第9話 Spring has come(9)

「真緒を?」


北都はいつものように鋭い視線を志藤に送った。



「はい。 真緒さんなら今までも秘書課でバイトもしてましたし、即戦力になるんやないかって。 ほんまに急なことでウチも困ってますし。」


志藤は萌香のいなくなった穴を真緒に埋めてもらおうと考えた。



「いや、考え直したほうがいいですよ・・」


真太郎は志藤を止めた。



「え? なんでですか?」



「ほんっとに真緒はただのアルバイトだったんですから。 そろそろどこかにきちんと就職してっておれからも言ってたとこだし、」



元々、ここで仕事をすることを反対していた真太郎は渋い顔で言った。



「なんならここで正社員にしちゃったらどーですか? いっそのこと。」



「それはダメですっ! ほんっと北都の家族でやってる会社じゃないんですから!」


真太郎は珍しく声を荒げた。




「まあ・・急なことだし。 いいんじゃないか? 志藤がいいと言うなら。」


北都はうらはらに落ち着いてそう言った。



「社長、」


真太郎は不満そうだった。



「少しはOLっぽくなってきたし。 使いっぱしりくらいはできるだろ。」


北都は軽く言って、その場を去ってしまった。



「・・ほんっとに、もう、」


真太郎だけが納得いかない顔だった。



「あ、それいい考えやん!」


南も二つ返事で賛成した。



「そやろ? まあ、賢いとは言いがたいが、英語とフランス語できるしね。 この頃はびっくりするようなこともしなくなったし。 栗栖にも安心して休んで欲しいしな、」


志藤は笑った。



「でもな~。 ジュニアが反対して。」



「へ? 真太郎が?」



「元々お嬢がここでバイトすること反対やったし。」



「ほんまに真面目なんやから。 ええやんなあ。 みんなで楽しくやれれば。」



「そうそう。」


B型二人は笑顔で頷いた。




もちろん真緒は大喜びでその話に食いついてきた。



「ほんとに~? うれしーー! 本部長! ありがとうございますう!」


ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして喜んだ。



「真緒さんが事業部で仕事をすることになったんですか?」


夏希もやって来た。



「そーなの! 加瀬ちゃんもよろしくね! 一緒にゴハンとか行こうね!」



「わー! 楽しみです~~!」


二人は手を取り合ってまた飛び跳ねた。



「中学生か・・」


志藤は、はあっとため息をついた。




「というわけで。 栗栖にはゆっくり休むように言ってくれ。」


志藤は斯波に言った。



「あ・・はい、」



「栗栖の様子は、どう?」



「とにかくベッドから動いてはいけないって言われてて。 経過が順調なら1ヶ月ほどで退院できるようなんですが。 ・・今までのように仕事ができるか、となると・・」



「そっか。」



志藤はやはりこれからの仕事のことなどをきちんとしておかなくては、と思った。





「え? 栗栖さんが?」


とりあえず真太郎に先に相談してみた。



「彼女が秘書課に移ったりすることは可能なんでしょうか、」



「・・まあ・・できないことはないでしょうが。 栗栖さんは優秀な人ですし、どこだって欲しいですよ。 でも、それはぼくよりも斯波さんの意向の方が大事なんじゃないですか?」


それはもっともなのだが・・



「これがね。 なかなか切り出せなくてねえ。 栗栖もそれで悩んでいるようやし、」


志藤は困ったように言った。



そして真太郎はハッとして



「・・もし、栗栖さんが秘書課に行くようなことがあったら。 まさか真緒がそのまま事業部の正社員になんてことには・・」


と言った。



「え? ダメなんですか?」



「そんないい加減な感じで、社員にしないでくださいっ! そんなことしたら、またあいつは甘えてしまって・・」



「まあまあ、お嬢のことはおいといて。 まあ、転課は可能、ということですね。 あ~、もう。 これからまだまだ気を遣って話をすすめないとな~。」


志藤はうーんと伸びをした。






そのころ


ゆうこは萌香を見舞っていた。



「すみません。 お忙しいのに、」


萌香は恐縮していた。



ずっと点滴に繋がれた状態で、起き上がることもできない。



「あ、そのままで。 これ、よかったら。」


ゆうこは小さなアレンジメントを持ってきて、ニッコリ笑った。


「・・きれいですね。 ありがとうございます。」


萌香は笑顔を見せた。



「・・本部長にはご迷惑を掛けてしまいました、」


気にする彼女に


「何を言ってるんですか。 本当に大事にならなくてよかったです。 うちの人がいつも栗栖さんに無理を言って出張についてきてもらったりするので、」



ゆうこは少し責任を感じていた。

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