったと謝る志藤よりも


一緒に暮らしている自分が気づかなかったという情けなさが頭を渦巻いて



それよりも


何よりも


何故、彼女が自分にそのことを言わなかったのか、とそればかりを考えた。



「栗栖を責めないで欲しい。 あいつ・・おまえの反応が怖かったんやから、」



「は・・?」



それにも驚いた。



「おまえが喜んでくれなかったらどうしようって。」



「な・・」




斯波は言葉を告げることができず、首を横に振った。



「おまえのことをわかりすぎてるから。 おまえがこれまでどんな思いで生きてきたかもわかってる。 家庭に恵まれずに、親の愛も知らずに育ってきたおまえがな、親となって戸惑うんやないかとか。 たぶん色々考えたんやろ。 栗栖だってほんまにつらい思いをして子供時代を過ごしてきた。 だからこそ痛いほどお前の気持ちがわかるんやと思う。 あいつはおまえの子供が欲しいって、ほんまに言うてたし。 あいつにとっては待ちかねた妊娠やったんやろけど。 やっぱり不安やったと思う、」


志藤は静かにゆっくりと話をした。



萌・・



斯波は半ば呆然としながら


彼女のことを思う。



「おなかの子どもは無事や。 でも、ちょっと入院するように言われて。 絶対安静にせなアカンみたいやし。 病院は・・」


志藤はメモに病院の名前と場所を書いて彼に手渡した。




仕事のことは


まだ、斯波には言わずに黙っていた。



とにかく


今は萌香の身体が一番で、そのことでまた斯波が動揺して彼女に影響があったら困ると思ったからであった。





「え・・ほんま?」



志藤はとりあえず、南と夏希の女性陣には話をした。




夏希はドキっとして、思わず胸を押さえた。



「で、だいじょぶなの?」



「うん。 少し入院になるらしいけど。 今、斯波が病院に行ってるから。 絶対安静になるみたいやから、いろいろ入院の準備とかも必要かもしれへん。 斯波を手伝ってやってほしい。 あと、お母さんにも連絡して・・」


志藤の言葉に夏希はどんどん暗くなっていく。



「ん? なに?」


それが異様に思えて、志藤と南は怪訝な顔をした。



「す、すみません!!」



いきなり頭を下げた夏希に驚いた。



「あたし・・知ってたんです・・」



半泣きで言う彼女に



「え!」



南も志藤も驚いた。



「ちょっと前に、栗栖さん・・話をしてくれて。 そのときもちょっと貧血気味だとか、具合はよくなさそうで。 泊まりで出張に行くってきいて、心配で止めたんですけど。 栗栖さん、本部長にも言わないでって。 斯波さんにも言えずにいて・・」


夏希はオロオロしてしまった。



「そやったんか。 ・・萌ちゃん、悩んでたんやろな、」


南は優しく夏希の背中をポンと叩いた。



「まあ、後は斯波に任せるしかないから。 それより、栗栖がしばらく休むことになったから、おまえと加瀬とで仕事分担してくれるか? やりきれない部分は玉田にも頼むから。」



「それはええけど。 心配やな、」


南は顔を曇らせた。





斯波はそっと病室に入って行った。



「・・萌」



ドアを開けたとたん、斯波は大股で彼女のベッドに近づいた。



「清四郎さん・・」


萌香はもう泣きそうだった。




斯波は何も言わずに彼女の手をぎゅっと握った。




「バカだな・・」



彼女の手を両手で握り締めて、自分の額に充てるようにしてそう言った。


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